第47話 新たな神



 白騎士の甲冑にヒビが入る。世界を新たな色で染め上げるような眩い光が、辺り一帯を染める。時が止まったような静けさが広がり、心臓が止まったような錯覚を覚える。


「…………」


 グレイはただ黙って、剣を構える。初めにあった戦力差はもうない。純度の差だと白騎士は言ったが、その差はグレイが甲冑を捨てたことで取り払われた。正しく英雄と英雄のぶつかり合い。グレイの力も白騎士の力も、今までとは比較にならないほど高まった。



 そして今、白い甲冑にヒビが入った。



 そこから何が生まれるのか。女王の言う神とは何なのか。ようやく、その答えが提示される。



「……剣?」


 グレイは警戒を解かず、訝しむように呟く。白い甲冑の中から現れたのは、1本の剣。2メートル近い大剣。今、グレイが持っているのとほとんど同じ大きさで、清廉で神々しいデザインをしている。


「まさか、これが神だとでも言うのか?」


 その剣からは、何も感じない。先程までの凄まじい魔力は、どこかへと消えてしまった。白騎士が使っていた甲冑と大剣は、粉々に砕け散って消える。残ったのは、その純白の大剣だけ。


「……あの女は何を考えている? あの男は、結局なにがしたかったんだ?」


 まだ事態を飲み込めないグレイ。大言壮語を吐いた白騎士は、甲冑とともに消えてしまった。先程まで確かに感じた甲冑の中身が、今ではもう全く感じ取れない。


「ようやく届いたようだね、グレイ」


 と、そこで背後から声が響き、1人の女が姿を現す。


「……マリア フリージア。貴様がどうして、ここにいる?」


 見るもの全てを萎縮させる黄金の眼光。その目に睨まれても女王は一切、怯まない。彼女はただ、心底から楽しそうに口元を歪める。


「どうしても何も、それが私の目的だからだよ」


「こんな物が、貴様の目的だと? こんな物の為に、貴様は今まで多くの人間を殺してきたのか?」


「こんな物、か。やはり君でも、感じ取れないんだね。でも、そうか。そうでないと意味がない」


 女王は先程までの戦いで壊れた城を見て、恋をする少女のように息を吐く。


「アリカ ブルーベルの魔剣の結晶では、全く足りなかった。あれは祈りの結晶であり、力の結晶ではない。だから、白騎士を造った。最強で絶対の英雄。それでもまだ、足りない。再現した英雄は完成度が高いからこそ、本物と同じ縛りを受ける。要するに、いくら強くても寿命で死んでしまう」


「その結果が、この剣か?」


「そうだ。剣は死なないだろう? そしてこれは祈りだけではなく、祈りと力の結晶だ。あの白い鎧にはそういう機能が備わっていた。力が一定を超えると、その力をまた剣に戻すという機能が」


 女王が歩く。まるで戦場とは思えないほど、軽やかな足取り。グレイはそんな女王と現れた白い剣から、決して意識を外さない。


「グレイ。この私の服の血。君はそれが、気になっているんじゃないかな? 他の皆は、どうなったのか。彼女たちはちゃんと、無事なのか」


「簡単にやられるような連中ではない」


「これ、ノアちゃんの血なんだよ。彼女、思ったよりずっと強くて驚い──」


 その瞬間、女王の腕が飛ぶ。マリアは片腕を斬り飛ばされ、そのままグレイに拘束される。


「……っ。痛いじゃないか、グレイ」


「貴様、ノアをどうした?」


「心配しなくても大丈夫。殺してはいないよ。今ここで君を怒らせるのは、得策じゃないからね。……いや、得策ではなかったというべきか。今さら君が怒ったところで、事態は変わらない」


「…………」


 グレイは少し考える。このまま女王を拘束して、ノアの様子を見に行くべきか。他の連中は、どうしているのだろう? 皆、無事だろうか? 一瞬、思考に隙間が生まれる。女王はそれを──。



「私がそんなことで、貴様から意識を逸らすと思ったか?」



「……っ!」


 残った方の腕を、白い剣に伸ばした女王。意識の隙間を突いたような行動。普通の人間なら、それを遮ることはできない。しかし相手は英雄。女王の思惑は通じない。


「……っ、あははははははははははっ!!!」


 両腕が斬り飛ばされても、女王の笑みは崩れない。このままだと、まず間違いなく死ぬ出血量。しかし、人間というのは思ったよりも頑丈だ。女王はしばらく、この痛みに耐え続けなければならない。


 それでも、女王はただ笑う。


「私の不老不死。そのセーブポイントはどこなのか。……本当に私が、あの玉座からしか蘇れないのか。不老不死たる私は、死なないと……ゲームオーバーにならないと、新しいデータをロードできないのか。もう少し、考えるべきだったね」


「……っ!」


 そこで初めて、グレイに動揺が走る。瞬間移動とはまた違う、まるで初めから存在しなかったかのように、女王の身体が消える。


「ようやく届いた!」


 そして、すぐ近くで女王の身体が再生する。まるでそこが帰る場所だとでも言うかのように、白い剣の元に現れる女王。今のグレイをもってしても、殺しきれない不死身。そんな彼女が、純白の剣を掴んで言った。



「──我が祈りをけんに」



 女王が祈りを捧げる。不死身で決して死ぬことのない少女が、際限のない英雄の力を手に入れた。白い甲冑が、再構築する。女王が飲み込まれ、英雄も飲み込まれる。


 純度が低いと、白騎士は言った。純度とは純粋さの度合い。どれだけ混ざり物が少ないかではなく、どれだけ強く1つの想いを持ち続けていられるか。


 その意味で、女王の右に出るものはおらず……いや、英雄だけがその隣に並べた。共にありとあらゆるものを飲み干し、混ざった全てを自分に変えてきた化け物。


 怪物と怪物の祈りと力が混ざり合う。現れるのは、不死身であり最強の騎士。神と言っても差し支えないそれは、先ほどよりずっと神々しいデザインの甲冑で剣を構える。


「……なるほど、それが貴様の……貴様たちの言っていた神か」


 感じる魔力は先ほどまでとは比較にならず、纏う雰囲気は女王のものとも白騎士のものとも違う。無論、アリカ ブルーベルのものでもない。


 最強の英雄が、不死身の力を手に入れた。不死身の怪物が、最強の力を手に入れた。決して折れない剣が、今ここに完成した。


「グレイ。お前の役目はもう終わった。後は眠れ。私さえいれば、この世界に永遠の平和をもたらすことができる」


 響く声は、まるで神の信託のように厳か。しかし、グレイは怯まない。


「貴様の言う平和とはなんだ?」


「決まっているだろう? 誰も傷つかず、誰もが尊重され、誰もが笑って暮らせる世界。それが私の目指す平和だ」


「敵対者は全て貴様が殺すと、そう言っているのか?」


「そうだ。天使も呪いも魔女も全て私が殺す。私という永遠の象徴が、常に世界を守り続ける」


「では、貴様に殺された者はどうなる? 貴様の罪は誰が償う? 貴様の平和が気に入らないと叫ぶ人間を、いったい誰が救うと言うのだ!」


「いずれ、そんな想いもなくなる。永遠に生き続ける私が、全ての苦悩と苦痛を背負う。お前たちはただ、私の作った安寧に酔いしれていればいい」


「勝手な理屈だ。貴様のそれは、平和などではない! 酔いたいのなら、部屋にこもって酒でも飲んでいろ!! 英雄!」


 グレイが地を蹴る。その姿を見て、新たな神……白騎士は呆れたように息を吐く。


「今となっては、虚しいだけだな」


 迫るグレイを前に、白騎士もまた剣を構えた。


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