第31話 今後
色持ちの天使の襲撃から2ヶ月。騎士団もようやく落ち着きを取り戻し始めていた。
団長であるアニスの死。中心人物であったティアやミレイの死。多数の団員の死亡。そして、副団長であるハルトは行方不明。騎士団創設以来の大混乱。現場を指揮する者が居なくなり、騎士団員は皆、途方に暮れていた。
そんな中、現れたのは色持ちの天使を打倒した新たな英雄、グレイ。彼は途方に暮れる団員たちに即座に指示を下し、戦後の復興に努めた。それこそ何年もそうやって他人に指示を出していたかのように、彼の指示は的確だった。
そしてその後すぐ、新たな団長を選ぶ必要ができた。しかし有望な人材は皆、死亡してしまったため会議は荒れに荒れた。そんな中、四大貴族であるグロキシニアが、グレイを団長に指名した。まだ入団して1年にも満たない人間が、団長を務める。そんな前例は今まで一度もなく、長年、団長を務め続ける家系であるルドベキア家が強く反対した。
しかし、他に代わりとなる人間はおらず。またグレイの、世界規模の災害と言われた色持ちの天使の打倒という実績も、無視することはできない。
彼が持ち帰った色がついた天翼。色持ちの天使を打倒した確かな証拠。それは疑う余地もないことであり、誰もが彼の実力を認める他なかった。この国で最強の騎士が、騎士団の団長を務める。それが当然のことではないか、というグロキシニアの主張が通り、グレイは晴れて騎士団の団長に任命された。
そしてそのあと彼は、ノア スノーホワイトを副団長に指名した。彼女もまた新人ではあったが、スノーホワイト家はいくつもの貴族と繋がりがあり、特別大きな不満は出ることはなかった。
トップを全て入れ替えた新体制の騎士団。彼らの活躍と教会の協力。そして女王の持つ奇跡の力により、たった2ヶ月で国は以前の様を取り戻した。
そして、とある日の早朝。グレイは小さな山の麓に建てられた廃墟のような古い大きな建物で、いつもと同じように素振りをしていた。
「随分と早いのね、グレイ」
そこに現れたのは、ノア スノーホワイト。彼女は凛とした大きな瞳で、小さく笑う。
「何の用だ? ノア」
グレイは剣を止め、ノアを見る。
「貴方、変わったわね。少し前までは、こうやって話しかけても剣すら止めてくれなかったのに……。少しは私を、認めてくれたってことかしら?」
「認める認めないの話ではない。お前はある程度、信用に足る人間だと思っただけだ」
「それを、認めてるって言うと思うんだけどね」
「……それで、用件は? 騎士団内ではなく、わざわざここに顔を出したということは、誰かに聞かれたくない内容なのだろう?」
「流石に鋭いはね。……この前会った、女王陛下についてよ」
新しく騎士団の団長と副団長に任命された人間は、女王から直接、言葉を賜る。更に団長は月に一度、女王への面会が許される。逆にそれ以外では、女王と会うのは難しい。ティアやアニスのように幼い頃から彼女と面識がある人間以外、そう簡単に女王の顔を見ることはできない。
「貴方の……復讐の相手はあの人なんでしょ? だったらどうして、一息でやっちゃわないの? 今の貴方の力なら簡単でしょ?」
「一国の女王を殺そうというのだ。できるかどうかだけが、問題ではない」
「それは確かにそうだけど……」
「それに、お前は知っているか? あの女王が即位して、どれくらい経つのか」
ノアは少し考える。ノアが産まれた時から、今の女王が王座に座っている。だから少なく見積もっても、即位して19年は経っていることになる。……しかし、そう考えると疑問が浮かぶ。先日見た女王は、どう考えてもそこまで歳をとっているようには見えなかった。
「この国ができてから800年。あの女は800年もの間、ずっと女王であり続けている」
「……それって、単なる噂でしょ? 私も何度か聴いたことあるけど、そういうのは自分の権威を高める為に流した噂。古いやり方だけど、効果はある」
「いや、残念ながら事実だ。あの女の魔剣の能力は……『不老不死』。どんな人間でも……天使であったとしても、彼女を殺すことはできない」
800年もの間、国を治める女王。彼女はそれほど長い時間を、私利私欲に走らず国の為に尽くしてきた。そんな人間を殺すというなら、生半可な覚悟では務まらない。
「でも、貴方はやるんでしょ?」
「ああ。私の全てを奪った原因はあの女にある。報いは受けさせる」
「…………」
色持ちの天使すら斬り伏せた男、グレイ。そんな男がここまで言うのだから、その目的は確実に達成されるだろう。知らず、ノアの身体が震える。
「でも、まさか貴方の方が団長になるなんてね」
「それを後押ししたのはお前だろ?」
「そうだけどね。でも私の計画、あの天使のせいでほとんど無駄になっちゃったし。リーシィもちょっと怒ってたなー。せっかく、楽しくなりそうだったのにって」
「なら、私から団長の座を奪うか?」
「まさか。貴方以上にその席に相応しい人間はいないわ。私が半年と言ったことを、貴方はたった半月でやってみせた」
「偶然だ。あの天使が来なければ、ここまで上手く出世することもなかった」
グレイが空を見上げる。朝焼けの空に、小さな鳥が飛んでいる。
「でもまるで運命みたいに、天使はやって来た。貴方はやっぱり、普通の人とは違う。運命に愛されているのよ」
「……もし仮にそうなら、私はこんなところで剣など振っていないさ」
「どうかしらね……」
死んでしまったアニスとティア。騎士団内でも伏せられていることだが、彼女たち2人が殺し合っている姿を見たと言う人間が何人かいる。どうして彼女たちは、そんな真似をしたのか。彼女たちがアリカ ブルーベルを、どう思っていたのか。
今となっては、知る術はない。
けれど、そうやって邪魔な2人が死に、ハルトまで居なくなった。全てがグレイに都合よく、動いているように思える。これが運命に愛された英雄の力なのか。それとも──。
「──こんにちは、随分と楽しそうな話をしているね。私も、混ぜて欲しいな」
グレイやノアですら気づかないほど気配なく、1人の少女が姿を現す。
腰まで伸びた燃えるような赤い髪。深い青空のような澄んだ青い瞳。まだ幼さの残った、あどけない表情。その少女はそんな見た目とは裏腹に、見る者全ての心臓を掴むような冷たい雰囲気を纏っている。
女王、マリア フリージア。
この場に決して現れる筈のない少女は、ただ静かに笑った。
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