第10話 地獄

 書館までの道のりは、大樹にとって、それはそれは刺激的なものであった。

大樹は翔太に先行し、なるべく小学生が通らないと思われる、視界のひらけた河沿いの道を通ることにした。行く先に人影を見つけたら、翔太に悟られる前に、何かしらの理由をつけ迂回した。

 それでもたびたび背中から発砲音が聞こえるので、大樹はその先に小学生がいないことを願った。そこらに落ちている河原のゴミから、カチンと弾の跳ねる音が聞こえる。時々大樹は、後ろを振り向き、翔太の様子を確認した。翔太はあちらこちらをせわしなく見ては、嬉しそうにエアガンで狙っている。

 たまたま二人の目が合ったとき、にやりと笑って翔太が銃口を向けてきたので、大樹はもう後ろを振り返らないことにした。


 そうして大樹が気疲れしたころに、図書館に到着した。二人は駐輪場へ自転車を置くと、翔太はそっとエアガンを肩掛けバックにしまった。


 自動ドアを抜ける。入口の近くでは、暇そうに作業服を着たおじいさんが足を組み、新聞を開いている。司書の先生は、眼鏡を青色に光らせ、ひたすらPCの画面を見つめていた。


 二人は動きを止めている大人たちの傍を通り抜けると、行きなれた足取りで、児童向け文庫の棚へと向かった。大樹が二つ、三つと本を手にとっていると、翔太が別の場所を探してくると言い放ち、どこかへと行ってしまった。きっと、漫画コーナーから、はだしのゲンでも見つけてきて、それを大樹に見せてくるのだろう。


 大樹は5人ほど座れる丸机の端にちょこんと座ると、先ほど抱えてきた本たちを開いた。それは小学生へと向けた、学校の怪談話が寄せ集められたものだった。


 夜中の2時に鏡をみると、しぬ。


 離れの汚いトイレには、戦時中にそこでしんだ女の子がいる。女の子に会うと、しぬ。


 こっくりさんをして、ちゃんと帰さないと、しぬ。


 なんだ、しんでばかりじゃないか。じゃあ、誰がこのしぬまでの経緯を書いたのだ。やたらと小学生がしんでばかりの話を大樹は目で追っていく。


 神社の階段が、一段多いと、しぬ。

 鳥居の上に積んである石を落とすと、しぬ。


 「わっ!何熱心に読んでいるんだよ」


 大樹は両肩を跳ね上げ、振り向くと、翔太がいた。翔太の手には、赤い絵本が握られていた。



「何それ、翔太君」

「これは、地獄の絵本さ」


 翔太が絵本を開くと、赤黒い様が広がっていた。


 「悪いことをすると、2億年は血の池にいるらしい」


 血の池で幾人もの人がぷかぷかと浮かんでいた。

 苦しんでいる様を描いているようだが、ただ血の池に浮かんでいることが罪に対する罰であるのは、なんとも陽気に思えた。


「いやぁ、この前の、鬼のお面の話みたいなのがないかと思ってさ」

「あー、その本にはないんじゃないの」


 興味がなさそうに言うと、翔太は地獄の絵本に目を移し、そこに書かれた絵をみてはしゃぎ始めた。

 本に集中しようとする大樹の横で、大ちゃん、地獄では人は輪切りにされても再生するんだぜ、と翔太は赤黒い絵の描かれた頁たちをぱらぱらと開き、大樹にやたらと見せてきた。

 翔太がみせてきた絵本に一つだけ毛色の違う頁があった。その絵本の最期に描かれた灰色の絵。なにこれ、ちょっと見せて、翔太君。二人は絵本を机に置き、大きく開かれたその絵に見入った。


 賽の河原。


 成人前にしんだ子供がここに来るという。


 賽の河原にいる子供は、ひたすら石を積まなければならない。


 一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため。

 三つ積んではふるさとに残る兄弟わがため。

 子供は手を朱に染めて積んでいく。ただ、父母の恋しさを憂いて打伏し嘆く。

 

 お前たちの積む石は曲がっていて見苦しい。また積みなおして成仏願え。

 子供を監視していた鬼が子供を叱りつけ、せっかく子供が積んだ石塔を鉄棒で残らず打散らす。 

 子供は、ああ、なんてことをするのだと、痛ましくまた打伏して泣叫ぶ。


 大樹は思った。

 鬼はなんのためにこの理不尽を子供に課すのだろうか。

 自分もしんだらここにいるのだろうか。

 大樹は、賽の河原で、恐ろしい顔をして子供を見つめる鬼の顔を見遣った。

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