第6話 晩飯

 大樹、あんた、何読んでんの。ご飯を茶碗につぎながら、裕子は背中で尋ねた。

ちょっとねー、と答える大樹に、また変なの読んでるんでしょ?と裕子は言った。  

大樹はそれに答えない。


 父は今日は夜勤でいない。大樹と裕子の二人の食卓。いつものことだ。

 今日は肉じゃがとたけのこご飯。湯気が茶碗から立っている。今日は大樹は沢山おかわりをするだろうと、二合準備されている。

 

 「翔太君、また事故に遭ったみたいね。あの子いつもどこか怪我をしているよね」


 と聞く裕子に、大樹はそっけなく、うん、とだけ答えた。

 

 「覚えてる?はじめて翔太君に遭ったときのこと」


 大樹はその問いに、忘れるわけないじゃん、と少しだけ笑って答えた。


 はじめて出会った時。5歳のころだ。

 大樹の家には、美容室が併設されている。

 そのころ、大樹の祖母である悦子はまだ健在で、祖母と母の二人で美容室を経営していた。

 悦子のマイブームは、孫に施術の練習用マネキンを渡すことだった。

 ただでさえ目を見開いた、首だけのマネキンである。孫がバリカンで楽しげにそれらを剃りこみ、哀れにも髪の毛を失ってしまった恐怖の人形たちを拵えていく様が、悦子にとって面白くて仕方がなかった。そして、その人形は何故だか評判が良かった。その恐怖の人形たちをみて、常連客が、それをかかしにつけたいだの、庭に置いて猪避けにしたいだのと言い、持って帰ってゆくのだ。

 

 悦子はいつものように孫にバリカンを渡すと、孫はにこやかにそれを剃り込み始めた。長い髪たちが地面にばさりと落ちていく。

 

 じゃあ、ばーちゃんは仕事をするからね、と悦子は大樹に言い、パーマの巻き作業に戻ったときだった。

 

 すさまじい勢いでドアが開かれた。入口の鈴が激しく揺れ、ジャリンジャリンと繰り返し来訪を告げる。

 そこでは、頭から血を流した翔太が男に抱えられていた。

 

 「あのときは大変だったわね」

 

 と裕子が言うと、大変どころじゃないよね、と大樹は答えた。


 その後は、悦子たちは店中のタオルを集め、翔太の止血のため頭にあてがったり、ビニールテープで傷口を塞げないかと家中を探したりでてんやわんやしていた。

 30分ほどすると、救急車が到着し、翔太はタンカで運ばれていった。その様子を大樹は悦子のエプロンの端に隠れて覗いていた。


 それから1か月ほど経ったころ。

 勢いよくまた、美容室のドアがチャリンと開かれた。頭を包帯でグルグルにまかれ、白いネットを被った翔太が駆け込んでくると、その後ろからのっそりと健太が入ってきた。

 連絡も無くいきなり訪れた客に、また店の平和を壊された悦子は、あっけに取られていた。坊主にされたマネキンの傍で、バリカンがカチャンと落ちる。

 それをよそに、健太は大股で悦子に近づき、ありがとうございましたっ、と大声で言うと、勢いよく頭をカックンと振り下げ、両手で煎餅の入った箱を突き出してきた。悦子は震えた手で、健太の差し出したそれを受け取った。


 翔太がたけのこご飯をほおばる

 「また翔太君、頭を怪我したのね。あの子はいつも頭を縫ってるよね。」

 「頭を縫ったのは二回だけだよ。今回は一昨日、木から落ちて3針縫っただけ。たいしたことはないんだよ」

 「そうなんだ、よかったわね」


 何が良かったのかは定かではないが、裕子は大樹に空返事をした。

 

 「ねえ、母さん。荒穂神社なんだけどさ」

 「神社がどうしたの」

 「あの神社で呪われた人っている?」

 「さあ、聞いたこともないわね。何かしたの」

 「翔太君と鬼のお面を見たんだ」

 「そんなのあるのね。聞いたこともないわ。神社だから呪うくらいあるんじゃないの」

 「翔太君、呪われたのかな。今回の怪我もそうなのかな」

 「そんなわけないでしょ。翔太君、いつもみたく元気じゃない。そんなことをいうなら、翔太君は最初の事故のときから呪われてるでしょ」


 はははっ、変なこと言うわねぇこの子は、と裕子はなんとも呑気なことを言った。大樹はふぅん、とだけ言うと無口になった。

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