第2話 これは何かの陰謀に違いない

 ふと、昔のことを思い出す。

 俺と彰人、翠星に千夜は四人で小学校の頃からずっと一緒だった。

 昔から俺は彰人の後ろについていくので精一杯だった。


 変化はいつの間にか起きていた。

 中学生になってから彰人はよく女子達に告白されるようになった。

 俺達を優先してくれて、誰かと付き合うことはなかったけど、とにかくモテていた。


 彰人は要領が良くて、告白された相手とも友達として上手く付き合っていたのだ。俺ですら、自然とそういう子達と話す機会が増えた。

 色んな女子から「彰人は翠星か千夜と付き合っているの?」と質問されたことがある。


 俺は全く心当たりがなかったから、「違うと思うよ」と返すだけ。

 だけどその度に、確かに俺は内心穏やかではなくなった。


 その理由は単純。

 俺は昔、翠星に告白されたことがある。

 今では俺が彼女に惚れている側だが、元は逆だったのだ。

 だからこそ、幼馴染という関係内で恋愛感情が生まれることを知っている。


 当時、翠星からの告白に返事をしなかったのは、他の原因がある。

 俺はとあるトラウマを抱えていたのだ。

 彼女に慰められている最中、告白をされたものの、当時はすぐに返事をできなかった。

 俺は何となく両想いになった気でいて……長い間勘違いしていた。


 それ故に、「彰人と翠星が付き合っているの?」という質問に恐怖を感じて、俺は翠星に直接訊いてみてしまったのだ。

 結論を言えば、二人は付き合ってはいなかった。けれど、付き合っていないだけで翠星の好意は彰人に寄せられていた。


 ショックだった。

 なにより翠星はずっと俺のことを好きだと思っていたから勘違いがあったから。

 当然、彰人には嫉妬した。

 嫉妬を経て、俺は翠星の事が本当に好きなんだと自覚した。


 意識してから、俺は何度も翠星に告白するようになった。彰人に取られたくないと思って、諦めきれなかったのだ。

 やがて好奇心で、千夜の初恋についても訊いてみた。千夜の方はストレートに彰人のことが好きだった。

 それからも数々の恋愛相談を受けて嫌でもあることを思い知らされた。


 ――彰人はとてもモテる。


 ずっと前からわかっていたのに、俺は目を逸らしていた。幼馴染である翠星と千夜だけが例外なんてことはなかったという事に。

 そして彼女達と近くにいるからこそ、俺と彰人に対する小さな態度の違いが気に障った。

 自分の中に、黒い感情があることに気付いたのは、その頃だろうか。


 だけど、幼馴染相手に嫉妬なんてよくない。

 何より、俺は彰人の事が嫌いになれなかった。

 女子にモテるばかりだと、何かと男子からは目の敵にされやすい。

 何かとカッコつける性格もあって、無意識に他人へ喧嘩を売るようなことも少なくなかった。

 彰人の味方は、今も昔も俺しかいない。

 俺が裏切ってはいけないのだ。


 東木場高校に入学してからも、クラスの女子殆どが彰人の虜である。

 しかし男子達は、彰人を嫌っている奴が殆ど。

 彰人の部活内での人間関係は知らないけど、不憫でならない。

 ついこの前も、あるクラスメイトの女子のお陰で散々な目に合っていたくらいだ。


 それに俺には、友達を裏切れない理由がある。

 幾度の失恋のショックが霞むほどの過去のトラウマが裏切りを許さない。



 一人で家に帰ると、玄関には俺のペットが待機していた。


「チャ~」

「ただいまチャロ~。ご主人様を待っていたなんてかわいいなぁ」


 通常人懐っこくない猫だが、飼い猫のチャロは俺によく懐いている。

 鳴き声は猫っぽくないが、れっきとした猫でありかわいい。


「チャチャッ……!」

「わかっているさ。キャットフードが足りないんだろ。すぐにやるから」

「チャ~」


 早速、荷物を放り投げキャットフードを取りに行こうとする。

 そんな時、スマホから着信音が鳴りだした。


「マイエンジェル、少し待っておくれよ」


 ソファーに座って着信相手を確認すると、相手は珍しいことに母親から。

 流石に無視できないと出る事にした。


「もしもし、母さん?」

『久しぶりね、陸』

「……まあそうだね」

『最近あんたの生活見に行けてないんだけど、上手くいっているのかしら?』


 何か用があった訳ではないらしい。

 俺に対してそこまで心配症でもないだろうに、不気味な質問だ。


「なんだ、そんなことか。上手くいっているって」

『嘘おっしゃいな……探偵に調べさせたらやっぱりきちんとした食事取ってないじゃない』

「なっ……カマかけたのか。というか、探偵って何だよ……」

『そんな事はどうでもいいのよ』


 どうでもよくはない。俺のプライバシーを侵害している。探偵だなんて気が付かなかったし、どこまで調べられているのか怖い。


「食事だっけ? まあ、これからは気を付けるよ」

『それで済まそう……だなんて思っているのかしら? そうはいかないわよ』


 面倒くさいし、早く電話を切って欲しい。

 それどころか、不味いことになりそうな予感がしていた。

 お小遣いを減らそうものなら、俺はマイエンジェルを犠牲に平穏を手に入れる。チャロには悪いが、男には引けない時があるのだ。


「母さんの魂胆は目に見えている。お小遣いを減らす気だな? でもそうすると、チャロの食事が賄えなくなるんだ。それは良くないよね?」

『仮にお小遣いを減らすとして、だから何よ』

「チャロを殺す気か!?」

『…………』

「いやちょっ……黙んないでよ、母さん。チャロの為に何卒!」

「チャ!? シチャー!」

「ぐはっ」


 チャロが腹に飛び込んできた。みずおちにヒット。いてぇ。

 冗談に決まっている……仮にお小遣いが減っても、チャロを不自由にはさせない。

 いつもならもっと察しがいいのに、今はお腹が減って苛立っているのかもしれないな。


『……はぁ。最低な息子に免じて、お小遣いは減らさないわよ』

「ふぅ、助かった~」

『但し! 母親を騙そうとした腐った魂胆が許せないからペナルティはあるわよ』

「私怨!? なんて最低な母親だ! なぁチャロも言ってやってくれ!」

「……チャ~ォ」


 俺へのアタックで疲れたのか、チャロは俺の膝の上で眠ってしまった。チャロ、やっぱりお前は猫だ。自由気まま過ぎる。


「……それで母さん、ペナルティって何? ちゃちゃっと済ませたいんだけど」


 お小遣いが減る以上に悲しい事なんてない。

 何が来たってよゆう~! ドンと来いっ!


『一人暮らしをやめてもらうわ』


 ……なん、だと?

 これは何かの陰謀に違いない。

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