第3話 校庭
翔太を少年たちが取り囲んでいる。
「なあ、翔太君。鬼の目、動いたの?」
少年たちは興味津々だ。
「当然だよ。動いたぜ。でもさ、俺たち、その鬼の目に指であちょーってした」
翔太は右手でピースをし、横に傾けると、その手を前へすばやく突き出した。少年たちはわーっと湧く。
翔太の横にいた大樹ははっとして、首を横に振り、そんなことはしていないだろうという風に、横眼で翔太へ訴えたが、翔太が気に留めるはずはない。
「俺たち呪われたかもしれないな。ははは。この指、触ると呪いがうつるよ」
翔太を囲む少年たちの輪がさっと広がった。
「冗談だよ。うつるわけないじゃん」
だよなー、すごいな翔太君たちは。少年たちは尊敬の眼差しで見つめていた。
昼休みが終わった。掃除の時間が始まる。
「翔太君、なんであんなこと言ったんだよ」
かがんで、ちりとりを持つ大樹は口を尖らせ、不満そうに言った。
「面白いだろ。そういうことにしとけば。大ちゃんだって、みんなに凄いって言われてたぜ」
そう言って翔太はほうきをバットのように両手で構えて持ち、横に振った。ほうきが大樹の頭をかすめる。
「翔ちゃん、危ない。当たったらどうするんよ」
大石咲が、両腕を腰にくの字にしてあて、むっとした顔を翔太へ向けた。
翔太は咲へ、ごめんよ、と両手で拝むと、ばつの悪そうに、ほうきでゴミをちりとりへかきこんだ。
「僕たち、呪われたんじゃない」
眉間に皺をよせた大樹が、翔太の顔を下から見つめる。
「そんなわけないだろ。生きてるじゃん。」
大丈夫、大丈夫。そう言って、翔太は人差し指と中指を立て、空を十字に切る仕草をし、翔太の背中をぽんと叩いた。
「陰陽師、ハッ、ってやつだ。これで大丈夫。良かったな」
どこかだよー、と大樹は言うと、ちりとりに入ったゴミを、青いポリエスチレンのゴミ箱へと持ってゆき、トントン、軽く叩き入れた。
咲は、真面目に掃除をやれ、と翔太に言うと、右肘で翔太の背中を小突いた。
再び翔太の前でしゃがみ、ちりとりを構えた大樹は、鬼の面のことを考えていた。
神社の裏側へとまわった時のことだ。
翔太がわっ、と怒った声を出すと、大樹を残して駆けだしてしまった。
大樹だけがそこに取り残された。自身を連れてきた翔太に裏切られたのがどうにも悔しくてしょうがない。自分はここに来たくはなかった。呪われたらどうするのだ。
悲しさと恐ろしさが心を支配し、自分ではどうすることもできなかった。
涙が溢れ、とまらなかった。大樹は無心に泣いた。頭の中を空にしたかった。
ひとしきり泣いたとき、カラスがあーっと鳴き、大樹ははっと顔を上げた。
そこには宙を睨む鬼の面が、屋根の真下に掛けられていた。そして、鬼の面には、短い梁が階段状に突き出して続いていた。片足だけをその梁にかけてのぼると、鬼の面までたどり着けそうだ。
なぜこうなっているのだろう。翔太は先ほどまで恐怖の対象でしかなかった鬼の面を不思議に見つめていた。
大樹は鬼の面の正面へ立った。
鬼の面は長い雨風に晒され、元々は朱色をしていたのだろうが、ほとんど色は剝げ灰色と黒色のまだら模様になっていた。しかし、その面の見開いた目の光彩にははっきりとした金色が残っており、取り囲む白がそれを際立させ、自分の中の奥底を見つめてくるような深さがあった。額からは、二本の角が突き出している。そして、大きく開いた口は、長い牙を誇張し、獣のような怒りを醸していた。
それは何かに激しく憤り、恨んでいるような表情であったが、大樹はその面にどこか寂しい悲しさがあるように思えたのだ。
鬼の面の寂しさに同情した大樹は、翔太と共に、鬼の面を茶化すためにここへ来てしまったことを反省した。
「鬼さん、本当にごめんなさい。僕たちは悪いことをしようとしたんじゃないんです。許してください。呪わないでください。」
不意に大樹は言葉を発していた。そのような文句が出たことに、自分自信が驚いていた。
しかし、頭を下げた後、大樹はまさるの言葉を再び思い出す。呪われるだろう。もう僕たちは呪われた?再び大樹の心を恐怖が満たした。早くこの場から離れなければ。大樹はかけていった。
去り際、怖いものみたさで、横眼で鬼の面をちらりとかすめると、大樹にはそれが惜しむような寂しい顔をしていたように見えた。
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