第15話 四大貴族
騎士団の人間、それも副団長ともなれば女王への謁見も許され、並の貴族よりずっと強い権力を持つ。それに貴族が抱える私兵とは違い王国直属の騎士団は、必要とあれば貴族に命令を下し、その私兵を借り受けることもできる。
だから通常、騎士団の副団長が、貴族の人間に頭を下げる必要はない。
「はじめまして、皆様。わたくしは、リーシィ 。リーシィ グロキシニアと申します」
しかし、相手が四大貴族ともなれば話は変わってくる。この国ができた当初より女王に仕え、国の為に尽力してきたとされる彼らの立場は、女王に次ぐものである。
リーシィ グロキシニア。四大貴族であるグロキシニア家の長女。何の連絡もなく現れたその少女を、ハルトは無下に扱うことができない。
「……これはこれは、リーシィ様。連絡して頂ければ、迎えの者を遣わせましたのに」
「ふふっ、わたくしの為に、そこまでして頂く必要はありませんわ。騎士団の皆様もご多忙でしょうし。……それと、ハルトさん。わたくしに『様』を付ける必要はありません。わたくしのことは、リーシィとお呼びください」
「承知いたしました……リーシィ」
ハルトは作り笑いをしながら、心の中で息を吐く。完全にタイミングを逃した。今このタイミングで……リーシィの前で、グレイに斬りかかることはできない。
「…………」
そもそもハルトは、リーシィという少女が苦手だった。男の自分より高い身長。綺麗で人当たりもいいのに、どこか人を寄せつけない雰囲気。そして、こちらの内面を見透かすような瞳。
ゲームではもっと可愛らしく見えた筈なのだが、それは主人公がアリカ ブルーベルであったからなのだろう。
心の中で舌打ちをして、ハルトは口を開く。
「それで……リーシィ。今日はどういったご用件で?」
「要件は2つ……いや、3つですね」
「というと?」
「わたくしの家が抱える行商人の馬車が、天使に襲われたという話はご存知ですか?」
「……いえ」
「そうですか」
責めるわけでも、怒るわけでもないリーシィの言葉。けれどそのよく通る声は、騎士団内に緊張を走らせる。
「その馬車には他国との交易の為、貴重な物がたくさん積んでありました。無論、うちの私兵も警備につかせておりましたが、それはあくまで人間に対する備え。天使への備えは、貴方たち騎士団がしっかりしてくれているものなのだと、そう信じておりました」
「……申し訳ありません」
「いえいえ、謝って頂く必要はありません。前の天使の大襲撃を退けて下さったことに比べれば、それくらい瑣末なことですから」
カツカツとヒールの音を響かせながら、リーシィが歩く。
「ですが、次になにかあった時、ちゃんと対処して頂けるのか。お父様はそれが大層、気掛かりのようでして。ですからお忙しいお父様に代わり、こうしてわたくしが抜き打ちの視察に参りました。それが1つ目の要件です」
視察。その言葉は辺りに動揺を与える。いくら四大貴族といえど、騎士団という組織は王国……女王陛下直属の組織だ。その組織に疑いの目を向けるということは、女王陛下を疑うのと同じ。
「失礼ですが、その件は女王陛下は……」
「内緒です」
「内緒って……」
ハルトは困惑する。こんなストーリーはゲームでは存在しなかった。そもそもグロキシニアの馬車が天使に襲われたなんて話、ハルトは知らない。そんなことがあれば報告書に……。
「あ」
そういえば最近、報告書に目を通していなかったなと、今更ながらにハルトは気がつく。
「まあ、視察といっても、そんな大袈裟なことをするつもりはありません。今のように皆さんの訓練を見学させて頂いたり、備品のチェックをするだけ。……そうですね。だから、ただの見学と捉えて頂いても、構いません」
「…………」
それでハルトは思い出す。先ほどの失態。あれを、この少女にも見られていたということを。
「ノアから話は聞いています。随分とお強いのですね、グレイさん」
リーシィがグレイを見る。
「いえ、私などまだまだ。先ほどの戦いも、運が味方をしてくれただけです」
「そんな風には見えなかったのですけど……。でも、貴方が言うならそうなのでしょう」
「…………」
グレイは言葉を返さず、静かにリーシィを見つめる。
「ふふっ、殿方にそんなに真っ直ぐに見つめられると、熱くなってしまいますわ」
「そんな風には見えませんが」
「……ノアが言っていた通りの方なのですね。貴方の目は、わたくしよりもずっと……深い」
リーシィは小さな笑みを浮かべ、また視線をハルトに戻す。
「それで2つ目の要件なのですけどね、ハルトさん。実は母様が目を悪くされてしまって、それの治療をお願いしたいんです」
「いや、申し訳ないですが、それは教会の領分ではないでしょうか? 治療、治癒の秘術は教会が独占しているので、私たちではどうにも……」
「教会にはもう伺いました。ですが、母様の目は病や怪我の類ではなく、呪いなのだと言われました」
「の、呪いですか?」
呪いというのは、この世界では眉唾の存在である。教会の能力では治療できない病を、彼らは呪いと言って誤魔化している。それが、大多数の人間の見解だ。
「…………」
しかし、ゲームの知識があるハルトは知っている。呪いというのが、確かにこの世界に実在しているということを。
「まさか、ハルトさん。貴方まで、わたくしの言うことを疑われるのですか?」
「いえ、とんでもない。……分かりました。では俺……いや、私が一度、グロキシニアの屋敷に伺いましょう。私の魔剣の力であれば、呪いを斬れるかもしれない」
今さっき晒してしまった恥を挽回するいい機会だ。そう思い、ハルトは上機嫌で言葉を返す。
「まぁ! それは頼もしいですね!」
リーシィはそんなハルトに華やかな笑みを返し、一瞬、遠目で様子を窺っているノアの方に視線を向ける。
「…………」
ノアは無言で、ただ小さくうなづく。
「安心しました。流石はハルトさん、頼りになりますね!」
「いやいや、それほどでも。……それで? 最後の要件は?」
そのハルトの問いを聞き、リーシィは少しだけ目を閉じる。数秒後、目を開けたリーシィは、先ほどまでとはどこか雰囲気が違う落ち着いた冷たいトーンで、話し出す。
「これはあくまで噂で聴いただけなので、あまり本気にしないで欲しいのですけど……。実は……見たという噂を耳にしたんです」
「見たというのは、何を?」
「翼に色がついた天使を」
「────」
その言葉に今までにないほどの動揺が、周囲に広がる。数十年に一度現れる、翼に色を持った天使。その力は強大で、数十年に前に現れた時は、たった一晩で隣国を滅ぼした。
「……それは何かの見間違いでしょう。白という色は、光の反射でいろんな色に見えるものです」
そう答えるが、ゲームの知識があるハルトは知っている。この国に、色持ちの天使が襲ってくるということを。
「…………」
でも、とハルトは思う。色持ちの天使の襲撃は、ゲームでは中盤の出来事。諸々のイベントから概算するに、それはまだ先のこと。少なくとも向こう1年は平和な筈だ。
いくらアリカ ブルーベルが死んで、ゲームと展開が変わり始めているといっても、天使の行動パターンまで変わる訳がない。
「確かにそうですね。それはただの噂で、見間違いなのかもしれません。けれど、わたくしは不安なのです」
「……分かりました。でしたら、しばらくは外壁周辺の警備を強化し、何人かの人間を狭間へ調査に向かわせます」
「……! ありがとうございます。やはりハルトさんはお優しくて優秀な方なのですね!」
リーシィは和かに笑う。そんな笑みに絆されるように、ハルトの頬も緩む。
「では、いつまでもこんな所にいるのもなんでしょう。視察というのであれば、とりあえず騎士団内をご案内させて頂きます」
ハルトが歩き出す。リーシィもその背に続く。
「……覚えてろよ、甲冑男」
と、去り際にハルトは小さく呟き、
「また会いましょうね? グレイさん」
リーシィは皆にも聴こえるような大きな声で、そう告げた。それで、2人が姿を消す。辺りに広がっていた緊張感が消える。
「いやー、なんかちょっと怖い人っスね、あの人。多分、あたしとそんなに歳も変わらないのに、四大貴族ともなればオーラが違うっス」
「そうね」
楽しそうに語るユズに、ノアは淡々と言葉を返す。
「……そういえば、ノアさんが居たっスね。ノアさんのオーラは、あの人よりも怖いっス……」
「…………」
「あ、いや、冗談スよ? 冗談! ノアさんは可愛い女の子っス! あはは……」
ユズは誤魔化すように笑う。静かな訓練所に、その笑い声はやけに響く。
グレイとハルトの模擬戦。副団長であるハルトの敗北。視察に来たという四大貴族。そして、色持ちの天使の話。その場にいた騎士団の人間は動くことすらできず、困惑と混乱に頭を悩ませる。
ユズのようにあっけらかんとしている人間は、誰1人としていない。
「少し話がある」
と、そこでいつの間にか2人の側まで近づいたグレイが、ノアにそう声をかける。
「……そうね。私もちょうど貴方と話しておきたいと思っていたの」
そんなグレイを前に、ノアは小さく、けれどとても楽しそうに笑った。
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