第186話 灰かぶりの子ネコー

 街からやって来た子ネコー姉妹は、大層よく似た三毛柄子ネコーだった。よく見れば少しはどこかが違っているのだろうけれど、柄も色もほとんど同じで、模様だけで判別するのは難しそうだ。

 けれど、ふたりを間違える心配はなかった。


 ハキハキと喋り、活発そうなお顔をしているのが姉ネコーのキララで。

 その姉ネコーの陰に隠れるようにして、オドオドもじもじとこちらの様子を窺っているのが妹ネコーのキラリだからだ。


 くわえて、身に纏うアクセサリーの量が違っていた。

 キララは前回同様、キラキラ魔法雑貨店の看板娘ネコーとして値札付きのキラキラアクセサリーで全身を飾り立てていたが、キラリは値札を外したブレスレットを一つ、左手首につけているだけだったからだ。


「こんにちは! にゃんごろー! お久しぶり、でもないかな?」

「う、うううう、うん! こんにちは、キララ! おひさま、ぶりー!」

「うふふ! そうね! おひさま、ぶりー、ね! 太陽とお魚のコンビネーション! 子ネコーらしく元気いっぱいで、おまけに! お豆腐みも感じられる、にゃんごろーらしいごあいさつね! うふふふふ!」


 キララはシュタッと片手を上げて、印象通りのハキハキと元気な挨拶をした。

 にゃんごろーも、それに答えて元気にお手々を上げる。つい先ほど練習したばかりの発声魔法の方は、まずまずといったところだが、興奮と緊張のせいで少々声が上ずってしまった。おまけに、お返事の内容も少々躓いて、にゃんごろー色に染まっている。

 おかげでキララは、にゃんごろーの発声魔法の上達ぶりには気がつかず、飛び出てしまった“にゃんごろー語”の『おひさま、ぶりー』に反応して、コロコロと笑った。

 出だしから躓いてしまったことに、内心しょーんとするにゃんごろーだったが、キララがあまりにも楽しそうに笑うので、すぐに元気を取り戻した。続く、キラリとの初めましてのご挨拶で挽回すればいいのだ、と気合を入れ直す。

 気合が空回りして大泣きせんと言いがのぅ――――と長老は心配したが、それは不幸にも杞憂に終わった。

 にゃんごろーが気合を入れてイメトレをしている内に、キララの肩口からお耳とお目目を覗かせていたキラリが、先にご挨拶を始めたのだ。


「は、はははははは、はじ、め、まし、て。キ、キララの、妹の、キラリ、といいます。よ、よ、よよよよよ、よろし、る、です。あの、ごめん、なさい。わ、わた、し、おしゃべりの、魔法、あんまり、上手じゃ、なく、て」

「キラリはねぇ、家族以外の人とおしゃべりする時は、きんちょうしてうまくしゃべれなくなっちゃうみたいなの! 家族だけの時だと、そうでもないんだけどね! それを恥ずかしがって、初めは行きたくないなんて言っていたんだけど、にゃんごろーもおしゃべり魔法の練習中だから大丈夫よって言って、連れてきたの!」


 にゃんごろーとは、また違った方法に練習中なキラリのご挨拶を、キララが姉としてフォローした。大変に仲睦まじく微笑ましい姉妹ネコーのやり取りだったが、そのフォローは、にゃんごろーの張り切る気持ちをスコーンと蹴っ飛ばした。

 頭の中が、真っ白になった。

 どうしてかは分からないけれど、今ここで、練習の成果を張り切ってご披露してはいけない。そんな気がしたのだ。

 この日のために、ずっと練習を頑張ってきた。キララの前でご披露したら、頑張りをほめてもらえるに違いないと、この時をずっと楽しみにしてきた。今日は朝から、ワクワクが止まらなかった。

 なのに。だけど。

 どうしてか、どうしてだか。

 それをしたら、いけない。

 そんな気がするのだ。

 それは、とてもがっかりで、残念なことだ。涙が出そうなほどに。

 キララの言葉を訂正して、「にゃんごろーは、練習しておしゃべり魔法が上手になったんだよ」と言って、その成果をご披露したい。そんな気持ちが、確かにある。

 でも、それをしたらダメだと頭の片隅で警報が鳴っている……そんな気がするのだ。

 楽しみで楽しみでキラキラと輝いていた心に、灰が積もっていくのを感じた。

 それでも、にゃんごろーはぎこちない笑顔を浮かべて、キラリに挨拶を返した。

 理由は分からないけれど、そうしたほうがいいと感じたからだ。


「しょ、しょしょしょ、しょーなんだ。えと、あの、にゃ、にゃんごろーも、おしゃれりのまほー、れんしゅうちゅうらから、いっしょに、らんらろう! あ、しょら! ごあいしゃつら、まららっちゃ。えちょ、もりのネコーの、にゃんごろーれしゅ! よろしる、る!」

「う、うう、うん。よろしる、る」


 にゃんごろー語全開の挨拶を返すと、キラリは、はにかむように笑い、ヒョッとキララの背中にお顔を隠した。

 その笑顔は、灰に埋もれつつあるにゃんごろーの心に一筋の光を投げかけはしたけれど、灰を取り払うまではいかなかった。

 煤けた気持ちでぎこちない笑顔を張り付けていると、荷物を抱えたミフネがデッキまでやって来た。街からのお客様は、ミフネが運転する車でここまでやって来たのだ。お船の前で姉妹を下して、ミフネは車を駐めに行っていたため、遅れての到着となったのだ。

 子ネコー姉妹は、にゃんごろーの元を離れてミフネを労いに行った。マグじーじは、クロウに目配せをしてから、挨拶のためにミフネの元へ向かう。そして、長老もなぜか、灰かぶりの子ネコーを置き去りにして、フラフラとミフネの方へ吸い寄せられていった。

 にゃんごろーの傍には、カザンとクロウだけが残った。

 発声魔法の練習を頑張って来たのに、大失敗してしまうどころか、その成果を披露することすら出来ずに落ち込む子ネコーの傍らには、カザンとクロウの二人だけが残っていた。

 カザンは、にゃんごろーを案じているようだったが、マグじーじの目配せに従ってか、何も言わずに、ここはクロウに任せることにしたようだ。そして、そのクロウはといえば――――。

 クロウは、余裕の顔つきをしていた。弾むような顔、と言った方が正しいかもしれない。マグじーじからの目配せに軽く頷くと、クロウは大股に一歩足を進め、子ネコーのすぐ真横まで近づいて、ひょいとしゃがみ込んだ。それから、もふっとしたお耳に口を寄せ、こそっと囁く。


「やるじゃねーか、ちび……いや、にゃんごろー。見直したぜ?」

「え? ろ、ろーして? にゃんごろー、れんしゅーで、らんばっちゃのを、ごひろう、れきなかっちゃの、に?」


 クロウに何をどう見直されたのかが分からず、にゃんごろーはパチクリとクロウを見上げた。その瞳には、うっすらと涙が滲んでいる。

 クロウは、それには触れずに、やんちゃさとお兄さんみの混じった笑みをにゃんごろーへ向けた。


「んー? だって、おまえ。キララにいいところを見せたいのを我慢して、キラリに恥をかかせないために、ぐっだぐだの“にゃんごろー語”で喋ったんだろ?」

「う……ん。しょー、にゃのか、にゃ?」

「なんだよ、無自覚でやったのかよ。まあ、どっちにしろ、カッコよかったと思うぜ? 自分のことより、キラリを優先したんだろ? ほら、胸を張れよ。さっきのキラリの笑顔、見ただろ? あれは、にゃんごろーが引き出した笑顔だぜ?」

「にゃんごろーら、キラリの、えらおを……?」

「そ!」


 クロウは、にゃんごろーの頭を撫でくりまわしながら、二カッと笑った。にゃんごろーはそれを、やっぱりパチクリと見上げる。

 パチクリ、パチパチ。

 パチクリ、パチパチ。

 繰り返している内に、心の中に積もっていた灰が、風に流されていった。

 滲んでいた涙の方も、乾いていく。

 クロウの言葉が、じんわりと胸の中に広がっていった。さっき自分が、どうして頑張った成果をお披露目しなかったのかが、その理由が今、分かったのだ。

 にゃんごろーは、お顔を綻ばせた。


「えへへ。しょか。しょーゆーこちょ、らっちゃのか…………」


 クロウに頭をクリクリされながら、にゃんごろーは嬉しそうに笑った。

 キララに頑張りを披露して褒めてもらえなかったのは、もちろん残念だ。でも、今はもう、落ち込んではいなかった。

 クロウからの「見直したぜ」という言葉が、心地よい温もりを伴って、じんわりじわっと心に広がってくのを感じていたからだ。

 それは、いいところを見せて拍手喝さいを浴びるのとは、また違った嬉しさだった。

 一人前の子ネコーだと認めてもらえたような、じんわりとした嬉しさ。

 少しだけ、おとなになった気がして、なんだか誇らしかった。

 しかし、子ネコー成長の物語の感動シーンは、長くは続かなかった。

 犯人は、子ネコーの灰掃除の功績者であるクロウだった。


「てゆーか、さ。あそこで、空気を読まずに、『にゃんごろーは、練習したから、ちゃんと喋れるようになったんだ』なんて言ってたら、キラリは恥ずかしくなって泣いちゃって、『もう、帰る~』なんて言い出して、本当に帰ることになってたかもしれないぞ?」

「え!?」

「そしたら、今日の予定は取りやめ。それどころか、キララとキラリのふたりともに嫌われちゃってたかもなー?」

「ええー!? しょんにゃの、いやにゃ~!」

「にひひ♪ そうならなくて、よかったなー?」

「うん! うん! よかっちゃ! これれ、よかっちゃ! にゃんごろー、これれ、らいせこうの、らいせいかいらった!」


 クロウは、いたずらっ子の笑みを浮かべて子ネコーの頭をくしゃくしゃにかき混ぜると、立ち上がってミフネに挨拶をしに行ってしまった。

 感動のシーンは、少々台無しになってしまった。

 けれど、子ネコーの方は、いつもの調子を取り戻したようである。


「ふむ。にゃんごろー先生とクロウ助手か。やはり、ふたりは相性がいいようだな」


 傍観者に徹していたカザンは、ふたりを見比べながらフッと小さく笑みを零しながら呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る