第4話 [n=5]

 謎解きはn回死んでから。

 今回の事件ではn=5だったようだ。


「――名探偵の坂巻さん! 助けてください!!」

「何かあったんですか?」

「家で友人のばあちやんが殺されてしまったんです!!」

「警察に連絡はしましたか?」

「犯人が中にいるんです! 早くきてください!!」


 グイグイと引っ張られる間に、僕はとある子にすぐさまメッセージを送信する。

 家の中に入り、見慣れた光景をじっくり眺めた。


「とりあえず皆さんの名前を教えてもらっていいですか?」


 手帳とボールペンを取り出すが、書くことはなくペンでトントンと手帳を叩く。


「あ、はい。俺は高橋睦月です。高い橋に、睦びの月」

「あたしは……ニージマトモミ」

「うぇ、あ、は、はぃ。ぼくは、虹ヶ丘涼介、です。涼しいに、介護の介、です」


 トンッ、と強めに手帳を叩き、鋭い視線を三人に送り、こう言い放つ。


「佐伯謙也さん、楠木静香さん。これが二人の、本当の名前ですよね?」

「「なっ!?」」


 驚きを隠せず、声に出る二人。

 他二人はどこか自分の名前に自信がなさげだったけど、涼介さんだけはっきり言っていたしね。


「今考えれば不自然ですよね。家にいるのにマスクをちゃんと着用しているし、朝早いのにもう濃い化粧をしっかりしている。その理由は、自分の正体に気づかれたくなかったから」


 僕はさらに言葉を羅列させる。


「お二人は、数年前……僕が高校生くらいかな? そのくらいの時に、とある事件を起こして僕に謎を解かれ、逮捕された」


 四回目、知り合いから送られてきたのは過去の事件の資料だった。それに僕が関与しており、ハッと思い出したのだ。

 一回目の時、この二人は僕が手帳を使うことに対してひどく驚いていた。それはその事件の際、手帳を使わずに謎を解かれたことが印象に残っていたからだろう。


「静香さんの偽名、ニージマは適当でしょうが、名前の候補はもう一つアヤが思いついたでしょう。〝トモミ〟は、そこで死んでしまっているエミさんのミから取ったもの。〝アヤ〟は、ケンヤさんのヤから取るもの、という感じで」

「な……そこまで……」


 ね。当たってたんだ、よかった。


「そして、この家に連れてきたのは僕を殺すため。警察を呼んだかと聞いたのに話を聞かず急かしたのもそれが理由。

 恵美さんを殺した犯人はこの中いる。けど、僕の殺害しようとする犯人はこの中の全員だ。涼介さん、あなたも加担してたんですよね」

「な、え、ぼ、ぼくはそんなことは……」

「これを見ましたよ」


 SNSを開き、とある人物のツイートを見せつける。そこには、自分の祖母に対する誹謗中傷が書き込まれていた。

 四回目に二人の本名を確かめると同時に、涼介さんについても調べてもらったのだ。その時、このアカウントを見つけてもらった。


「これぇ……あなたですよね、涼介さん。謙也さんと静香さんは僕を恨んで殺そうとしていた。けどこの家で殺すのなら、もう二人が邪魔。だけれど祖母を恨んでいたあなたを利用し、極上の罠が完成した……ってわけですね」


 一息つこうとするが、最後に付け足し。


「あ、恵美さんを殺したのは静香さんでしょう。数年前の事件と同じ首の脈を掻っ切る方法ですし」


 ふぅ、と息を吐く。手帳は相も変わらず、真っ白なままだった。

 無事に謎は解けたが、ここからだ。


「……ああ、もう認めるよ。俺たちはお前を殺そうとしている。今からでも、まだ間に合うんだよッ!!」

「――ッ!!」


 僕に襲いかかろうとしたその刹那、僕も駆け出す。階段を駆け上り、トイレに入って鍵をかける。

 ドンドンとドアを叩く音が聞こえるが、僕はボタン式の鍵をプッシュし続けながら耐える。


「この状況は〝蛇に睨まれた蛙〟ですかね!? いや、〝袋の鼠〟でしょーか!」

『どうでもいいんだよ! 早く開けろ!!』


 ドア越しに怒号が響く。ちびってもここはトイレだから安心だ。大人だからしないけど。


「でも僕、その二つの言葉好きなんですよね。蛇に睨まれてる蛙は、逃げる隙を伺ってるんですよ。そんでもって鼠はこんな言葉もありますしね……」

『ぐあッ!?』

『な、なんでもうきてるのよ!!』

『ひぃぃ〜〜!!』


 ドア越しに悲鳴が聞こえた後、ドアノブをひねってトイレの外に出てこう告げる。


「〝窮鼠猫を噛む〟。……まあ、今回噛むのは僕じゃないけど」


 三人は警察官に取り押さえられており、一気に形勢が逆転した。涼介さんはもう諦めて泣き始めているが、二人は僕を睨み殺すかのように鋭い視線を送る。


「お前を憎む奴なんて世界にごまんといる……せいぜい震えながら暮らせよな、名探偵……!」


 嘲笑がこもった笑いを最後に吐いて、僕にそう言ってくる謙也さん。


「知ってますよ、それぐらい。僕は別のものに震えてるんで大丈夫です。お気遣いありがとうございます、謙也さんも色々頑張ってくださいね」

「ッ、テメェ!」


 あー、自分ってこういうこと言っちゃうから恨まれるんだな。慎むべし慎むべし。

 そう呑気に思っていると、抑えられている謙也さんが、警察の一瞬の隙を見て僕の服を掴んできて袖がめくれる。殴られるかと思ったが、僕の腕を見て驚愕していた。


「な……なんだよその腕……」


 僕の腕は、見るに耐えないほどの傷跡や縫い跡が付いている。


「なんでもないです。……さっさと連行されろ」


 少しドスを効かせると、「ヒッ」と小さく声を漏らし連行された。

 はぁ、朝早く起きたせいで寝ぼけて、包帯巻いてくるの忘れてた。ちゃんと気をつけないとなぁ。


「名探偵の坂巻さん、お疲れ様です。事情聴取の際に探偵手帳をお見せください」

「はい、わかりました」


 警察の方からの事情聴取を終えた頃にはもう日が頭の上まで登ってきているが、僕の気分は沈んでいる。


「あーあ……ファミレスのモーニング食べようと思ってたのになぁ」


 風が靡き、道の側にある桜の木から花びらがひらりひらりと落ちた。

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