第16話 密会
「何を企んでいる?」
騎士団の敷地にある、もう使われていない古い倉庫。辺りに人気がないのを確認してから、グレイは端的にそう告げた。
「何をというのは、どういう意味かしら?」
ノアはそれに、試すような口調で言葉を返す。
「グロキシニアの長女、あれはお前の差し金か?」
「さて、どうかしらね。……それより私の方も聞きたいんだけど、貴方わざとあいつ……ハルト副団長を挑発するようなこと言ったでしょ?」
「答える義務はない」
「それなら私もそうね」
どう考えても平行線にしかならない会話。しかしどうしてか、ノアの声は弾んでいる。
「……グロキシニアの長女が言っていたな。翼に色がついた天使を見たと」
そんなノアの様子を見て、グレイは静かに口を開く。
「確かに聞いたけど、それは単なる噂でしょ? そっちは私の策略とは関係ないことよ」
「だろうな。その噂は私が流したものだ」
「────」
ノアが息を呑む。
「……どうして、そんな真似を?」
「それが事実だからだ。今日より6日後、色持ちの天使が現れる。現状の騎士団では対応が不可能だと考え、少しでも早く対処できるよう噂を流し警戒を促した。そして、副団長である彼を皆の前で倒すことにより、綱紀の粛清を図り──」
「ちょっ、ちょっと待ちなさい。……なに? ほんとなの? 色持ちの天使を見たって言うのは」
「その噂は私が流した嘘だ。しかし、色持ちの天使が現れるというのは、真実だ」
「……どうして貴方に、そんなことが分かるのよ?」
「とある女から教えられた情報だ。胡散臭い奴だが、情報だけは信用できる」
「…………女、ね。それは確かな情報なの?」
「嘘であったとしても、対処して損をするようなことでもない」
「…………」
少し不機嫌そうに腕を組んで、倉庫の壁にもたれかかるノア。
「その女って貴方の恋人?」
「……は? 何を言っているんだ、お前は」
「別に、ただちょっと気になっただけ。……で? どうなの」
「あれが私の恋人な訳がないだろう。あんな女と付き合えるような男は、多分どこの世界にも存在しない」
「……そ」
素気なくそう答えて、ノアは小さく頷く。
「それでグロキシニア……リーシィがどうしてここに来たのか、それが聞きたいのよね?」
「あれは少しタイミングが良すぎた。私が流した噂を、騎士団内に伝えたことも含めて」
「……あの子はそういう子なのよ、なんていうか、神に愛されてるみたいに、やることなすこと全て上手くいく。都合のいい結果になる。アリカさん程じゃないけど、あの子も持ってる側の人間なの。……まあだからって、あの子自身が幸せって訳じゃないんだけどね」
「それはアリカ ブルーベルも同じだろう」
「かもね」
ノアは思考を切り替えるように息を吐いて、言葉を続ける。
「私はまず、ハルト副団長を蹴落とすつもり。前に言ったでしょ? 半年で団長になるって。アニス団長の方は……あの人は短気だけど隙がないし、何よりルドベキア家は代々、騎士団の団長を務めている家系。立場を奪うのは簡単じゃない」
「それであの副団長殿から、というわけか」
「そ。あの人、時おり凄い判断を下したり、未来のことが見えているような発言をするらしいけど、基本的には大した人間じゃない。いくら光るところがあっても、凡人は凡人。……女にもだらしないらしいし、スキャンダルはいくらでも作れる」
「だが、腕は悪くない。少なくとも色持ちの天使を撃退するまでは、彼の力が必要だ」
「随分とかうのね。私は貴方が、あの人のこと嫌ってるんだと思ってた」
「好き嫌いではない。必要か、そうでないかだ」
淡々と、けれど確かなの強い意志を感じるグレイの言葉。彼がなんの目的で騎士団に入り、これから何をしようとしているのか。それはノアには想像もできないことだが、暗く重い何かをグレイの言葉に感じた。
「ま、心配しなくても大丈夫よ。今日明日でどうにか、なんてことにはならないから。策略っていうのは、どれだけ裏で張り巡らせるか。相手が気づいた時には、全ての逃げ道を断っておく。そういうのが、一流のやり方よ」
「ならいい」
グレイはそれでもう用は済んだとばかりに、その場から立ち去ろうとする。
「待って。まだ話は終わってない。……その、本当なの? 6日後、色持ちの天使が現れるって」
「私はそう思っている」
「貴方なら……勝てる? 色持ちの天使に」
色持ちの天使が隣国を滅ぼした時、ノアはまだ産まれていない。故に彼女は色持ちの天使を直接見たことがない。しかしそれでも、その力は嫌というほど聞かされている。
「…………」
ノアは、自分が周りに比べてずっと強いと自覚している。並の騎士団員はおろか、団長のアニスと比べても引けを取らない力が、彼女にはある。
けれど、色持ちの天使はそういう次元ではない。
「私、見たことがあるのよ。滅ぼされた隣国がどんな風になったのか」
瓦礫の山。人の生きた証をあれほどまで簡単に破壊できる生き物を、ノアは知らない。
「……現状、勝てる見込みはない」
長い沈黙の後、グレイはそう言い切る。
「……! やっぱり貴方でも勝てないの?」
「教会の
「違う。私は貴方が勝てるかどうかを訊いてるの」
「…………」
ノアの問いにグレイは何かを考えるように少しだけ黙り込み、いつもと同じ淡々とした声で答える。
「私は目的を果たすまで、誰にも負けない。例え相手が、色持ちの天使であったとしても」
「……そ。ならいいわ」
安心したようにノアは笑う。
「……入団試験の時、天使の急な襲撃にも全く動じなかったお前でも、不安になるものなのか?」
「不安になんかならないわ。……ただ、こんなところでこの国に滅びられたら困るのよ。私の復讐は、私の手でやり遂げないと意味がない」
「…………」
ノアの家、スノーホワイト家は名のある貴族だ。四大貴族ほどではないが、それでも並の貴族よりずっと強い力を持ち、当主であるジリア スノーホワイトも人格者として知られている。
その娘であるノアは、産まれながらにして完成していたと言われるほどの美貌を持ち、頭も良く魔剣の能力も強力だ。そんな彼女がどうしてそこまで、復讐に拘るのか。それは一体、何に対する復讐なのか。
グレイには分からない。
「アリカ ブルーベルに借りがあると言っていたな。お前は奴と面識があるのか」
「……まあね。でも多分、あの人は私のことなんて覚えてないわ。私はあの人に助けられた大多数の内の1人。英雄に憧れた、ただの1人の少女よ」
「そうか」
それだけ言って、グレイはノアに背を向ける。
「いつ何が起こってもいいよう、警戒だけはしておけ」
「言われるまでもないわ。貴方の方こそ、甲冑を着るのに手間取って、大事な場面に間に合わない。そんな馬鹿みたいなことは、ないようにね」
ノアの軽口を背中で聞いて、そのまま立ち去るグレイ。ノアはそんな背中を、優しい笑顔で見送る。
「……でも、色持ちの天使、か」
6日後に、色持ちの天使が襲撃してくるという話。それが本当なら国を揺るがす事態だ。今からでも女王陛下に謁見し、対策を講じなければならない。
「…………」
しかしそれは、グレイが誰かしらの女から聞いたというだけで、なんの確証もない話。グレイは騎士団に入団したばかりの新人でしかなく、名門の貴族であるノアの言葉でも、そう簡単に信じてもらえるような話じゃない。
それこそ一歩間違えれば、天使に内通していたと言われ処刑された、アリカ ブルーベルの二の舞になりかねない。
「だから噂を流して不安を煽り、副団長を倒して皆の気を引き締める。……やっぱり、只者じゃないわね」
ハルトにはない安心感が、グレイにはある。彼に任せておけばどうにかしてくれるという、強い安心感が。それ故に騎士団に入団してまだたった1週間程度のグレイを、気にかける人間は多い。
アリカ ブルーベルとはまた違うカリスマが、彼にはある。
「……なんてね。人を信じるなんて、私らしくないわ」
小さく溢れた苦笑は、どうしてかとても温かなものだった。
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