第43話 密会
「そっちからやって来るとは思わなかったよ、マリアちゃん。お前は、お兄さんに夢中なんだと思ってた」
ヴィヴィアはいつもと変わらない笑みを浮かべ、何をされても対応できるよう魔剣を構える。
「そう警戒しなくてもいいよ、聖女さん。私は君と話がしたいんだ。……同郷のよしみだ。積もる話もあるだろう?」
そんなヴィヴィアの様子を見て、マリアは無防備に両手を広げる。彼女はその手に、魔剣を構える様子すらない。
「はっ、同郷ね。だったら、ハルトくんも連れて来てやった方がよかったんじゃないの? 彼も同じ世界の出身だろ?」
「そうだね。そうしようかとも思っていたのだけれど、あれはもう駄目だ。魔剣の結晶は君に回収されたみたいだし、いろいろ混ぜてたら壊れちゃった」
「……混ぜた、ね。相変わらず、頭がおかしいのは変わらないな」
「君にだけは言われたくないかな、聖女さん」
ヴィヴィアは警戒を解かない。けれどマリアはまるで友人と話すかのように、楽しげに笑う。
「そこにさ、君の為に部屋を用意したんだ。きっと気に入ると思うよ」
無防備に背を向けて、近くのドアを開けるマリア。ヴィヴィアは一瞬、その背中を切り飛ばそうかと考える。……が、すぐに思い直す。そんなことをしても、意味はない。一度、斬って、それはもう分かった。
だからこの女王をどうにかするなら、生捕りにするしかない。しかしグレイのいない今、それも難しい。こんな場所でこんな風に女王が現れるなんて、誰も想定していなかった。
「……ちっ。仕方ないから、付き合ってやるよ」
ここで女王を引きつけておけば、他が少しでも動きやすくなるだろう。そう考え、ヴィヴィアはマリアの背に続き近くの部屋に入る。
「これはまた、随分と懐かしい真似をする。……ほんと、何を考えてるんだよ、お前は」
その部屋はまるで、元の世界のただの少女の部屋のような外観をしていた。大して大きくないベッド。安物のソファ。エアコンのようなものや、テレビのようなものまで置いてある。
「君の前世の部屋を再現してみた。ふふっ、喜んでもらえたかな? 聖女さん」
「どうでもいいよ。ボクってば薄情だから、元の世界になんか未練はないし。あっちはあっちで楽しかったけど、今はここがボクの世界だ」
「そうか。私は今でも思い出すけどね。読みかけの漫画のこととか。観たかった映画のこととか。新作のコスメや香水。他にもいろいろ、今でも偶に夢を見る」
マリアは当たり前のように、テーブルの前に置かれたソファに座る。ヴィヴィアは迷うことなく、マリアの正面に座る。
「聖女さんはさ、『悠遠のブルーベル』ヒロインで、誰が1番好きなの? 幼馴染のティア? それとも騎士団の団長のアニス? 或いは商会の看板娘のリリィ? 貴族のお嬢さんであるノアも捨てがたいかな? 禁断の恋である妹のミナナのルートも、なかなか感動できる結末だ。……残念なことに、聖女であるヴィヴィアも、女王であるマリアも、メインヒロインではないけどね」
「生憎とボクは、このゲームのヒロインは好きじゃないんだよ。どいつもこいつも、自分本位が過ぎる」
「分かってないな、そこがいいんじゃないか。特にティアとリリィなんかは、自己愛の権化みたいなものだからね。ああいうのは、見ていて愛おしくなる」
「趣味が合わねーな。だいたい、そいつらの大半はお前が死に追いやったんじゃねーか。どの口で、愛おしいとか言ってんだよ、狂人が」
ヴィヴィアはテーブルの上に置いてある、懐かしい見た目のクッキーを口に運ぶ。……何度、作り直させたのだろうか? 味まで前世のものと同じだ。
「愛おしいから、反応が見たくてちょっかいをかけるんじゃないか。まぁ、リリィの方は食いつきが悪かったけどね」
「そもそもゲームと違い、商会自体を女王が牛耳ってるんだから、食いつきが悪いのは当然だ。ゲームでは自由奔放な看板娘も、そんな状況じゃ馬鹿はやれない」
「そうでもないけどね。不自由は自由より、人を解放的する。抑圧された人間は、馬鹿な道に走りたがる。……ただまあ、今さらリリィに構う理由もないけどね」
マリアは普段と変わらない優雅な仕草で、クッキーを口に運ぶ。その姿に、前世の面影はない。
「……神がどうとか言ってたみたいだが、お前の言ってるそれは、ボクら教会のそれとは別物だろう? お前がアレを求めるとは思えない」
「教会の神に、魔女の呪い。そして、7体の色持ちの天使。この世界は厄災に事欠かない。いくら私が不死身でも、最強の英雄がいても、救える人間は限られている」
「だから神が必要だと? 世界を救う為に? ……馬鹿らしい。おままごとなら、1人でやってろよ」
吐き捨てるように呟くヴィヴィアを、マリアは色のない目で見つめる。先程までと、少し雰囲気が違う。
「君には、分からないよ。私は永遠に生き続ける。ゲームのように終わりはない。君や英雄が死んだ後も、私はこの世界で生き続けるんだ。この国が滅んだとしても、私は死ねない。その気持ちが君に分かるか?」
「……そうか。お前はその為に、あの白騎士を……」
「流石に勘が鋭いね。まあでも、それだと半分だね。言っただろ? 神が必要なんだよ、私には。本物の平穏を与えてくれる、神が」
得体の知れなかった女王の本質。ヴィヴィアはそれを、垣間見たような気がした。……けれどそれは、本当に気がしただけ。ヴィヴィアはまだ、女王の真意に気づいていない。
「私の英雄と君の英雄。聖女さんは、どちらが勝つと思ってる?」
「決まってるさ。ボクはお兄さんの勝ちを信じてる」
「君が好きだったアリカ ブルーベルは、私の白騎士の方なんだけどね」
「能力と側を真似ただけだろ? アレは。強さだけで勝てるほど、お兄さんは甘くない」
「随分と入れ込んでいるね。ただまあ、どちらが勝ったところで私の計画は揺るがない」
「…………」
女王は笑う。相変わらず、隙だらけだ。思わず斬りかかってしまいたくなるほど、無防備。
「殺せるものなら、殺してくれても構わないよ? 君でもグレイでもアリカでも、別に誰でも構わない。殺せるのなら、殺してみるといい」
「……お前、本当は死にたいだけなんじゃないのか?」
「それほど単純だったなら、わざわざこんな真似はしないよ。言っただろ? 必要なんだよ、神が。私とこの世界の為に」
「いい加減、教えろよ。お前の言う神とは何だ?」
ヴィヴィアは普段は見せないような顔で、マリアを睨む。けれどやはり、マリアは笑う。
「もうすぐ分かるよ。グレイとアリカがぶつかれば、自ずと答えは見えてくる。そして、分かった頃にはゲームオーバーだ」
狂ったような笑い声を上げ、そのまま自分の心臓を突き刺す女王。赤い血が広がり、嫌な匂いが充満する。しかしこの程度では、女王は死なない。すぐにまた、あの王座で楽しげに笑っている筈だ。
「……ゲームみたいに死にやがって。ほんと、何がしたいんだよ、こいつは」
ゲームでは、女王はアリカ ブルーベルに次ぐ魔剣の深度を誇っている。800年もの間生き続ける彼女の世界は、他の人間では想像もつかないほど深い。投げた石が地面に落ちるのと同じように、彼女の魔剣は世界に浸透している。
「そんな怪物を20年とちょっとで越えるんだから、やっぱりお兄さんが1番の化け物だな」
規格外と規格外。比べることに意味はない。
「……でも多分、何か見落としてるな、ボク」
ここで女王が自分に接触してきた理由。こうして2人で話すのは初めてではないが、一度は決別した仲だ。互いに相容れないと分かっているのに、どうしてこんな……。
「……そうか。商会のリリィ。見落としてた。あのルートでは、呪いと教会が敵になる。……ほんと、どうしようもないことばかり考える、あの女っ! 何がどっちが勝っても一緒だ、だ! ふざけたことばかり言いやがって!」
ヴィヴィアは血溜まりの中の女王を睨みつけ、急いで部屋を出た。
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