第35話 提案
「お久しぶりですね、グレイさん、ノア。……それに、聖女さん。わたくしは、リーシィ。リーシィ グロキシニアです。皆さんに1つ、提案を持って参りました。……女王を蹴落とす提案を」
そんな言葉と共に現れた少女、リーシィ グロキシニア。四大貴族の長女であり、今この場にいる筈のない少女。そんな少女の登場に、この場の全員の視線が集まる。
「グロキシニアのお嬢さんか。誰の許可を得て、ここに来たのかな? というかどうして、ボクらがここにいると分かった?」
唐突にやって来たリーシィを、ヴィヴィアが睨む。
「これは、聖女様。ご挨拶が遅れてすみません」
「挨拶がどうとか、そんなの別にどうでもいいよ。聖女なんて所詮、名誉職だしね。貴族さんに頭を下げられても嬉しくない。そうじゃなくて、ボクは外の連中にここには誰も入れるなって、そう言っておいたんだけどね」
「そうですね。外の方々は話をしても通じそうになかったので、少し無理をしてしまいました。怪我は負わせていませんので、どうかご容赦を」
「ボクらが、この場所にいると分かった理由は?」
「わたくしが、グレイさんとノアさんの保護を教会に依頼しまた。後は、想像にお任せします」
「……まあいいけど。君みたいな女の子が無理をするってことは、よっぽどの情報があるみたいだね。或いは、余程の事態になっているのか」
ヴィヴィアは笑う。こちらの内面、全てを見透かしたような笑み。けれどリーシィは少しも怯むことなく、軽やかに言葉を続ける。
「女王陛下は、グレイさんを恐れているんです。アリカ ブルーベルを恐れていたのと、同じように」
「どういう意味よ? それ」
ノアの問いにリーシィは頷く。
「これは四大貴族でも一部の人間しか知らないことなのですが、アリカさんには……王族の血が流れていたんです」
「ちょっ、それ本当なの?」
「事実です、彼女は……怖かったんです。自分よりずっと優れたアリカさんに、自分の立場を奪われるのが。だから彼女は無理やり、彼の魔剣の力を奪った。魔剣の力を失った彼を、孤立するように誘導した。ハルトさんに力を与えたのも、或いは彼女の計画の一部だったのかもしれない」
「……あの女が私を恐れる、か。そんな風には見えなかったがな」
グレイの言葉に、リーシィは小さな微笑みを返す。
「女王陛下は執拗に力を集めています。強い魔剣使い。天翼を使った人体実験。他にもいろいろ。彼女は800年もの間、力を集め続けている」
「それはボクも知ってるよ。あの女はそれこそ異常だと思えるほど、力に執着している」
「そうです。なのに彼女はそこまでして集めた力を、この前の色持ちの天使の襲撃の時に、一度も使用しなかった。その前の天使の大襲撃の時も、隣国との戦争の時でさえ、彼女は力を隠し続けてきた。それは何故か。彼女にとっての本当の脅威は、内側にあったから」
「……確かに、この前の色持ちの天使の襲撃の時は、ナインガードすら1人も出てこなかったわね。不死身である筈の女王の護衛に、そこまでの人員を割く必要はないのに」
「そうです、ノア。あの人はアリカさんが怖かった。同時に、新たな英雄となったグレイさんが怖かった。だから、ありもしない噂を流して、グレイさんを追いやった。グレイさんと直接、剣を交えなくて済むように」
「貴族ですらない私が、女王の立場を奪うとでも?」
「大きな貴族が後ろにつけば、不可能はことではありません」
リーシィの話は筋は通っている。或いは、ああして直接女王の異常性を目撃していなければ、疑問を覚えなかったかもしれない。しかし、グレイとノアは見た。狂ったように笑う女王の姿を。
「…………」
それにグレイは知っている。彼がアリカ ブルーベルであった時。魔剣の力を奪われた時。女王が自分に向けた感情は悪意でも好意でもなく、もっと悍ましい感情だったと。
「ですからわたくしは、思うのです。グレイさんを先頭に、女王に対して革命を起こすべきだと。彼女が1番恐れていたことを、わたくしたちで行うのです。武力での正面衝突。それが1番、彼女が恐れることなのですから」
「……なるほど。そういうことか、リーシィ グロキシニア」
どこまでいっても晴れやかな声のリーシィに、グレイは冷たい淡々とした声で告げる。
「分かって頂けたのですか? グレイさん」
「ああ、ようやく合点がいった。当主……いや、違うな。母親からそう言うよう頼まれ、ここに来たな。リーシィ グロキシニア」
「……っ」
そこで初めて、リーシィに動揺が走る。
「この前、お前は言っていたな。母親が呪われていると。大方その辺りのことで、母親が女王に取り込まれたか。女王の奇跡の力で、呪いを治してやるとでも言われたのだろう」
「……やはり、敵いませんね」
リーシィが両手を上げる。グレイはそんなリーシィを静かに眺め、ノアは動揺を飲み込むように立ち上がる。そしてヴィヴィアは静かに、魔剣を──。
「よせ、ヴィヴィア。お前、分かっていて泳がせたな?」
「さて、どうかな。……ただ、ちょっと小耳に挟んでいたんだよね。グロキシニアが内部で揉めてるって。でも実際、あそこの母親に大した力はないから、放置してたんだよ。実権はほぼ全て、当主であるカイム グロキシニアが握っている。母親はそれこそ単なるお飾りだ」
「……そうです。母様に力はありません。ですからわたくしが、こうしてここに来たのです。お願いします、グレイさん。母様の為に、わたくしの嘘に騙されて頂けませんか?」
「断る」
端的にグレイはリーシィの言葉を否定する。
「そうですか、なら──」
「もったいぶらずに話せ。お前の考えは、その先にあるのだろう?」
「……敵いませんね。本当に、何もかもお見通しなのですね」
リーシィは笑う。先程まで見せていた動揺なんて全て嘘であるかのように、彼女は軽やかな笑みを浮かべる。
「わたくしの策に、乗った振りをしませんか? 女王はグレイさんを、悪役に追い込もうと考えています。女王は徹底して、グレイさんから英雄という立場を奪おうとしている。だからこそ、それを逆手にとる。逆に女王を悪役に仕立てあげる」
「……そんなことをすれば、お前の母親が無事で済む保証はないぞ?」
「構いません。あの人はもう……死んでいるのと同じですから」
リーシィの淡々とした冷徹な言葉。彼女の本性を知っているノアは、少しだけ目を伏せる。一瞬だけ広がる、重い沈黙。そんな沈黙を破るように、外から大きな声が響いた。
「た、大変っス! 一大事っス! このままだと、ロウさんが殺されるっス!」
部屋中に響くユズの声。事態は更に、混乱を極めていく。
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