第42話 潜入
そして、きっかり3時間後。準備を整えたグレイたち8人は、二手に分かれて王城へと向かった。
「でもやっぱりちょっと、心配っスよね。こっちにはグレイさんがいるから問題ないっスけど、向こうは大丈夫なんスかね?」
普段よりずっと緊張感を滲ませた声で、ユズが言う。
「大丈夫だと思いますよー。あくまで向こうは陽動ですしー。それにヴィヴィアさんがいますからねー。よっぽどのことがない限りー、遅れを取ることはないと思いますよー」
「そうですね。ノアもあれで中々、腕が立ちますし。引き際を間違えるような愚は冒しません」
不安そうなユズに、聖典戒のアリアと四大貴族であるリーシィが、言葉を返す。
グレイたちは二手に別れて、王城に侵入した。教会が潜ませていた間者の手引き。明日の決戦に備え、手薄となった警備。そしてユズと聖天戒のザリの能力を使い、なんとか忍び込むことができた。
「心配する必要はない。お前たちがナインガードを引きつけている間に、私があの白騎士を倒し、女王を確保する」
「……確保、ですか。やはり殺すことはできないのですね?」
「ああ。あれを殺すのは、今の私では不可能だ」
「グレイさんがそう言うならー、誰にも無理ってことですよねー。でもー、確保しても自殺でもされたらー、またすぐにあの王座に元気な姿で復活するらしいですからねー。確保っていうのもー、困難を……って、ユズちゃん。能力、乱れてますよー」
アリアに冷たい目で睨まれ、ユズはビクッと身体を震わせる。
「わ、分かってるっスけど、キツいんスよ。あたし、自分を透明にするのは得意なんスけど、周りの人まで透明にしたことなんて、ほとんどないんスよ?」
グレイたちはユズの透明化の能力を使い、王城に忍び込んだ。潜入という点で見れば、ユズの能力ほど使い勝手のいい力もない。
「アリアさん、ユズさんを責めないであげてください。本来、魔剣というのは自己を書き換える力。こうして他人にまで能力を付与できるのは、かなりの才能なのですよ?」
「そうなんですかー。ザリさんは当たり前のようにやってたんでー、もっと簡単なんだと思ってましたー」
「聖天戒の人と、あたしを一緒にしないで欲しいっス。あたしは可愛いだけが取り柄の、普通の女の子なんスから」
どこか、緊張感のないやり取り。しかしグレイとアリアは常に辺りを警戒し続け、虫の羽音すら聴き逃していない。先程からずっと、辺りに人の気配が全くないことに2人は当然のように気がついている。
「…………」
グレイはそれに、不信感を覚えた。いくら明日に決戦を備えているからといって、王城の警備がここまで手薄になることがあるのだろうか?
「……あるいは、誘い込まれたか。どちらにしろ、同じことだ」
ここまで来たら、もう引き返すことはできない。そもそも、罠であることも考慮にいれた上での作戦だ。この状況までもが女王の手のひらの上なのだとしても、その手を斬り飛ばす以外に状況を打破する手段はない。
「……やはり出てきたか」
姿を現したのは、ナインガードの1人であるアッシュ。騎士団の人間全員を洗脳した彼は、優雅な仕草で長い髪をなびかせ、見えない筈のグレイたちを見つめる。
「我が祈りを
その瞬間、まるで風船が弾けたようなパンっとした音が辺りに響く。
「……っ! なんスか、この感じ」
ユズがその場に膝をつく。ユズの能力が解け、皆の姿が晒される。
「響いたのは1人だけですか。どうやら余程の精鋭のようですね」
針のように細長い剣を構えるアッシュ。4対1であり、更に相手にはあの英雄のグレイがいるというのに、彼は少しの動揺も見せない。
「どうやら、わたくしの出番のようですわね」
そんなナインガードの人間を見て、示し合わせた通りリーシィが前に出る。いくつか考えた組み合わせの中で、最良のパターン。リーシィが持っている強運が、こんなところで役に立つ。
「分かっていると思うが、無理はするな。危険だと思ったら、ユズを連れてすぐに逃げろ」
「ふふっ。わたくしを、心配してくださるのですか? 大丈夫です。分かっておりますわ。こう見えてわたくしは、賢い女ですから」
リーシィが天に手を伸ばし、囁くように告げる。
「我が祈りを
リーシィの手に現れた小さなな短剣から、キラキラと輝く何かが辺りに舞う。
「……やれやれ。いくら女王陛下の命令といっても、女性を斬るのは美しくないんですけどね」
自身の洗脳の能力が無力化されてるのを感じ、地面を蹴るアッシュ。その速度は並の天使とは比べるべくもなく、アニスやティアに匹敵する程の速さだ。
「あはははっ。網にかかっちゃいましたねー。いくら自分に自信があるからって、1人で出てきたのは考えなしが過ぎますよー」
「……っ!」
アリアが魔剣を発動する。その瞬間、アッシュの動きが止まる。
「終わりだ」
そしてグレイが地面を蹴る。即席とは思えないほど完璧な連動。一分の無駄もなく、女王の手札が1枚減る。そんな状況に……けれどアッシュは、全てを見透かしたような顔で笑った。
「囮というのも、あまり美しくはないですね」
「……何者だ?」
グレイの大剣を、気配もなく現れた人物が受け止める。既に色持ちの天使を相手にしていた時と変わらない速度のその剣を、乱入者はいとも簡単に受け止めた。
「ああ! どうして、どうして、どうしてだ! どうして、俺だけこうなんだ! なんで何もかも、上手くいかねーんだよ! 全部、お前のせいだ! 英雄……!」
「貴様は……」
現れたのは、行方不明になっていた死んだ筈の男、ハルト。ティアに斬られ全てを諦めた筈の男が、グレイの剣を受け止めた。
「殺してやるっ! 英雄!」
その顔と声に以前の面影はなく、纏う魔力も以前とは比較にならない。
「あの女は、本当につまらない真似ばかりする」
そんなハルトを見て、グレイは静かに剣を構えた。
◇
「まさかこんなに早く、分断されるとはね……」
ヴィヴィアはいつもと変わらない楽しげな表情で、ただ笑う。
グレイたちとは別経路で潜入した、ヴィヴィアたち。彼女たちは聖天戒の人間であるザリの能力で、他人の認識から外れて行動していた。……その筈なのに、王城内に霧が立ち込めるというあり得ない状況に巻き込まれ、あっさりと分断されてしまった。
「ま、全てが上手くいく方が気持ち悪い。ボクらの考えが読まれていたと考える方が自然だ」
ヴィヴィアは魔剣を発動し、辺りを警戒しながらゆっくりと歩き出す。ノアとザリはナインガードと鉢合わせても、やり合えるだけの力はある。最低でも、逃げることはできるだろう。しかしロウは、出会った瞬間に殺されてもおかしくない。
ある一定の条件でしか、真価を発揮しないロウの魔剣。その瞬間の為だけに連れてきたロウは、単独では何の役にも立たない。
「ま、別にいいけどね、あいつが死んでも。……いやでも、お兄さんが悲しむ姿は見たくないか」
ヴィヴィアには、1つの目的があった。彼女はその為に英雄を処刑し、グレイに力を貸し続けている。女王に敵対しているこの状況も、彼女にとっては目的の為の足掛かりでしかない。
「好きなゲームの世界に転生したなら、やることは1つだよねー」
ハルトとはまた違う意味で、状況を楽しんでいるヴィヴィア。そんな彼女の背後から、聴こえる筈のない声が響く。
「随分と楽しそうだね? 聖女さん。私も混ぜてくれないかな?」
「────。このタイミングで出てきたか。相変わらず、考えの読めない女だな」
気配なく現れたのは、今この場にいる筈のない女。女王マリア フリージア。王座で待ち構える訳でもなく、グレイに会いに行く訳でもなく、どうしてかヴィヴィアの前に姿を現した女王は、壊れたような笑みを浮かべた。
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