第7章 キララとキラリとにゃんごろー

第185話 有頂天子ネコー

 潮風が、子ネコーのおひげを揺らしていった。

 空には雲が幾筋も棚引いているが、なかなかのお天気だ。

 子ネコーの揺れるおひげは、雲の隙間から降り注ぐ陽光を照り返し、キラキラと眩い。

 青猫号の後部デッキの端に立ち、森を抜けた先の街並みを見つめる子ネコーのお顔も、おひげに負けないくらいにキラキラと輝いていた。


 子ネコーの名前は、にゃんごろー。毛並みの色は、白が混じった明るい茶色。身長は、人間のおとなの膝くらい。歌と踊りとお絵描きが大好きで、食べることがとりわけ大好きなネコーの男の子だ。

 ちなみにネコーとは、魔法の力に長け、人の言葉を喋り、人と同じものを食べることが出来る魔法生物のことだ。外見は猫そっくりなのだが、人間のように二本の足で立って歩く。身長は、おとなのネコーでも、大体人間の半分くらいだ。

 そのネコーの子であるにゃんごろーは、森の中にあるネコーの住処で暮らしたのだが、住処で大変な事件が起こったため、今は養い親であるネコーの長老と一緒に、青猫号というお船にご厄介になっている。

 青猫号は、大空を自在に飛び回る魔法のお船だったのだが、今は人間たちの住処として使われている。にゃんごろーが生まれるずっと前、長老がまだ若いネコーだった頃、森に墜落してしまったのだ。墜落した青猫号は、海に向かって森の斜面を滑り落ち、ザップンする直前で停止に成功はしたものの、それ以降お空を飛べなくなってしまった。それで、今は青猫号で働く人たちの拠点兼住処となっているのだ。


 お尻を森の方へ突き出して、砂浜にデデンと横たわる青猫号。

 青猫号のお尻側…………後部デッキからは、森に向かって鈍い銀色の板が渡され、緩やかなスロープが形成されていた。スロープの先には、森を抜ける大きな道があり、抜けた先には大きな街がある。

 先日お友達になったネコーの女の子、キララの住んでいる街だ。


「まらかな、まらかなー♪」


 にゃんごろーは、遠くに見える街並みと、街へ続く道へと交互にお顔を向けながら、ワクワクソ、ワソワと落ち着かない様子だ。お手々の方も、わちゃわちゃ、もふもふと忙しく動いている。

 それもそのはず。

 今日これから、キララたちがお船に遊びにやって来て、にゃんごろーも一緒にお船の見学会をする予定なのだ。

 キララは街に住んでいる女の子ネコーだ。ご両親は、キラキラ魔法雑貨店というお店をやっている。キララはお店の看板娘ネコーとして、毎日お手伝いを頑張っている、なかなかに感心な子ネコーなのだ。つい先日、キララはお店の従業員であるミフネという青年と一緒にお船にやって来た。にゃんごろーはその時、キララたちとランチをご一緒して、仲良くなったのだ。

 そのキララには、キラリという妹ネコーがいた。ただし、前回のランチ会には参加していない。とっても恥ずかしがり屋で怖がり屋さんな子ネコーで、初めての場所へ行くときは、まず姉ネコーに偵察を頼んで、大丈夫な場所だと分かってからお出かけするのが“いつものこと”だからだ。

 姉ネコーの偵察の結果、青猫号は妹ネコーを連れてきても大丈夫な場所だとお墨付きをもらえたようで、今回はキラリも一緒に遊びに来る予定なのだ。


 子ネコーがふたりも遊びに来ると聞いて、にゃんごろーは大喜びだった。

 にゃんごろーには、にゃしろーという兄弟ネコーがいるのだが、今は療養のため、長老のお知り合いの魔女のところに預けられている。そして、森のネコーの住処には、にゃんごろーたちの他には、子ネコーがいなかった。だから、キララはにゃんごろーにとって、初めての子ネコー友達なのだ。

 そして、今回。

 キラリとも仲良しになれれば、にゃんごろーには子ネコー友達がふたりも出来てしまうのだ。にゃんごろーにとって、それは嬉しい大事件だ。

 なんとしても、キラリとお友達になりたい。

 恥ずかしがり屋の子ネコーに嫌われないために、粗相のないようにしなければ!――――と、にゃんごろーは気合を入れて張り切っていた。

 ワクワク・そわそわ・ドキドキしつつ、大層張り切っていた。

 そして、にゃんごろーが張り切る理由は、もう一つあった。


「にゃんごろーよ。発声魔法が乱れておるぞ? キララにいいところを見せたいんじゃろう?」

「はっ!? しょーらっちゃ…………ちらう! そーだった! よ、よし! キララ、が、くるまえに、もういっかい、れんしゅう!」


 真っ白な長毛ネコーの長老が、もふぁもふぁの腹毛をわしゃわしゃとかき混ぜながら指摘すると、子ネコーはシャキッと背筋を伸ばした。

 もふっと胸を反らして、両方のお手々を腰に当てると、子ネコーは森に向かって声を張り上げる。


「おはよう、ございます! こんにち、は! おひさし、ぶり、です! はじめ、まし、て! よろしく、おね、が、いし、みゃす!」


 最後に少し“にゃんごろー語”が出たものの、これまでとは比べ物にならない、ほどほどに見事な発声魔法を披露した子ネコーは、そっくり返りそうなほどに「むふん!」と胸を反らしてから、両のお手々をほっぺに当てて腰を落とし、もふもふくねんと体をくねらせた。


「ろーらっちゃ? ろーらっちゃ? じょーじゅにれきてちゃれしょ? にゃんごろーの、おしゃれりのまほー! うふふふふ!」

「うーむ、気を抜いたらグダグダじゃが、まあ、短期間でよくここまでマスターしたぞい。まあ、一日中ちゃんと喋るのは無理でも、ご挨拶くらいは、上手にできるじゃろう」

「えへへー! ねえねえ、ちょーろー! キララ、びっくりしゅるかにゃ? しゅるかにゃ? かにゃにゃにゃにゃ?」

「うむ。ご挨拶だけでも、ちゃんと出来れば、じゃが。『見直したわ、にゃんごろー』なんて、言われちゃうかもしれんのぅ」

「ふわおぉおぅ! しょーかにゃ、しょーかにゃ? うふふふ、ちゃのしみ! はやく、こにゃいかにゃー、キララたち!」

「うぅむ。集中していない時は、相変わらずじゃが。まあ、お名前をちゃんと呼べるようになっただけでも、マシというものかのぅ」


 長老に一応褒めてもらって、子ネコーはもっふんもっふんと体をくねらせ有頂天だ。最後に呟かれた長老の少々辛口な意見は耳に入っていない。


「まあ、でも。二日でよくここまで上達しましたよね。頑張ったんじゃないですか?」

「うむ。見事だ」

「うんうん。一生懸命、上手におしゃべりをしているのも可愛らしいが、いつも通りの喋り方も、また可愛いのぅ。しばらくは、どちらの可愛さも堪能できそうで、何よりじゃわい」


 渋い顔を作りつつも嬉しそうな長老に話しかけてきたのは、子ネコーと長老以外のお出迎えメンバーだ。

 恥ずかしが屋のキラリの要望で、前回キララとランチをしたメンバーが揃っていた。

 セリフは上から順に、クロウ、カザン、マグじーじだ。

 青猫号の管理者の一人であるマグじーじは職権乱用を大活用して、カザンは長期休暇がギリギリ間に合っての参加だったが、クロウは仕事としてこの場にいた。

 前回の見学会の際、マグじーじと同じく青猫号の管理者であるナナばーばとトマじーじは残念ながら急な仕事が入って参加することが出来なかった。クロウは、この二人から見学会の様子をレポートにまとめて提出しろと言われてその通りにしたところ(はじめは渋ったが、手当を出すと言われて二つ返事で引き受けた)、大層評判がよかった。それで、今回も仕事扱いにするからレポートを提出しろと命令されて、管理者たちが命名した“子ネコーの集い”に参加することになったのだ。


「まらかにゃー♪ まらかにゃー♪ にゃ・にゃ・にゃっにゃっにゃっ♪ う!」


 お出迎えメンバーが子ネコーのおしゃべり具合についてそれぞれの感想を述べ終わると、待ちきれなくなった子ネコーが歌い踊り始めた。

 長老が笑いながらお腹の毛をかき回し、クロウが苦笑いで子ネコーショーを見下ろし、カザンが微かに目元を緩ませ、マグじーじがデレリと相好を崩して子ネコーを見つめる。

 その背後から、ガタリと不審な音が聞こえてきた。

 音の出どころは、メンバーの背後に不自然に積まれたコンテナだった。

 船室に近い方の端に、大人が隠れそうなほど高く積まれたコンテナ。大人が、ちょうど三人くらい隠れられそうなほど、縦にも横にも積まれたコンテナ。

 そのコンテナの陰に、帽子とサングラスとマスクで顔を隠した人間が、ぴったり三人潜んでいた。積まれたコンテナの隙間から、歌い踊る子ネコーの様子を窺いつつ、身悶えている。

 まさに不審者だった。

 子ネコーは、歌と踊りに夢中で不審な音には気づかなかったようだが、他のメンバーはチラッとコンテナに視線を走らせる。

 音に気づいたメンバーは、そこに不審者が潜んでいることにも気づいていたが、誰も何も言わなかった。気づいているのではなく、最初から知っていたからだ。

 もちろん、その正体も知っていた。

 そして、肝心の“その正体”とは――――。


「あーん、もっと近くで見たい~っ!」

「キラリちゃんの要望じゃなければ、絶対に参加したのにっ!」

「マグの奴め! 一人で美味しい役を独り占めするとは、許せん!」


 本日の“子ネコーの集い”に参加するべくスケジュールを調整したのに、その子ネコーのひとりであるキラリの要望で不参加を余儀なくされ、影から見守ることにした子ネコー親衛隊過激派の一角。

 ミルゥ、ナナばーば、トマじーじの三人なのだった。

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