神話

 三ヶ月が経過した。私はエルフであるから、人の基準でいえばそれは午睡ほどの感覚の長さでしかないわけだが、イカロスはといえば既に思春期である。


「ルゥ。あたしは、なんなのかな」


 返答に困る質問をするのが思春期というものの特徴である。私は長命だが、自分がそんな風であった遠い昔のことを覚えているから、それで𠮟りつけるというわけにもいかないということを分かっている。つまり、困る。


「あたしは当代の神冠の娘で、次代の妹にあたる存在で……でも、望まれなかった忌み子。あたしは……これからどうやって生きていけばいいの?」


 名前を付けた親としての責任というものがあるので、それなりに道理を説いて聞かせたりするが、正直なところ質問したいのはこっちである。自分の学者としての知識を総動員してみても、こういう場合にどうするべきか、ということには答えが無い。いや、厳密にいえばそもそも介入するべきではなかったのだろうが、私は学者である前に一人のエルフであった。困惑はあっても、後悔は無い。ちなみにこの地の神は、別に今のところ何の意思伝達もしてこない。狼がやってきて赤子を食い殺すのが神意であり得るとしても、だったら他所から人類学者がやってきて赤ん坊に乳を与えるのも神意というものであろう。……という風に解釈した、ということにしておく。


 さて、イカロスは出入りを許されていないのだが、私自身は社の中にも今でも入れてもらえるから、当代とも次代とも交流がある。次代、つまりイカロスの姉は性格的にはイカロスとまったく似てはいなかった。超然としている。本来、そういう風に育てられるのであろう。指導者階層なのだし。


「そろそろ秋ですね」

「そうですね。それが何か?」

「あなたには今まで教えておりませんでしたが、十年に一度の立秋の日に、我々は風の神に捧げる祭りを開きます」

「今年がその年に当たるのですか」

「そうです。私の産卵はそれに先立って行われたもの。次代の成人の儀式として、風の神への‟嫁入り”が行われるのです」

「なるほどなるほど」


 私は手帳に話を書き付けていく。本来、こういうことをしにここへやってきたわけなので。しかし、風の神ね。我々の神話体系は一神教なので、そういう性質の神はいない。なればこそ興味深い話ではあった。


 そして、まもなくその日がやってきた。私は職業が職業なので、参列させてもらうことにしたが、祭りの中心となる儀式は社の中庭で行われるのだそうで、イカロスを連れてはいけなかった。


 御馳走を持ち帰ってやらないといけないな、寂しい思いをさせて可哀想だ、と思いはするものの。


 私は例によって夢中で手帳に書き付けをしていたのだが。


 ふと、頭上で、大きな飛翔音と羽ばたきの音がした。


 見上げると、空を舞う神冠がいた。


 いや、違う。


 そいつは、邑の者たちに向かって、喋った。


「密林の民よ。五百年前の約束を果たしに来たぞ」

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