第13話 訓練
ハルト ライラックは、不可解だった。
前世の記憶を思い出してから、1年半と少し。想定外の出来事もいくつかあったが、それでも概ね順調に進んでいた。
英雄アリカ ブルーベルの失墜。彼に代わり可愛いヒロインたちに愛されるようになった状況。ゲームの知識を使い、天使の襲撃を退け、ヒロインたちが抱える問題を解決。ゲームでは後半でしか手に入らないアイテムを強引に手に入れ、モブである筈の自身の魔剣を強化。
初めはそんな気はなかったが、それでもこうして全てを手に入れた生活に、ハルトは満足していた。
……その、筈だった。
「ねぇ、よかったから力にならせてくれないか? ノアさん。君の家……スノーホワイト家は、大きな問題を抱えていると聴いたんだ」
ハルトはそんな風に、ノアに向かって声をかける。
「必要ありません。家の問題は全て私が自分で解決しました」
けれどノアは素気なくそう返すだけで、ハルトと目も合わせてくれない。
「上手くいかないな。……どうしてだ?」
この世界は、ハルトが生前にプレイした『悠遠のブルーベル』というゲームの世界に酷似している。けれど当然、全く同じというわけではない。ゲームでは描き切れなかった部分。どう考えても矛盾していた設定。ゲームでは存在しなかったキャラ。
この世界はゲームと似ているが、それでも明らかにゲームとは異なる。
特にアリカ ブルーベルが死んでからは、人も世界もゲームとは全く違う方向に進み始めた。つい先日の騎士団の入団試験。あの試験の内容も合格者も、ゲームとは違う。しかし、そんなことは些細なことだった。どうでもいい奴が何人死のうと関係ない。ゲームでは所詮、名前もなかったような奴らだ。
……だから、ハルトが気がかりなのは1つ。ゲームではハルトが1番好きだったヒロイン、ノア スノーホワイト。彼女の性格がゲームとは別物になっていた。
物静かで冷たく見えるけど、本当は優しくて気遣いのできる子。ノア スノーホワイトはそんな子だった筈なのに、今の彼女はまるで別人のようだ。
「それになんだよ、あの濃いキャラは。あんな奴、ゲームには存在しなかったぞ」
当たり前ではあるが、一国の全ての人間をゲームに登場させることはできない。しかしある程度、物語に深く絡んでくる……世界に大きな影響を与えるような人間は、必ずゲームにも登場していた。
騎士団のアニスやティア。四大貴族の当主や女王陛下。それに教会の聖女。他にも名のある人物は皆、ゲームでも登場していた。
でも、グレイという黒い甲冑を身に纏った大男。あんな目立つような存在がいたなら、必ずゲームにだって登場していた筈だ。なのにそんなキャラ、ゲームでは影も形もない。……それに噂では、入団試験における4体の天使の討伐もほとんど彼の手柄らしい。
「気になる……つーか、気に入らないな」
騎士団の過酷な訓練にも息一つ乱さない実力。更に団長であるアニスに目をつけられ、他の奴らの倍は
そんなグレイを、多くの人間が評価し始めている。自分と仲良くなる筈のノアも、どうしてかあいつに懐いている。
「ちょっと、遊んでやるか」
ハルトは今も騎士団内部の訓練所で大剣を振るっているグレイに、声をかける。
「おいお前、ちょっといいか?」
いきなり現れた副団長に、同じように訓練していた周囲の人間が騒つく。『滅多に訓練所に顔を出さない副団長が何しに来たんだ?』『ハルトさんもグレイに目をつけたのか?』『この隙に乗じて訓練をサボるっス!』
そんな状況にグレイは静かに剣を止め、ハルトの方に視線を向ける。
「何の用でしょうか、ハルト副団長殿」
「お前、1人で4体の天使を討伐したというのは、本当か?」
「それは単なる噂です。私たちは4人全員で力を合わせ、チームワークにより天使を打倒しました」
「…………」
ハルトは少し言葉に詰まる。グレイの感情の読めない声。威圧するような黒い甲冑。自分よりも遥かに高い身長。なんだかこいつと話していると、見下されているような気になる。
……少し、恥をかかせてやろうか、とハルトは思った。
「俺はこの騎士団の副団長。つまり、お前の上官にあたる」
「存じております」
「なら、その甲冑……少なくともその顔を覆うフルフェイスの兜は、外すべきではないか?」
「申し訳ないですが、これは事情により外すことができません」
「なんだよ、事情って。よくそんな横暴をアニスの奴が許しているな」
「…………」
グレイは言葉を返さない。ただ黙って、ハルトを見る。
「……っ。なんだよ、その目は。お前、俺のことをなめてるのか?」
「いえ」
「だったらその兜を外せ」
「それはできません」
「ちっ、言葉の通じない奴だな」
「それは貴方の方じゃない、ハルト副団長」
と、そこで近くで様子を見ていたノアが乱入してくる。
「は、はぁ? どうして俺が非難されなきゃならない? 俺はこいつに常識を説いているだけだ。騎士団に入団したのなら、いずれは王城の警備……ひいては女王陛下への御目通りを、しなければならないかもしれない。こいつはその時でも、その兜を被ったままかもしれないんだぞ?」
「女王陛下は、そんな小さなことは気にされません」
「気にする気にしないの問題じゃない。体面の話をしてるんだ」
「体面を気にするのでしたら、もう少し警備に力を入れてはどうですか? 最近の騎士団は、少し……たるんでいるように見えます」
そのノアの言葉に、辺りにいた人間に動揺が広がる。……その場の全員に心当たりがあった。アリカ ブルーベルがいた頃は、彼のカリスマと力に引っ張られるように全員が訓練や仕事に注力していた。誰よりも才能がある彼が誰よりも手を抜かないその姿に、皆、引っ張られていた。
しかし彼がいなくなってから、どこか気が抜けていた。それは代わりに頭角を表したハルトへの信頼でもあったが、騎士団という組織に緊張感がなくなったというのもまた事実だった。
「……生意気を言うなよ、新入りが。……いや、違う。分かった、そうまで言うなら俺が訓練に付き合おう。今から俺とお前たち2人で模擬戦をしよう。どちらがたるんでいるのか、教えてやる」
その言葉にまた周囲に動揺が広がる。ハルトの魔剣はアリカ ブルーベルの魔剣に酷似した、現騎士団最強といわれる魔剣。いくら入団試験で破格の成果を出した2人といえど、勝負になるとは思えない。
「2対1というのは卑怯だろう。私1人で構わない」
そんな状況でも全く揺るがず、逆に挑発するようなグレイの言葉に、ハルトは更に熱くなる。
「はっ、分かった、分かったよ。言ったな? だったら1対1だ。……言っとくが、俺はアニスのように甘くはないぞ? 試験前にアニスと少し斬り合えたからって、調子に乗るなよ。あいつはあの時、実力の100分の1も出していなかった」
「たった100倍で構わないのですか?」
「────」
その言葉でハルトは完全に冷静さを忘れる。……普段のハルトは、ここまで短気ではない。思慮深いとまではいかないが、それでも前世の経験からもう少し慎重にことを運ぶ性格だ。
なのにどうしてか、この男……グレイを前にしていると、感情を抑えられない。
「勝手ね……と言いたいとこだけど、まあいいわ。じゃあ私はそこで見学させてもらうから」
ノアは少し拗ねたような態度で、2人から距離を取る。周りの人間もこれから起こる事態を察知し、慌てて2人から遠ざかる。
「俺が勝ったらお前はその兜を外せ。……それとノアさんに、馴れ馴れしくするのを辞めろ」
「では、私が勝ったらこの兜の着用を認めて頂きたい」
「いいぜ。教えてやるよ、決して越えられない壁ってやつを!」
ハルトは天に手を伸ばし、本来は自分のものではない祈りの言葉を口にする。
「──我が祈りを
そうして、戦いが始まった。
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