第12話 その後
小さな山の麓に建てられた、廃墟のような古い大きな建物。その建物の影に隠れるように造られた小さな庭園から、ガチャンガチャンと甲冑が擦り合わさる音が響く。
「…………」
騎士団への入団試験から1週間。まだ日も登りきっていない早朝、グレイはいつものようにそこで素振りをしていた。
天使との戦いを終え、4枚もの天翼を持ち帰ったグレイたちを見て、団長であるアニスは驚きに目を見開いた。通常、あまり群れることを好まない天使。その習性ゆえ、騎士団は天使を複数人で囲い討伐することができる。
無論、アニスやハルト、ティアをはじめとした騎士団でも上位の騎士は、単独で天使を狩ることができる。しかし、まだひよっこにも満たない半人前の受験者が、たった4人で4体の天使を討伐した。
それは破格の成果であり、グレイ、ノア、ユズ、ロウの4人は全員、騎士団への入団を認められた。
『他の受験者たちはどうなりましたか?』
というノアの言葉に、アニスは淡々と『帰らないというのは、そういうことだ』と答えた。40人中上位の8人を合格させると、最終試験の初めにアニスは言った。けれど初めから、そんな気はなかったということなのだろう。
無茶な試験で生き残れる奴だけを使う。死人が出るのが前提の試験。そんな横暴が許される今の騎士団。そんな状況にノアは心の中で舌打ちをし、ユズとロウは騎士団に入団できたという現実に理解が追いつかず、ポカンと口を開けたまま放心していた。グレイはただ静かに何も言わず、その結果を受け入れた。
そしてそれから1週間。騎士団の仕事や訓練に追われる慌ただしい日々が続き、今日はようやくの休暇。グレイはそんな休暇でも休むことなく、淡々と素振りを続けていた。
「よ、おに〜いさん。調子はどうだい?」
と、そこでなんの気配もなく、1人の少女がやって来る。ヴィヴィア フォゲットミーノット。教会の聖女であり、あのアリカ ブルーベルを処刑したといわれる、英雄殺し。
「…………」
そんな英雄殺しを前にしても、グレイは構わず素振りを続ける。
「くふっ、やっぱ変わんないねー、お兄さんは」
ヴィヴィアは大剣を振るうグレイにゆっくりと近づく。大剣が自分の頭に振り下ろされてしまうような距離まで近づいても、彼女は足を止めない。
「……何の用だ? ヴィヴィア」
剣を止め、グレイがようやく口を開く。
「いやいや、大した用じゃないよ。ただ、聖女ってのも疲れるからね。ちょっとした息抜きに来たんだ」
「帰れ」
「あはっ、いいね。今のボクにそんなこと言えるのは、お兄さんだけだよ」
ヴィヴィアは透き通るような瞳を楽しげに歪め、グレイの顔を真っ直ぐに見つめる。
「かなり無理をしたみたいだね? お兄さん。たかだか入団試験で、そんなに頑張る必要あった? ただでさえいろいろ危ういのに、今からその調子だと目的を果たす前に死んじゃうよ?」
「お前には関係ない」
「あはは。それはそうだ。……でも、お兄さんはアリカ ブルーベルじゃないんだ。あまり無理をし過ぎない方がいい」
「……話は終わりか? お前の相手をしているほど、私は暇ではない」
「あはっ、つれないなー」
ヴィヴィアは子供のような顔で笑い、馴れ馴れしくグレイの甲冑に触れる。
「……まだ深度は0に近いな。これでどうやって動いてるんだ? ほんと、化け物だよね」
「私に触れるな」
「おっと、ごめんごめん。……そう睨むなよ、怖いな」
ヴィヴィアはグレイから距離をとり、少しだけ真面目な表情で小さく息を吐く。
「お兄さんさ、ノア スノーホワイトって知ってる? いや、知ってるよね? 何せお兄さんとチームを組んで、あの難関な入団試験に挑んだ仲間なんだから」
「…………」
グレイは言葉を返さない。ヴィヴィアは気にせず言葉を続ける。
「彼女さ、いろいろと悪巧みをしてるみたいなんだよね。スノーホワイトってのは結構、名門な貴族でさ、そのツテを使って四大貴族のグロキシニアに近づいて、何やら
「それがどうした。騎士団内部のことなぞ、お前には関係のないことだ」
「いやいや、それがそうも言ってられないんだよね。四大貴族……まあ実際、アリカ ブルーベルがいた頃は四大なんて名ばかりで、ブルーベル家がダントツで力を持ってたんだけど。……皮肉にも、英雄が死んで力のバランスが取れるようになった」
「それも所詮、王国の事情だ」
「まあね。王国に属さないボクら教会には、やっぱり関係のないことだ。でもあの女……君らの女王陛下は何を考えてるのか分からなくて怖いし、遊ぶなら騎士団か四大貴族がいいんだよ」
陽の光を拒絶するような真っ白なヴィヴィアの肌を、朝日が照らす。それは聖女に相応しい清廉な景色の筈なのに、どうしてか神々しさより悍ましさが勝る。
「そこでさ、お兄さんに頼みがあるんだよ。いろいろ頑張ってるノアちゃんに力を貸して、今の騎士団を乗っ取って欲しいんだ」
「お前の遊びに付き合う気はない」
「これはお兄さんにとっても悪い話じゃないんだぜ? お兄さんの目的を叶える為には、今の騎士団は邪魔な筈だ。……というか、今のお兄さんじゃ正面からあいつらに勝つことはできない。そうだろ?」
「…………」
グレイは冷たい目でヴィヴィアを見る。ヴィヴィアは楽しそうに、ただ笑う。
「ハルト ライラック。あのアリカ ブルーベルに代わって、騎士団の副団長を務める男。……彼の活躍は異常だ。まるで未来が見えているかのような、立ち振る舞い。半年前のあの天使の大襲撃を事前に察知し、対策を立てて撃退したその実力と手腕。今の騎士団は彼を中心に回ってる」
「何がいいたい?」
「彼さ、邪魔なんだよね。邪魔っていうか迷惑なんだけど。……いくら先の展開を知ってるからって、必要なイベントをスキップしたら後で困るって分かんないのかなー、あのモブは」
グレイには理解できないその言葉。ヴィヴィアは一瞬だけ不愉快そうに眉を顰める。
「『悠遠のブルーベル』ってゲームはさ、ギャルゲーの癖に死にゲーなんだよ。フラグ管理をミスると簡単に世界が滅びる」
「何を言っているんだ、お前は」
「つまり、このままだとヤバいってこと。ボク、この世界すごく気に入ってるから、滅んで欲しくないんだよね」
荒れ果てた庭園に咲いた小さな花をちぎり、花びらを優しく撫でるヴィヴィア。
「今から1週間後に、色持ちの天使が現れる。今の騎士団じゃ、どうやったって対応できない。この国は滅びる」
「……それは本当か?」
「今まで、ボクの情報が嘘だったことが一度でもあった? ……だからとりあえずお兄さんは、それをどうにかする方法を考えてよ。色持ち天使を撃退できたら、一気に出世間違いなし! 騎士団でも発言権を得られる。それにノア スノーホワイトの策略とグロキシニア家の後ろ盾があれば、追い出すまではいかずともあのモブと並ぶことができる」
「興味はない」
「でも、人が死ぬのを黙って見てられるような男じゃないだろ? お兄さんは」
「…………」
通常、天使の翼に色はない。けれど稀にその翼に色を持った天使が現れる。その天使は通常の天使とは比較にならない強さを持ち、単独で国を滅ぼせると言われている。
『悠遠のブルーベル』というゲームにおいて、その色持ちの天使の襲撃は中盤の難所と言われている部分。何も考えずに全てのヒロインにいい顔をしていた人間は、大抵ここでゲームオーバーになる。
チート主人公のアリカ ブルーベルが健在であったとしても敗れるほど、色持ちの天使は強い。
「それじゃ、言いたいことは言ったし、ボクはもう行くよ。じゃねー」
可愛らしくヒラヒラと手を振って、その場を立ち去るヴィヴィア。グレイはその背中を一瞥することもなく、また素振りを再開する。そんなグレイの考えは、聖女であるヴィヴィアを持ってしても読み切れない。
「やっぱり、お兄さんはカッコいいなー」
と、ヴィヴィアは最後に笑った。
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