第14話 荒穂

 神社の裏側。秋坂がいた場所。佐藤は、その近くに石碑を見つけた。かすれて、泥で汚れて読みづらいが何とか読むことができた。


 荒穂の鬼。

 

 その鬼は、外道の限りを尽くした。

 

 ゆく人をころして金品を奪い、女を攫い、田畑を荒らした。

 

 村人たちは何十年と苦しんだ。

 

 あるとき、その村に陰陽師が訪れた。

 

 なんとか鬼を退治する方法はあるまいか。村人たちは聞いた。

 

 陰陽師がいうには、鬼は火を嫌うという。

 

 村人は火で鬼を追った。

 

 鬼は何十もの村人に囲まれ、最後には神社の裏に追い込まれた。

 

 そこで、鬼は神社の屋根裏へと昇ることができる階段を見つけた。

 

 鬼はそれを登り、屋根裏へと逃げ込んだ。

 

 やれ一安心と鬼が休んでいると、外から鈍い音が聞こえる。

 

 鬼が屋根裏から外を覗くと、村人たちが鋸で階段を全て外してしまっていた。

 

 もう鬼に出る術はない。

 

 鬼は神社の屋根の裏から顔を出し、いつまでも恨めしく村を覗くのだった。



 佐藤は神社裏の屋根の下にかけられている鬼の面を見た。佐藤には、それが悲しい顔をしているように思えた。これが鬼の顔だろうか。


 村人が鬼をころさずに、神社の裏に封印したのは最後の情けか。それとも、鬼がよほど恐ろしくてころせなかったのか。

 そもそも鬼などこの世界にはいないはずだ。この伝承はどこまで本当だったのだろう。佐藤には、村人にとって、都合の良いようにこの話を終わらせたように思えた。

 

 この鬼が鬼とならずに済んだ道はなかったのか。

 鬼は村で疎外されたため、鬼としてしか生きれなかったのかもしれない。人間として扱われなかったのではなかろうか。もしこの鬼がこの村に最初から受け入れられ、居場所が与えられていたらどうなっていたのだろう。

 鬼は理不尽の象徴として描かれる。だが、その鬼に理不尽を科しているのは、自分たちのような人間のほうではないだろうか。この鬼は鬼か。人間は人間か。その境は。

 当時の村人たちは、見えないところにこの罪人を追いやり、ここに閉じ込めた。都合の悪いことを自分たちの目から隠すことしかできなかったのだろう。


 秋坂はどんな気持ちでここに引き寄せられたのだろう。秋坂が今後、犯罪者として疎外される人生を思う。もしかすると、俺は秋坂を鬼にするのではないだろうか。


 佐藤は神社の屋根の裏から覗く鬼の面をずっと見つめていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る