第5話 説教

 鬼の面の目を突いたことに続き、事故に遭った翔太はまさに勇者であった。竹川小学校の誰もが翔太のことを知っていた。

 鬼に呪われ、そして大けがを負ったが生きている翔太君。少年たちにとっては奇跡のような存在だ。そして、果敢な勇者を小学校の教師が放っておくはずはない。


 担任と教頭が、翔太とその父親と向い合せに、校長室の座椅子に座っていた。

 張り詰めた空気が漂う。翔太の父親は早くしろよと言いたげに、恐ろしいほどの速さで右足をゆすっている。


「翔太君はやんちゃが過ぎますね」


  教頭がそう切り出した途端


「こいつが悪いんですよね」


 と翔太の父親が言うと、手を固く握り、振り上げた。ガコンと金槌で木の板を叩くような乾いた音が、翔太の後頭部から発せられた。


「何をやっているんだ、バカヤロォオー」


あたり50mには響いただろう。低く怒鳴りなれた声が学校中にこだまする。


 教師2人は中腰でたちあがり、両手を前に振って、まあまあ、お父さん落ち着いて、と諫めた。


 翔太の父親は大きな両腕をひざに置き、頭をかっくりと垂れた。


「先生、もうしわけ、ございませんでしたぁあ」


 どこの腹から出したかも分からないような大声の謝罪がこだまする。更に、せんせー、おれのむすこがぁ、と大声で続けようとしたため、教師たちは、まあまあ、もういいですから、と親子を校長室から追い出した。


「教師なんてああ言っておけばいいんだよ」


健太はあっさりとした様子であった。

シートベルトを端から伸ばし、かちゃりと固定した。軽トラックのエンジンをかける。


「遊んでなにが悪いんだよ。子供は遊ぶもんだ」


腕を組んでがはがはと笑う。そんな健太に向かって、翔太が、でもとーちゃん、俺、痛かった、と言うと、また、ガコンと音が車内に響いた。


「でもな、怪我をするのは馬鹿だ。うちの現場だったらころされるところだぞ」


 とーちゃんの仕事では、怪我をしたら、さらに追い打ちをかけられるのか。怪我をして、中途半端にしねないのは可哀そうだからと、仲間からとどめを刺されるということだろうか。翔太は疑問に思ったが、それを口に出すと、また殴られるのが分かったので、飲み込んだ。

 

 放課後。校庭では子供たちがサッカーをしていた。その集団には大樹はいない。サッカーをする集団をしり目に、大樹は運動場の端にあるジャングルジムによじ登ると、さきほど図書室から借りてきた本を開いた。

 

 ついさっき、校舎から健太の野太い声が聞こえた。また翔太が怒られたのだろう。その理由は容易に想像がついた。今日もまた、翔太は要らない口答えをして、2発ほど殴られたんじゃないか。大樹はくすりと笑った。


 5時のチャイムが鳴る。夕焼け小焼けのメロディだ。かーらーすーと一緒にかーえーりーましょー。大樹は、町を包み込むこの音が好きだった。


 雲がまばらに浮かび、赤い夕陽がその合間をうっすらと朱く色づける。校庭に散らばる子供たちが足をとめ、一団になって帰っていく。


 僕も帰らなければ、と大樹はジャングルジムから飛び降りた。

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