第45話 鏡
「──っ!」
剣と剣がぶつかる。甲高い音か辺りに響き渡り、あまりの衝撃に周囲の空気が軋む。グレイと白騎士の戦いが始まった。
「……ユズさん、リーシィさん。私たちはこの場から離れますよー」
普段よりもずっと冷たい声で、アリアが言う。
「よいのですか? このまま彼を1人にして」
リーシィは派手な金髪を揺らして、アリアを見る。
「いいも何もー、私たちでは足手まといにしかならないですからねー。……最善なのは、あの白騎士に見つからず女王を確保することでしたけどー。まあ流石に、そこまで上手くはいかないですねー」
「ではわたくしたちはこのまま、女王の確保に向かうのですね?」
「いや、それはまだ早いですねー。女王も相当の手練れですしー、確保といっても私たちだけじゃ難しいですからー。まずは、この場に誰も入れないようにするのが、先ですよー。余計な手出しをされたら、グレイさんが困りますからねー」
異常を嗅ぎつけやって来た警備の人間を、アリアが静かに拘束する。
「では、聖女さんたちの陽動と合わせて、わたくしたちはこの場から意識を逸らす。女王の確保に向かうのは、グレイさんが勝利した後。それで構いませんわね?」
「理解が早くて助かりますー。ユズちゃんも、分かりましたねー?」
「分かってるっスけど、あたしは警備の人と戦うのとかは無理っスよ……?」
「期待してないから、大丈夫ですよー」
3人がグレイと白騎士から離れる。しかし、グレイも白騎士も周囲のことを意識する余裕がなく、ただ全力で剣を振り続ける。既にユズたちでは、2人の動きを目で捉えることもできない。
「遅いぞ! グレイ! お前の全力は、そんなものかっ!」
「ぐっ──!」
白騎士の剣を受けきれず、近くの壁まで吹き飛ばされるグレイ。しかし、そのままやられるグレイではない。彼は壁が壊れるのとほぼ同時に壁を蹴り、一息で反撃に転じる。大剣が白騎士へと振り下ろされる。
「だから、それだと遅いというのが分からないのか!」
「っ!」
グレイの剣が届くより速く、白騎士の剣がグレイを斬る。甲冑にヒビが入り、グレイの身体はまた遠くの壁まで吹き飛ばされる。
「……まだ、差があるな」
身体を起こし、埃を払うグレイ。グレイの速度は、色持ちの天使と戦っていた時と同様、加速度的に伸び続けている。しかしそれは、目の前の白騎士も同じ。……いや、その差は徐々に広がり続けている。
このまま戦い続けても、グレイの勝機は万に一つもない。
「グレイ、どうしてお前が私に及ばないのか、分かるか?」
「…………」
グレイは何も答えず剣を構える。白騎士は気にせず、言葉を続ける。
「お前の剣は純度が低い。共に際限のない力を持つお前と私に差ができるのは、それが原因だ。復讐者であり、英雄でもある。それはお前の長所でもあり、短所でもある。定まらない剣は弱い。お前なら、気がついている筈だろう? グレイ!」
「くっ……!」
白騎士の一撃を、グレイはかろうじて大剣で受け止める。力の差を、技量でなんとかカバーする。
「よく防いだ。……しかし、それがいつまで保つかな? 余計なものを抱えたままでは、私には勝てんぞ! グレイ!」
「ごちゃごちゃとよく喋るっ!」
グレイがまた大剣を振り下ろす。瞬きすら許さない最速の一刀。音すら置き去りにしたその一撃を、しかし白騎士は軽々と受け止める。……技量ですらも、既に白騎士が上回り始めている。
「やはり、遅い。お前の力はこんなものではない筈だ。お前が一心に剣を振るえば、私とここまで差がつく筈がない。お前は余計なものを背負い過ぎている。……やはり、純度が低い」
「……っ!」
甲冑ごと、グレイの片腕が斬り飛ばされる。
「女王が造った私は、お前よりも力が強い。お前は抜け殻となったアリカ ブルーベルの憎悪から産まれ、私は最盛期の英雄の祈りから産まれた。更に私は、女王が集めた玩具を大量を力を混ぜられ、その全てを飲み干した」
「くっ──!」
腕を斬り飛ばされながらも反撃するグレイを、白騎士は軽々と蹴り飛ばす。
「私は、強制的に再現された英雄の臨界点だ。今の私は、貴様の100年先に私はいる。その差をどう埋める? グレイ!」
剣戟が続く。片腕を失ったグレイの甲冑は、なかなか再生しない。……いや、常に再生し続けているが、白騎士の攻撃が速すぎて再生が追いつかない。
「…………」
グレイは考える。この差は何なのか。どうすれば、この差を埋められるのか。そんなグレイの様子を見て、白騎士は見透かしたように口を開く。
「何を考えたフリをしている? グレイ。お前はもう、分かっているのだろう? お前が私に追いつくには、方法は1つしかない」
「…………」
グレイは剣を握り直し、地面を蹴る。
「だから、遅い! 目を逸らすな! 気に病むな! お前の剣の正しさは、他ならぬお前の手で証明して見せろ!」
「……本当に、よく喋るっ!」
グレイは白騎士から距離を取り、静かに剣を構える。そしてそのまま覚悟を決めて、祈りの言葉を口にする。
「──我が祈りを
瞬間、グレイの漆黒の甲冑が砕け散り、眩い黄金の英雄が姿を現す。
「さて、貴様のお喋りにももう飽きた。そろそろ終わらせようか」
甲冑を捨てたグレイの速度は、先程までとは比較にならない。今度は白騎士が、壁まで吹き飛ばされる。
「……っ。そうだ! 私にとってこの甲冑は鎧であり武器であるが、お前にとって甲冑は重しであり足枷でしかない! それを取り払った今、ようやくお前は私に並んだ!」
「並んでいるのは今だけだ! すぐに貴様は、私の剣の錆になる!」
「ははははっ! いいぞ! グレイ……!」
再度、剣と剣がぶつかる。2人の間にあった差は、既にほとんどなくなっている。色持ちの天使と戦った時と同様に、グレイが自身の在り方を定めた今、その力は無限へと繋がる。
「ああ、そうだ! グレイ。やはり、お前でないといけない! お前と私だけが、この世界の頂きに届く!」
「あの女の傀儡であるお前が、私に勝てる道理などない!」
「勘違いするな! 私は女王に膝をついた訳ではない! お前も、感じている筈だ! この世界の理不尽さを! 私やお前がいくら頑張ったところで、助けられる人間は限られている!」
「それでも歩みを止めないのが、私の役目だ!」
「ぐっ……!」
グレイの剣が白い甲冑を砕く。……しかしそれは、瞬く間に再生する。再生する度に高度が上がり、白騎士は歓喜するように叫ぶ。
「お前が歩き続けようと、100年経てばお前は死ぬ! 私もそうだ! その祈りが結晶となり誰かに引き継がれようと、想いまでは引き継げない! 私やお前のように、力を持て余さず正しく振るえる人間は少ない! 人は堕落する! 英雄だけでは世界は救えない!」
「その為に神が必要だというのか! 貴様とあの女は!」
「そうだ! 教会の神なぞ、役には立たん! あれはどこまでいっても、人を救わない! だからこそ、人を守り続ける決して折れない剣が必要なんだ!」
既に、色持ちの天使を相手にした時の倍以上の速度と力。そんなグレイを前に白騎士の力もまた、際限なく高まり続ける。
共に、無限へと繋がる2人。そんな2人の様子を王座で眺め続ける1人の女。女王、マリア フリージア。彼女はヴィヴィアと話した後、変わらず王座に戻って戦況を観察していた。
「……計画通りだ。流石は英雄」
大きなガラスの形をした魔道具。そこにはグレイと白騎士の戦いが映し出されており、彼女は映画に熱中する観客のように、ただ画面を眺め続ける。
「そうだよ、アリカ ブルーベル。君の祈りは本質的に私のものと……マリアの元の、同じなんだ。恒久の平和。永遠の安寧。決して叶うことのない人類全ての願い。しかし君たち2人なら、それが叶う。……叶えてしまう」
2人の戦いは続く。成長でも進化でもない。ただ、底がない究極の才能を持って産まれた2人の戦い。アリカ ブルーベルは産まれてから一度も、全力を出したことがない。彼の限界はゲームですら、一度も描写されていない。ラスボス戦ですら、彼には余裕があった。
しかし今、彼は……彼らは互いにようやく全力を出せる相手を見つけた。2人の力は、無限を超え更にその先へと向かう。それが意味することは……。
「いよいよ、神に手が届く……!」
女王が笑う。まるでそれを合図にするかのように、白い甲冑にヒビが入った。
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