恋愁と時空の同行者

第5話 [名探偵の卵]

「はぁ〜〜。家はトラブルが無くていいよね、肉まん」

『なぁーご』

「あはは、そうだよね」


 ポテッとした白猫を持ち上げ、ぎゅーっと抱きしめた。ソファに寝そべりながら、カーテンの隙間から漏れ出る光を浴び、僕らはウトウトしている。

 なぜ肉まんという名前にしたのかは、まあ色々と意味が込められているのだ。


 今日は平日だが、仕事をしていないわけではない。なんならこの体質のせいで毎日仕事みたいなものだ。

 僕が務めているのは基本的にホワイトなのだが、体質のせいで自分からブラックにしているようなもの。

 そんな僕が務めているのは……


 ――ピーンポーン


「ん? 誰だ誰だ」


 インターホンの音が聞こえたので、肉まんをソファに降ろす。丸まって眠ることなく、腹を見せてふてぶてしい。まあそこが可愛いんだけどね。

 玄関の扉を開けるとそこには白い探偵帽子に青い蝶の飾りを付け、白と青を基調としたトレンチコートを着ている美少女がいた。鎖骨あたりまで伸びる髪は絹のように滑らかで美しい銀色、瞳は蒼玉サファイアと思わせるほど綺麗だ。


「私の名前はミィーク・ホームズ! かの名探偵シャーロック・ホームズに血を受け継ぎ、現代の名探偵坂巻流斗をいずれ超えるものっ!!」


 ドヤっと胸を張り、鼻息を立てる。


「ん〜〜……40点」

「えぇぇ!? なんで前より下がってるの、!!」


 別にこの子とは初めましてではない。逆に昔っからずっと一緒にいて、血は繋がっていないけれど妹みたいな存在だ。

 彼女の言っていることは一言一句間違っておらず、昔存在した超有名な名探偵シャーロックの子孫だ。


「今日高校はなかったの?」

「もう春休みに入ったよ。でもその件について今日はりゅー兄に頼みたいことがあって」

「ミィークの頼み事は大体何かしらの事件が関わってる気がするんだけど……」

「おおっ、推理した?」

「過去の経験談だよ。ミィークはわかってるでしょ。まあ、とりあえず話は聞くよ、どーぞー」

「お邪魔します! 肉まんちゃん今日もぶてぶてしてるね〜」


 探偵帽子を取り、ふわりと銀色の髪を浮かせてソファに座ったミィーク。


「それで、頼みたいことって?」

「私って探偵専門高校に通ってるじゃん? それで春休みの課題に世界探偵協会うちで働いてる人一人の謎解きを見学して論文を書くっていうのがあって……」


 僕が働いているのはミィークが言っている世界探偵協会。そこは探偵専門大学を卒業したり、選抜された人しか入れない最高峰の探偵界だ。

 ちなみに僕はその協会のトップであるミィークの父親に選抜された。


「僕の謎解きを見学したい、と。んー……まあそういうことなら仕方ないか。ミィークのお父さんにもお世話になってるし」

「いいの!? やった〜〜!!」


 パァーッと花が開いたような笑顔を見せる。


「でもりゅー兄大丈夫? 最近お仕事大変じゃない?」

「ほぼ毎日が仕事だけど慣れたよ。おかげでお金ががっぽがっぽだけど、使い道ないんだよねぇ……」

「りゅー兄は巻き込まれ体質だもんね」

「そういうミィークは巻き込み体質じゃん」


 さて、と一息ついて話を戻す。


「その課題はいつ行くんだ?」

「きょ、今日……」

「今日!? 早すぎじゃない!?」

「だ、だってちょうど事件が起きたから……」

「んん……まあどうせ何もする予定なかったしいっか」

「急でごめんなさい……」


 さっき咲いた花が萎れたように落ち込んでいたので、僕はミィークの頭を優しく撫でて立ち上がる。


「大丈夫だよ。ミィークには返しても返しきれないくらい借りがあるし、助けになれたら僕も嬉しいから」

「りゅー兄……!」

「行こっか」


 僕はぐるぐると包帯で傷だらけの腕を巻き、ミィークも探偵帽子をかぶりなおす。


「りゅー兄、また包帯雑に巻いてる。私が巻いてあげようか?」

「いいや、これでいいんだ。いざという時にね」

「――あっ。ふふ、そうだったね」


 リンと鈴がなるような声だ。


「どんな事件が起こったの?」

「えっとね、川に死体が流れたんだって。その人、結婚間近だったらしいのに」

「かわいそうだね……。でも事故とか自殺じゃないの?」

「いや、殺害されたらしいよ」

「はぁ……今回の事件では何回死ぬことになるのかな」

「ふふふ、でも今回も私がいるからできるよ!」


 ミィークができる〝サポート〟は、もちろん探偵の卵であることも理由だ。けれどそれとは別の理由が、謎解きにおいて飛躍的に楽になる。それは、死に戻った際、説明がいらないことだ。


 唯一ミィークは――僕の死に戻りに付き添うことができる者なのだ。

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