第7話 最終試験
騎士団の団長であるアニスと甲冑の男グレイの遊びの後、アニスはよく通る声で受験者に向かって試験の説明を始めた。
「これから貴様らには、天使を討伐してきてもらう!」
そのアニスの言葉を聞き、受験者たちの間に動揺が広がる。
『試験で天使の討伐?』『そんなの無理に決まってんだろ』『いくら最終試験でも、いきなり天使なんて……』
そんな受験者を威圧するように、アニスは粛々と言葉を続ける。
「そう騒ぐな。何も1人で、天使を倒せなどとは言わん。言っただろ? 最終試験で測るのは味方とのチームワークだと」
アニスはそこで誇るように自身の長髪をなびかせ、笑う。
「これから貴様らには4人1組でチームを組んでもらう。その4人で3日以内に1体でも天使を討伐できれば、その4人は全員合格。チーム内に1人でも死亡者が出れば、そのチームは全員不合格。最終試験はそれだけの単純なものだ!」
その言葉を聞いた瞬間、大多数の受験者の目の色が変わる。誰と組めば勝率を上げられるのか。どいつと組んだら足を引っ張られそうなのか。水面化での品定めが始める。
けれどそんな思惑を否定するように、アニスは言う。
「そしてそのチーム分けは、こちらでランダムに行う!」
受験者に激しい動揺が広がる。
そうして、最終試験が始まった。
◇
「いやいやまさかあのノアさんと一緒のチームになれるなんて、あたし感激っス!」
青い髪をした活発な少女が、そう言って前を歩く白い髪の少女に笑いかける。
「別に、私なんて大した人間じゃないわ」
それに白い髪の少女は眉ひとつ動かさず、淡々とした声で言葉を返す。
「いやいや凄いっスよ、ノアさんは! あの難関の一次試験を1位突破した天才! 実技も筆記も満点は、あのアリカ ブルーベルについで史上2人目らしいっスよ! 31位だったあたしとは、器が違うっス!」
「一次試験の結果なんてどうでもいいわ。大切なのは、これからの最終試験。分かってると思うけど、私の足を引っ張らないでね?」
白い髪の少女ノアは、同じチームになった他の3人……活発な青い髪の少女と、退屈そうな顔でダラダラ歩く金髪の男、そして最後尾を悠然と歩く、フルフェイスの甲冑を着込んだ長身の男を睨む。
「いやいや分かってるっスよ。って、そういえば自己紹介がまだだったスね。あたしはユズ。ユズ ストロベリー。騎士になって一攫千金するために田舎から出てきた、可愛いだけが取り柄の女の子っス」
えへへ、と澄んだ翡翠色の瞳で少女、ユズは笑う。そんなユズに続いて、次は金髪の男が気だるげに口を開く。
「オレはロウ」
「ノアよ」
「……私はグレイだ」
他の2人もどうでもよさそうに、自身の名を告げる。……そしてその後は、誰も口を開こうとしない。
「あれ? なにこの地獄みたいな空気……。もしかしてあたし、嫌われてるっスか?」
「別に、貴女を嫌っているわけではないわ。ただ、下手に馴れ合う必要もないでしょ?」
「いやいやいや、聞いてたったスか? 団長さんの話。大事なのはチームワークだって、あの人言ってたじゃないっスか」
「でも、天使を倒せたらそれで合格だとも言っていた。だったら問題ないよ。私は1人でも天使に勝てる」
「……むぅ。分かったっスよ。そこまで言うんだったら、もう話しかけたりしないっス。……せっかく場の空気を和ませようと頑張って話しかけてたのに、ヒドイっス」
当たり前のように淡々と告げるノアに、ユズは諦めたように息を吐く。
「そう落ち込むなよ、嬢ちゃん。お前の言ってることは間違ってない。ただあの手の気が強い女に、正論は通じない」
「貴方は……ロウさんでしたっけ? 慰めてくれてるのかもしれないっスけど、貴方あたしより順位が下の37位でしたよね? だったらもっと、下手に出て欲しいっス」
「……いい性格してんな、お前。ま、仲間ごっこを強制されるよりはやりやすい。……お前もそう思うだろ? 甲冑の兄さん」
そう声をかけられるが、グレイはチラリと一瞥するだけで返事を返さない。
「はっ、いいね。楽しくなりそうだ」
獣のように乱暴な仕草で、ロウは口元を歪める。
「いやいや、全然楽しくないっスよ。天使がいる『狭間』までこんな空気で行くなんて、地獄でしかないっスよ」
天使は『狭間』と呼ばれる巨大な黒い霧から産まれる。その狭間を巡回し天使を国に立ち入らないようにするのが、騎士団の役目だ。
「じゃあそうね、親睦を深める為にゲームでもしない?」
先頭を歩くノアが唐突に振り返り、色素の薄い灰色の瞳でユズを見る。
「なんスか、急に。さっきまで冷たかったのに、なんかちょっと怖いっス」
「嫌なら別にいいわよ、断っても」
「……いやいや。きっとあたしの想いが伝わったんスね。……ごほん。断るわけないっスよ! じゃあ、何のゲームするっスか?」
ノアの意外な言葉に、ユズは嬉しそうに頬を緩める。けれどノアはそんなユズを無視して、グレイの方に視線を向ける。
「ねぇ、貴方。さっきあの団長とやってたゲーム、あれ私ともしない? そうね、私に一太刀入れられたら何でも1つ言うこと聞いてあげるわ」
「断る」
「どうして? まさか、私と戦うのが怖いの?」
「意味のないことで剣を抜く趣味はない。……そもそもお前と私とでは、勝負にならない」
「……補欠合格の癖に言うじゃない。いいわ、貴方にその気がなくてもこっちで勝手に始めるから」
小さく息を吐き、ノアは祈るように指を組む。
「──我が祈りを
構築された魔剣を手に、ノアは目を見張る速さで地面を蹴る。対するグレイは機械のように感情を感じさせない動きで、背中から大剣を引き抜く。
「仕方ない」
剣と剣がぶつかり、甲高い音が辺りに響き渡る。
「ちょっ、待つっスよ! 天使と戦う前に怪我でもしたらどうするっスか!」
「いいじゃねーかよ。姫様の実力をこの目で見るいい機会だ」
「そんな無責任な……」
困惑するユズを無視して、ノアはグレイを襲う。ノアの速度は団長であるアニスには及ばないものの、的確に急所を狙う鋭さはアニスをも上回る。
「────」
しかしアニスと戦っていた時とは違い、グレイはそんなノア剣を器用に大剣でさばく。
「いいわね、やるじゃない。なら──」
そこでノアの言葉を遮るように、グレイが近くの大きな岩を砕く。瓦礫が降り注ぎ、ノアは逃げるようにその瓦礫から距離を取る。
「──っ!」
魔剣で強化された人間は、瓦礫程度では傷を負わない。けれどノアは、その瓦礫から距離を取った。
「潔癖症だな。傷を負うのが、それほど怖いのか?」
ノアの行動を予測していたかのように、グレイが迫る。大剣が真っ直ぐに、ノアの頭部に振り下ろされる。
「──残念、はずれ」
しかし振り下ろされた大剣は、ノアの身体をすり抜ける。
「驚いた? これが私の能力。さて、何の能力だと思う?」
「……興味はない」
そこでグレイはもう終わりだと言うように、剣を背中の鞘に戻す。
「あら? もう終わりなの? 私、もう少し貴方と遊びたいんだけど」
「その必要はないだろう」
「どうして?」
「遊び相手なら、他にいる」
グレイはそこでノアの背後に視線を向ける。
「────!」
そこには白い翼を生やし嗜虐的な笑みを浮かべる、1人の女の姿があった。
「どうしてここに天使がいるっスかっ! まだ狭間からは距離があるのに……!」
「くだらないことを言ってる暇があるなら剣を構えろ。……死ぬぞ?」
場に緊張が走る。そんな愚かな人間たちを侮蔑するように、天使は笑う。
「──あはっ、食料みっけ」
そうして、波乱の最終試験が始まった。
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