第34話 白の英雄
「あーもう、どうなってるんスかー!」
人気のない騎士団の倉庫。そんな場所から、ユズの声がただ響く。
「バカっ、お前。大きな声を出すんじゃねぇよ。抜け出てきたのが、バレちまうだろ?」
そんなユズに、ロウは非難するような視線を向ける。
「あ、ロウさん。いたんスか」
「いるよ。つーか俺が、お前をここに呼んだんだろうが」
「……そうだったっスね。でも、どうなってるんスか? グレイさんとノアさんが天使に内通してたなんて、そんなのある訳ないっス。あの怪物みたいな色持ちの天使を倒したのは、他でもないグレイさんなんスよ? そんな強いグレイさんが、天使と内通なんてする理由がないっス!」
「うるせーな、そんな大声ださなくても分かってるよ。……ただグレイが、その常識離れした強さを天使からもらったって話なんだろ?」
「何の為に、天使がそんなことするんスか。そこまで強い力があるなら、その天使がこの国を征服すればいいんス。理に適ってないっス!」
「天使の考えは読めないからな。……そもそも、色持ちの天使や他の天使が本気になれば、人間なんていつ滅ぼされてもおかしくない。色持ちの天使も観測されてるだけで、6体もいるんだぜ? そんな奴らが徒党を組んで襲ってきたら、簡単にこの国は滅びる」
「……なんスか。ロウさんは、グレイさんとノアさんの味方をしないって言うんスか?」
ユズがジト目でロウを睨む。
「いやいや、ちげーよ。俺はあの2人を信じてるよ。信じてるからこそ、どうすりゃいいか考えてんだよ。考える為に、こうしてお前を呼び出したんだ」
「そう言われても、女王陛下と貴族様がそうだって言ったら、あたしたちじゃどうすることもできないっス」
「だよなー。そもそも騎士団がこんな状態なのに、あの2人はどこで何やってんだよ」
グレイとノアが天使に内通しているという噂が流れてから、騎士団内では2人を擁護する人間と2人を非難する人間に別れ、揉めていた。まだ公式な手段での発表はないが、確かな立場のある貴族の人間からもたらされた噂。簡単に否定することも、肯定することもできず、憶測だけが飛び交う。
そんな状況なら尚更、グレイとノアの2人が自分の口から身の潔白を証明するべきだ。そう思うのに、2人は一向に姿を現さない。それがロウを苛立たせる。
「残念ながらー、状況はそんなに単純でもないんですよねー」
ふと響いた子供の声に、ロウとユズは同時に背後を見る。
「ちょっ、ダメっスよ、君。ここは関係者以外、立ち入り禁止っス。ほら、出口はあっちっスから、お姉さんについてくるっスよ」
「優しいんですねー。でも残念ながら、ついて来るのはお2人の方なんですよねー」
「どういう意味だ? それは」
「ちょっ、ロウさん。子供相手に、なに本気になってるんスか」
「……ロウ? ああ、そういえばいましたねー。そんな人間も。問題を起こして教会から追放された、落伍者。教会きっての落ちこぼれー」
「……! どうして、それを知っている!」
「あたしは教会の執行機関、聖天戒の人間なのです。アリアと言えば、聞き覚えがあるんしゃないですかねー」
聖天戒。その言葉に2人の目の色が変わる。教会最強の戦闘部隊。今のユズとロウでは逆立ちしても勝てない人間。その中でもアリアと言えば、教会に害する思想を持った魔剣使い数十人をたった1人で殺し尽くした鬼人。
無意識に、ロウの手が震える。
「私は優しいのでー、力づくで連れて行くなんて真似はしません。でもー、あんまりごちゃごちゃ言うようだとー、ちょっとだけ怒っちゃうかもしれませんよー」
どう見ても歳下にしか見えない少女。そんな少女に凄まれ、曲がりなりにも国を守護する騎士団の2人が、動けなくなってしまう。
「では、行きましょうかー。ナインガードの連中は、強さだけではなく魔剣の能力が厄介なのが嫌なんですよねー。ティアちゃんやアニスちゃんみたいに、真正面から強いならやりようはあるんですけどー。洗脳、扇動、誘導。そういうのは、相手にするだけ損ですからねー」
少女はそれだけ言って、2人に背を向けて歩き出す。
「これ、ついてかないと不味いっスよね?」
「当たり前だろ。……くそっ」
ロウは憎しみのこもった目で、去っていく少女を睨む。
「なんか前にも、こんなことがあった気がするっス」
「ティアさんに呼び出された時のことだろ? ……くそっ。どうしてこう、どいつもこいつも自分勝手なんだよ!」
「ロウさん、イラついてるっスね。そんなロウさんに、1個だけ訊いてもいいっスか?」
「んだよ」
「落伍者って、どういう意味っスか?」
「……お前がバカで助かるよ」
ロウは大きなため息を吐いて、早足で歩き出す。
「ちょっ、あたしはバカじゃないっス! ただちょっと、人よりものを知らないだけなんス!」
そんなロウの背中を、ユズが追う。そして、それからしばらくした後。騎士団にやって来た1人の人間の力により、騎士団内でグレイとノアを庇う人間は誰1人としていなくなった。
◇
「お戻りになられましたか、女王陛下」
グレイとノアと会話してから、数時間後。当たり前のように王座に座る女王マリア フリージアに、1人の男が声をかける。
「……ああ、ライか。戻ったよ、ただいま」
「どうでしたか? 彼の様子は……」
「凄かったよ、やっぱり。存在感が違う。軽く触れてみたけど、奥が全く見通せない。まるで奈落の底だ。天使と比べても、生物としてのスケールが違う」
「ではやはり彼が、グレイというあの男が……アリカ ブルーベルなのですね」
「そうでないと説明がつかないね。彼があのまま死ぬとは思ってなかったけど、想定と少し違っていたから驚いた。……まあでも、あんな男が何人もいたら、それこそ世界が保たないよ」
マリアは足を組んで肘をつき、楽しげに頬を歪ませる。
「そういえば、騎士団の方へは誰が行ったんだったっけ?」
「確か、アッシュの奴が向かったと聞きました。あいつの魔剣なら、ある程度の思考の誘導は簡単にできるでしょうから」
「なるほど。これで騎士団も落ちたも同然。優秀な部下が多くて助かるよ」
「お褒めに預かり、光栄です」
ライは軽く頭を下げる。女王は自身の赤い髪を指で梳かしながら、言葉を続ける。
「ライくんさ、物語の主人公に勝つ為には何が必要か分かる? 力か計略か、それとも運か」
「……分かりかねますね。僕は物語とか、そういうものはあまり読みませんので」
緑の短髪を揺らし、少し親しみを感じるような声で、ライは答える。
「つまらないな。……まあいいけど。正解はどれでもない。私は徹底してこの世界の力を収集してきた。強い魔剣使い。強い天使。魔剣の結晶。色持ちの天使の心臓。そして君たちナインガードを使った、人体実験。その力を総動員すれば、あの色持ちの天使の撃退も可能だった。でも、英雄にそんなものは通じない。彼の剣は敵の強さに関係なく、ただ勝利が約束されている」
女王の声が弾む。ライはただ黙って、そんな女王を見つめる。
「なら、策略か。いや違う。策略も緻密に進めてはいる。彼らの行動はほぼ全て予想してある。聖女さんの考えは読みにくいけど、それでも私の想像の域は出ないだろう。今、問題に気がついた彼らが、ずっとそれだけを考えてきた私に追いつける道理などない。けれど英雄は、道理なんてものを簡単に無視する」
女王は立ち上がり、ゆっくりと階段を降りる。
「最後の運。これは言うまでもなく、主人公の味方だ。物語は主人公の為にあるものなのだから、それは当然。こちらに運は味方しない。……なら、どうすればいいのか。答えは2つ」
マリアは足を止め、そこにあるものに優しく触れる。
「自分が主人公になるのか、或いは彼とは別の主人公を作るか。でも生憎、私は主人公なんて柄じゃない。そもそも、誰でもなれるって訳じゃない。あの彼……ハルトくんは、能力と知識と立場だけみれば、主人公になれる素養はあった。英雄に拮抗できる、新たな英雄になれた」
「彼では無理でしょう。彼はなんていうか……つまらない」
「そう、ハルトくんはつまらなかった。彼では、本物と食い合うにはスケールが足りない。1つ目の世界で何も成せなかった人間が、2つ目の世界で上手くいくなんて道理はない。本物は世界なんて選ばない。どの世界でも輝くから、英雄は英雄なんだ」
女王は笑う。笑いながら、ただ目の前のそれを愛撫し続ける。
「でも、君は違う。君は本物すら喰らう紛い物だ。そうだろ? ……
女王のその問いに、白い甲冑の男は静かに頷きを返した。
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