第20話 虚栄
アニスとの会話の翌日。ハルトはいくら探しても姿の見えないティアを諦め、後輩であるミレイ アイリスという女を連れ、狭間に向かった。
「ようやく狭間に着いたな。……やっぱり、普段と変わってるようには見えねーな」
「そうですね。やっぱハルトさんの言う通り、色持ちの天使とかいないんですよ。嘘なんですよ」
どこか不機嫌そうなハルトに、ミレイは作り物めいた笑顔で答える。
「ミレイ、お前は俺の言うことを信じるのか?」
「もちろんですよ。私、前の天使の大襲撃の時、ハルトさん居なかったら死んでましたもん。私ってばこう見えて、ハルトさんには感謝してるんです」
「……本当かよ」
適当な感じで笑う後輩を軽く睨んで、ハルトは黒い霧の中に足を踏み入れる。空気が重くなったように絡みつき、酸素が薄くなる。しかしやはり、それも普段の狭間と変わらないことだ。
「睨まないでくださいよー、怖いなー。私も、貴族さんや教会さんとの会議に飽き飽きしてたんで、ハルトさんと一緒に来れて嬉しいんですよ? あの人たちって、本当は自分たちのことしか考えてないのに、こっちには偉そうな注文つけてきてムカつくじゃないですか」
「だからってお前、貴族の人間を1人……殺しただろ?」
「あれは不幸な事故ですよ。夜で見通しの悪い時に、周りを見ずに歩いてたあいつが悪いんです。……それにあいつ、私のことエロい目で見てきたし。死んで当然」
「……別にいいけどな。その魔剣の能力は、あまり知られないようにしろよ?」
「分かってますって。……っと、やっぱりこの穴はいつ見ても不安になりますよねー」
黒い霧の発生源とされる巨大な穴、狭間。その穴の底は誰にも見通すことができず、小さな国を丸ごと1つ飲み込んでしまえるほどの大きさがある。そしてその奥から、人を殺す本能を持った天使が産まれる。……産まれると、されている。天使の詳しい生態は、未だに解明されていない。
「…………」
そしてそれは、ゲームの知識があるハルトも同じだった。『悠遠のブルーベル』というゲームでは、最後まで天使の生態が明かされることはなかった。狭間という場所が何であり、その奥に何があるのか。それは伏線として匂わされていたが、結局、その伏線が回収されることなかった。
ファンの間では、続編の為の布石だと言われていたが、少なくともハルトが生きている間に、続編が出ることはなかった。だから狭間の奥に何があるのか。それはハルトにも分からない。
「まあつっても、色持ちの天使はここにはいないんだけどな」
背後のミレイに聴こえないよう、ハルトは小さく呟く。ゲームの知識で色持ちの天使の生態を知っているハルトは、そう断言することができる。ここまで噂が広がったのも、あのお喋り好きのグロキシニアの少女が、かまってほしくて流したもの。ハルトはそう推測していた。
あの女はゲームでも、そういう余計なことばかりしていた。
「仮にもしなんかヤバい奴がいても、ハルトさんなら楽勝ですよねー。色持ちの天使がどんな奴かなんて知らないですけど、ハルトさんに勝てる奴はいないですよ」
「……分かってるじゃねーか。そうだ、俺は強い。剣術だって必死に訓練したし、この魔剣だって……特別だ。今の騎士団では……いや、歴代の誰と比べても最強の力だ」
ゲームの知識を使い、無理やり手に入れたハルトの魔剣。通常、自身の祈りを力に変えるとされる魔剣の能力は、進化することはあってもハルトのように変化することはない。
けれど無論、例外はある。死んだ人間の祈りが、死後も残り続け結晶化したもの。天使が死んだ時に現れる天翼と同じく、一定以上の深度に達した魔剣使いが死ねば、その祈りは剣になる。
ハルトはそれを使い、自身の魔剣を上書きした。
結晶はとても貴重なものだ。仮にもし団長であるアニスが死んだとしても、その魔剣は結晶化しない。魔剣を結晶化させるには、さらに深い深度が求められる。故に王国が保管している結晶は、2つだけ。
……いや、正確には3つ。ゲームの終盤でとある貴族が王国に叛逆する為、隠し持っていた1つの結晶。ハルトはその貴族の屋敷に侵入し、それを強引に奪い取った。
アリカ ブルーベルの魔剣と酷似した、最強の魔剣を。
「……俺、ちょっと下を見てくる」
「下って、穴の中に降りるつもりですか?」
「ああ。俺なら問題ない」
「……正気ですか? いくらハルトさんでも、無理ですよ。下まで降りるなんて、自殺志願者か馬鹿のすることですよ。この穴がどれくらい深いのか、まだ全く分かってないんですよ?」
「だが、穴の周辺を探るだけじゃ、他の連中と変わらない。それで何の異常もなかったと言っても、誰も俺の言葉を信じたりしない」
「いやでも……」
ミレイは派手な金髪を揺らして、心配そうにハルトを見つめる。そんなミレイに、ハルトは小さく息を吐いて言葉を返す。
「何も俺も、最奥まで行くつもりはない。ある程度の所で引き返し、すぐに戻ってくるつもりだ」
「でも最初に調査に来た人は、白い腕に飲み込まれたって話ですよ?」
「そんな凡人と俺を一緒にするな。俺なら何が攻めて来ようと、決して負けたりしない。俺は強いんだ。……そうだ、俺は強い。だから……そうだ! 俺が狭間の底を調査した、最初の人間になる。そうすれば、誰も俺を見下せなくなる。皆が、俺の言うことを信じてくれるようになる!」
まるで自分の言葉に酔っているような、ハルトの台詞。その顔は高揚感に歪み、胸は承認欲求と虚栄心に満ちている。
「……ま、ハルトさんがそう言うなら止めないですけどね。でも、私は付き合わないですよ?」
「俺の力が、信用できないのか?」
「信用とかじゃなくて、嫌なものは嫌なんですよ。知ってますよね? ハルトさんは。私がどういう奴なのか」
「ちっ、どいつもこいつも使えないな。ティアの奴はどっかでサボってやがるし、シンの野郎はあの甲冑男にご執心。どいつもこいつも、本当に人を見る目がない」
吐き捨てるように言って、ハルトはミレイに背を向ける。
「あんまり、奥まで行かない方がいいですよ」
「分かってる」
「分かってないですよ。……そうだ。ちょこっとその辺、探索してすぐに帰ればいいんです。そんでアニス団長に、奥まで探索して来たけど、何もありませんでしたーって報告すればいいんですよ。口裏は、ちゃんと合わせてあげますから」
「……ちっ。アニスに嘘が通じるかよ」
「通じないなら、通じさせる方法を考えたらいいんです。無謀をするのは、馬鹿のやることですよ?」
「……俺はお前みたいに、狡い生き方をしてないんだよ。……俺は騎士団の副団長、ハルト ライラックだ。英雄を超える男だ。こんなところでビビってるような、凡人のお前らとは違う」
そのままハルトは魔剣を発動し、穴の中へと飛び込む。無論、ミレイはその背に続いたりはしない。
「……あーあ。あの人も、もう終わりかなー。次の勝ち馬は誰になるのか、ちゃんと見極めとかないと」
無表情で、ミレイは静かに呟く。黒い霧が邪魔をして、もうハルトの背中は見えなかった。
「俺はこれで英雄になる。俺のことを見下してきたやつ全員に、俺の価値を思い出させてやる……!」
ハルトが穴の底に向かって落ちていく。奇しくも今日は、ヴィヴィアがグレイに色持ちの天使の噂を伝えてから、7日目。
つまり、色持ちの天使が現れるその日であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます