第33話 革命



「さて、さっさと逃げようか、そこのお二人さん。国は今、大変なことになってる」


 気配なく現れた聖女、ヴィヴィア フォゲットミーノット。彼女は一国の女王を串刺しにしたとは思えないほど楽しげな笑みで、2人を誘う。


「ちょっ、え……? 貴女、何をしてるのよ! こんな……こんなことをして! どうなるか考えてないの……!」


「あー、うるさいうるさい。この女はこの程度じゃ死なないよ。今ここで細切れにして豚の餌にしたとしても、明日には元気に王座に座ってる。不老不死……というよりは、ゲームのセーブとロードに近いかな。いくら死んでも、やり直せる。歳すら取らない怪物。……嫌になるな」


「貴女、何を言ってるのよ……。そもそも逃げるって、どこによ」


「とりあえず、ボクの教会かな。あそこには王国の権力は及ばないし、奥まで入れば一般人は立ち入れない。……そもそもお兄さんは、ボクが気配を消して近づいてたのに気づいてたでしょ? 今、この王国で何が起こっているのか。お兄さんならある程度、想像がついてるんじゃないの?」


「確証のない想像に意味はない。……ノア、とりあえず今はこの女について行くぞ。女王がこうも無防備に私の前に現れたということは、既に騎士団は私たちの帰る場所ではなくなっているかもしれない」


「グレイが、そう言うなら……」


「飲み込みが早くて助かるよ。じゃ、行こうか」


 ヴィヴィアが走り出す。グレイもその背に続く。


「…………」


 ノアは最後に一瞬だけ、血まみれで倒れる女王を見る。どう見ても、死んでいるようにしか見えない。……いや、その顔は死人とは思えないくらい、楽しげに歪んでいる。……見ているだけで、恐怖を感じる。


「何をしている、ノア」


「……ごめん、すぐに行く」


 3人は人目を避けるように移動し、この国で1番大きな教会の一室に入る。その部屋は外の音が全く届かず、冷たい沈黙が漂っている。


「単刀直入に言うけどさ、君たち2人には天使に内通していたという容疑がかけられている」


 ソファに腰掛け、近くにあったリンゴを食べながら、ヴィヴィアが言う。


「わ、私たちが天使に内通⁈ どういう意味よ、それ!」


「言葉通りの意味だよ。天使の中にも小狡い奴はいる。……特に力が弱く、他の天使に食い物にされてきたような奴は、人間と手を組んででも生き延びようって考える。そういう奴は、上手く人間に擬態して街に溶け込んでいたりするんだよ。……気持ち悪いよね」


「そういうことじゃない! どうして私とグレイが、天使に内通なんてことになってるのよ!」


「女王がそう言ったんだよ。証拠もあるとかなんとか言ってたけど、その程度でっちあげるのは簡単だ。なんせ相手は、君らの国の最高権力。……あの女は狡いよな、やっぱり。戦後の面倒な復興をお兄さんたちに押し付けて、それが済めば用済みとして捨てる。ムカついたから、つい刺しちゃったよ。あはっ」


 なんでもないことのように笑うヴィヴィア。そんなヴィヴィアに、グレイはいつも通り淡々と尋ねる。


「女王の目的はなんだ? 先程は神がどうとか戯言を言っていたが、あの女は何を考えている?」


「さぁ、分かんない。まぁ、想像がつかない訳じゃないけど、それこそただの想像だしね。意味はないよ」


「私とノアが天使に内通していたという話は、どの程度広がっている?」


「有力な貴族には、だいたい伝わってる。明日には酒場で噂になるくらいは、広がるだろうね」


「お前が私たちを匿う理由は?」


「ボクがお兄さんのこと好きだから」


「はぁ? 貴女、こんな時になに言ってるのよ!」


 顔を赤くして怒るノアを、ヴィヴィアは楽しげに見つめる。


「ま、本当のことを言うと、いろいろ揉めてるんだよね、今。君たちが天使に内通していたという話。誰もがそれを信じた訳じゃない。でも、四大貴族であるブルーベル家とルドベキア家は、女王の言葉に賛同してる。ま、その2つは貴族でもないお兄さんが団長を務めるのに最後まで反対してたし、両手をあげて喜んでるんじゃないの」


「グロキシニアとスターチスは?」


「グロキシニアは、否定してるね。いきなり過ぎる、認められないって。彼らがお兄さんを1番押してたんだし、そういう立場を取らざるを得ない。まあ、彼らは元から反女王派って側面もあるし、逆に好都合だと思ってるかもしれない。スターチス家は……静観してるね。あそこは基本、中立だから。今のとこ、目立った動きは何もない」


「……グロキシニアが単独で動くとも思えないな。グロキシニアを筆頭に、スノーホワイトやその他の有力な貴族を集め反女王派を結成している。そう見て、間違いないか?」


「うん、その通り。流石はお兄さん。……よかったね、ノアちゃん。君の家も家族も、今のところは無事だ。グロキシニアが後ろにいる以上、下手な真似はできない。……今はまだ、ね」


 その言葉に、ノアは小さく安堵の息を吐く。自分はグレイの為なら、地獄にだって落ちる覚悟はある。しかし家族までそれに巻き込んでしまうのは、流石のノアでも胸を痛める。


「それで、どうして教会が私たちを匿う?」


「それはさっきも言ったでしょ? ボクが、お兄さんのことが好きだからか」


「真面目に答えろ」


「真面目なんだけどなー。ま、そうだな。1番分かりやすい理由で言うと、教会としてもあんまり今の王国は好ましい状況じゃないんだよ。女王への忠誠が強すぎて、教会への信仰が薄れてる。この国の人間は、教会を怪我とか病気を治してくれる場所だとしか思ってない。教会の上の人間は、そういう状況が好ましくないみたい。ボクらはあくまで、神の使徒だから」


「お前は上の考えなど、気にはしないだろう」


「ま、だから趣味と実益を兼ねてるの。……それに、一応グロキシニアから2人を匿ってくれとも頼まれてるからね。ここなら、王国の権力は届かない」


「でも、いつまでもこんな所に閉じこもってる訳にもいかないでしょ?」


 ソファに座ったヴィヴィアの正面に立ち、ノアは真っ直ぐに彼女を見下ろす。


「確かにそうだね。騎士団内もグレイ派と女王派に別れて揉めてるみたいだし、時間が経てば経つほどお兄さんたちが不利になる」


「だったら──」


「私を反女王派の旗印にするつもりか?」


 ノアの言葉を遮って、グレイが言う。


「……やっぱり鋭いね。それも悪くないかなーとは思ってるんだよ。天使に内通していたと処刑された英雄。そんな英雄が実は生きていて、本当の悪は女王だった。今こそ皆んなで立ち上がり、悪の根源を倒すぞー……なんて、ドラマチックでいいと思わない?」


「ちょっ、貴女はグレイの正体を知ってるの?」


「そりゃね。なんせボクが、英雄を処刑したんだぜ? 知らない訳ないだろ?」


「…………」


 ヴィヴィアの言っていることは、理解できる。そもそもこの前の聖天戒の人間の言葉から、グレイと教会に繋がりがあるのは分かっていた。けど何となく、グレイの秘密を知っているのは自分だけの方がよかったな、とノアは思う。


「私が正体を明かせば、ブルーベル家はこちらにつくだろう。騎士団も大方、こちらに流れる。それに教会も味方してくれるというなら、戦力はこちらが上だ。上手く煽れば、民衆もこちらになびくだろう」


「そ。でも、それが分からないあの女じゃない。あの女にはきっと、切り札がある。それこそ一手で戦況を変えるような、そんな切り札が。じゃないと、このタイミングで仕掛ける意味がない」


「だが、このまま手をこまねいていても、状況は悪化するだけだ。あの女は殺しても死なない化け物。さっき見た限りでは、今の私では殺せそうもない。……そもそも私は、革命の旗印になどなるつもりはない」


「だよね。革命なんて真似をすれば、少なくない犠牲が出る。ただでさえ色持ちの天使の襲撃で疲弊してるんだ。これ以上の犠牲が出ると、この国は根底から揺らぎかねない」


「でもじゃあ、どうするのよ? このままここに居てもできることはない。下手に動けば、女王が待ち構えてるかもしれない。教会も、いつまでも私たちを匿ってくれる訳じゃないんでしょ?」


「別に、匿うくらいならいいんだけどね。今君らが下手に顔を出すと、それだけで騒ぎになる。騒ぎになれば、民衆が動く。そして、民衆の扇動は女王に一日の長がある。……君らも、守ってきた国民に石を投げられるのは嫌だろ? 逆にそいつらを斬り殺すのも」


「…………」


 ノアは何も言えなくなってしまう。状況がいきなり変わり過ぎた。グレイが団長になったのを喜んでいたのも束の間、すぐにその立場を追われてしまった。そして、神がどうとか、ふざけたことを言う女王。彼女は色持ちの天使を斬り殺したグレイでも殺せない不死身性を持ち、ヴィヴィアを持ってしても測れない計略を立てている。


「皆さん、集まっていますわね」


 そこでふとそんな声が響いて、カツカツとヒールの音を響かせながら、1人の少女が姿を現す。


「お久しぶりですね、グレイさん、ノア。……それに、聖女さん。わたくしは、リーシィ。リーシィ グロキシニアです。皆さんに1つ、提案を持って参りました。……女王を蹴落とす提案を」


 リーシィは昼下がりの紅茶を楽しむように、軽く笑みを浮かべた。


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