第8話 夏休み
「大ちゃん、おはよう。」
美容室を甲高い挨拶が満たす。入口ドアの上方に掛けられた鈴がジャリン、ジャリンとけたたましく揺れている。
店の奥から、階段をだだだだ、と降りてくるものがある。
大樹が顔を出した。
「翔太君、おはよう。」
大樹は今起きたばかりのようで、右側の髪の毛がしゃちほこのように反り立っている。
翔太君、ちょっと待ってて。
大樹は店の奥へ引っ込むと、すぐに半袖、半ズボンに、リュックサックを背負った姿になって出てきた。
行く前にお菓子ちょうだい。そういうと、誰かが許可を出したわけでもないが、さも当然のように、翔太は来客のために用意された、飴などのお菓子が詰まった瓶の蓋を手慣れた手つきで回しあける。そして、中身を一掴みし、ズボンのポケットに押し込んだ。右ポケットが不格好にぷっくらと膨らんだ。
さぁいこう。美容室の中を二人の少年が切っていった。
「翔太君、今日は行きたいところがあるんだけど。」
「珍しいじゃん。どこ行きたい?」
「隣町の図書館に行きたい。」
「いいよ、じゃあ、ちょっと俺の家に寄ってから行こう。」
そういうと、二人は自転車のスタンドを蹴り上げ、二人並んでじゃりじゃりとペダルを漕いだ。翔太たちの横を、迷惑そうに車が通り過ぎていく。
2度ほどクラクションを鳴らされたころ、翔太の家へ到着した。
今日は兄貴がいるから裏から入ろう。翔太はそういうと、大樹の手を引き、庭へ回り込んだ。二人は草履を並べ、網戸を引き、和室へ転がり込んだ。畳の草は日の光ですっかり焼けており、ささくれが目立つ。
翔太が箪笥を引き、エアガンを取り出した。
「これ、500円にしては痛いんだぜ。ほら」
そういうと、翔太は大樹に左手の手のひらを見せてきた。ミミズ腫れをした赤い点がいくつも並んでいる。大樹は翔太が自分で左手にエアガンの銃口を向ける様子を想像して、何やっているんだか、と呆れた。
そうして、すぐに、エアガンを渡してきて、試してみる?と言ってくると大樹は予知した。当然、それはすぐに現実となったため、大樹はいやいやをしながらそっと翔太にエアガンを返した。
「翔太君、エアガンをどうするんだよ」
「そりゃ、隣町のやつらに会ったら撃つんだよ」
「やめなよー」
ああ、やっぱりそのためか。大樹は、翔太が好戦的なためにまた争いに巻き込まれるのか、と肩を落とした。どうか誰にも遭遇しませんように。
網戸ががあーっと開き、スタンドががちゃんと鳴ると、またじゃりじゃりと自転車が二つ、走り出した。
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