第28話 結末
「死ねよ! ビビり!」
「死ぬのは貴様だ! 尻軽女!」
アニスとティアの剣が交わる。煮えたぎった狂気と狂気がぶつかり合い、熱い火花が辺りに広がる。
「ほらほら、アニスちゃん! 後ろに天使がいるよ? もっとビビった顔しろよ……!」
「くっ!」
アニスの背後に現れた天使。ティアはそれを囮にし、目にも止まらぬ速さでアニスに迫る。
「……馬鹿が。そんなものが、この私に通じるかっ!」
「……っ!」
天使の攻撃を無視し、そのままティアに斬りかかるアニス。鬼気迫まったその一撃に、ティアは慌てて距離を取る。
「こっわ。なにその顔。女の子がする表情じゃないよ。そんなだからアニスちゃんは、ずっとあいつに振り向いて貰えなかったんだよ」
「貴様の方こそ、男に媚びるのに必死で剣の腕が鈍ったんじゃないか?」
アニスはティアの方に視線を向けたまま、背後の天使を一刀両断する。
アニスの魔剣の能力は『強化』。通常の魔剣がもたらす身体能力の強化に、魔剣の能力である強化を掛け合わせる。魔剣使いは常人の数十倍の身体能力を持つが、アニスは更にその数十倍の身体能力を持つ。
生半可な天使の一撃では、彼女に傷1つ付けられない。
「でもやっぱり、アニスちゃんって馬鹿だよね? ビビリで才能ない癖に馬鹿って、もう救いようがないよ」
「それは、負け惜しみか?」
「いやいや、首……ちょっと切れちゃってるよ?」
「……!」
アニスは驚いたように、首筋に手を当てる。小さな傷ではあるが、確かにそこから赤い血が流れている。
「ほんとは目玉を抉ってやるつもりだったんだけど、まあいいや。無様に驚いた顔も見れたし」
「貴様っ……!」
「必死に訓練ばっかりしてた癖に、その程度なんだね、アニスちゃん。家柄だけで団長になった女は、やっぱり違うなー」
「黙れっ!」
アニスが地面を蹴る。その速度はティアとは比べるべくもなく、まともに剣を受けたらティアは魔剣ごとその身体を両断される。
「あーあ。そんな簡単に挑発に乗るなよ。だから低脳だって言うんだよ」
ティアはそんなアニスの刃を、自身の魔剣で器用に受け止める。力においてはアニスが上だが、単純な剣術の技量はティアが上。アリカ ブルーベルがいたからこそ霞んでいたが、彼女もまた天賦の才を持っていた。
「くっ……!」
アニスの頬から、また血が流れる。ティアの魔剣は1本ではない。『増殖』それがティアの能力。自身の魔剣の斬撃を自由自在に操り、一度、剣を振るうだけで数多の斬撃が降り注ぐ。
「死ねよ! 筋肉馬鹿がっ!」
アニスの魔剣を受け止めたまま、軽く振るった魔剣の斬撃。アニスの身体にすら傷をつけうる刃が、アニスの身体に牙を剥く。
「舐めるな!」
しかし、アニスはそんな斬撃なんてお構いなしに、強引にティアの身体を蹴り飛ばす。
「なっ……!」
ティアの身体が宙を舞う。地面を転がり、近くの家を突き破り、それでも衝撃は収まらない。一瞬、ティアの意識が飛ぶ。アニスの魔剣の能力があれば、単なる蹴りが必殺の一撃となる。
「貴様の曲芸が、この私に通じるものか」
アニスは身体中から流れる血なんて気にもせず、悠然と転がったティアの方に歩く。
「……くそっ。あの筋肉ブスが。そんなに戦うのが好きなんだったら、どうしてあの色持ちの天使から逃げてんだよ。弱いもの虐めしかできない、ビビリがよ……」
口の中に広がった血を吐き捨て、ティアはゆっくりと身体を起こす。所々痛むところはあるが、動きに支障はない。まだ問題なく戦える。
「…………」
そこでふと、近くに転がった鏡に映った自分自身と目が合う。痛んだ髪。痛んだ肌。血走った薄暗い瞳。これが、今の自分。いつから、こんな風になってしまったのか。どうしてこんなことに、なってしまったのか。何がダメだったのか。何が悪かったのか。
「くそっ」
後悔が胸の内に広がる。全てが輝いていたあの頃。胸に抱えた嫉妬は痛かったが、それでもあの頃は幸せだった。失くしてから初めて分かる価値。そんなチープな想いが、ティアの胸に広がる。
もう一度、アリカに会いたい。
「……あぁ、気持ち悪い!」
鏡を叩き割り、ティアもアニスの方へと駆ける。その目は既に正気ではなく、叫んだ声も今までとは別人のように低い。しかし、だからこそ、ティアの深度が更に深くなる。ティアの速度が上がる。
「邪魔なんだよ、お前は! お前が生きてたら、私はアリカには会えない! あいつを傷つけた奴は、全員殺さないとダメなんだ! 全員殺したら、あいつはあたしを赦してくれる! 殺せばまた、アリカに会える……!」
「黙れっ! 今さら赦されるものかっ! 貴様のせいで、あの男は死んだんだ! ハルトなどとくだらん男にうつつを抜かし、あいつを殺すことに拘ったのは、他でもない貴様だろうが!」
「うるさいうるさいうるさい! そんな奴は知らない! 私が好きなのは、ずっとずっとアリカだけだ!」
「ほざけよっ! ビッチが!」
剣の衝突は止まない。力ではアニスが上。技術ではティアが上。ティアは自身の魔剣の能力でアニスに傷をつけ続け、アニスはそんな傷を受けながら、重い一撃をティアに与える。
「いい加減しつこいんだよ! 筋肉ブスが! そんなに頑張るんだったら、あの化け物と戦ってこいよ! 昔っからビビって逃げてるだけの癖に、偉そうにしてんじゃねーよ!」
「貴様こそ、私を殺してどうなるというんだ! そんなことをして、本当にあの男が赦してくれるとでも思っているのか! 今さら何をしようが貴様は結局、振られたんだよ! みっともない真似はやめろ! ビッチが……!」
「……黙れ! アリカは私を赦してくれる! あいつの為に頑張ったら、あいつはまた絶対に私を……!」
「貴様のような女を、愛する男なんているものか! 馬鹿な男の上で腰を振るしか能のない貴様は、結局誰からも愛されてないんだよ……!」
「……っ! 剣を振るしか脳のないゴリラが、私のことを語るなっ!」
何も考えず2人を襲った周囲の天使。2人を止めようとした騎士団の人間。周囲の存在、全てを巻き込みながら2人の戦いは続く。既に2人とも満身創痍で、いつ倒れてもおかしくない。
それでも、2人の剣は止まらない。
今の2人を突き動かしているのは、同じく背負った後悔と狂気。嫉妬に狂って、現実を見失った少女。劣等感に押し潰され、正しさを見失った少女。共に道を踏み外した2人。もうとっくに、やり直せる地点は超えている。
どちらかが死ぬまで、この戦いは終わらない。
同じ男を想い。もういない男に焦がれ続ける2人。自分が今なにを想い、何の為に剣を振るっているのか。全てを忘れ、ただ剣を振り続ける。
そんな中、ふとそれを感じた。
「…………え?」
「あれは……」
同時に2人の剣が止まる。外壁から離れた山の奥。壊れた外壁の隙間から、眩い黄金が見えた。
「……アリカ。アリカだ……!」
思わず、駆け出すティア。その声はまるで子供のように無邪気で、ここが戦場であることを忘れさせる。……だからアニスは、言った。
「戦闘中に、敵に背中を見せるなよ」
アニスの剣がティアを斬る。
「……え?」
何が起こったのか分からず、ティアはそのまま地面に倒れる。赤い血が辺りに広がる。いくら魔剣使いであったとしても、立ち上がれない程の深手。
「男に狂った、貴様らしい最期だな」
アニスは憐れむように、倒れたティアを見下ろす。アリカ、アリカ、とうわごとのように呟くティア。そんなティアにとどめを刺そうと、アニスが剣を振り上げる。
……しかし、不意に現れた天使が、そんなアニスの背中を斬りつけた。
「くっ……!」
そのままアニスも地面に倒れる。常時なら、その程度で傷を受けるアニスではない。しかし、ティアとの死闘で疲弊した今の状態では、その程度の攻撃ですら致命傷になる。
赤い血が地面を染める。それは既に致死量であり、2人はもう起き上がることすらできない。
「……ごめん、ごめん。ごめんね、アリカ。あたし……あんたの為に、なんでも……するから。だから、あたしを…………ゆるして……」
「馬鹿が……赦されるわけ、ないだろ。……貴様も私も……地獄、いきだ……」
天使が街を破壊する。天使が人を殺す。どこからともなく聴こえる悲鳴と、広がる赤い血飛沫。そんな中、2人は同じように遠くを見つめる。
眩い黄金。完璧なる英雄。ずっと会いたかった、愛しい人。
彼は今、確かにそこにいる。走ればすぐに彼に会える。手を伸ばせば、きっと届く。……なのに、どれだけ願っても、もう身体が動かない。すぐ側にいるのに、永遠に手が届かない。
「ああ……死にたく、ない……会い、たいよ」
「……もう一度だけ、その……手で、私を……」
2人は同時に目を瞑る。得たものは何もなく、最期に見たのは華やかっだった過去。……ではなく、どうしようもない後悔だった。
──もしやり直せるのなら、次は絶対に間違えない。
それが2人の最期の想い。……けれど、その想いが報われることはない。ゲームのように都合よく、やり直しを選べる訳ではない。2人程度の深度では、その祈りは結晶にはならない。後悔を抱いて、無念のまま死ぬ。次なんて、ありはしない。
それが、2人の結末だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます