名探偵殺害未遂事件

第1話 [殺される探偵]

はどうなるのかなぁ……。今朝のトーストになる気がする」


 雲一つ無い、どこまでも広がる朝の青……もといど快晴。それに対して、黒い髪から覗く僕の目は紫色に、不気味に淀んでいる。

 僕が今ぼそりと呟いて霧散した言葉は、決してまやかしでもなんでも無い。実際、何回も経験している。


「おいあれ見ろよ!」

「あれって伝説の名探偵――坂巻さかまき流斗りゅうとじゃね!?」

「〝白紙帳の流斗〟って異名もついてるあの!?」

「あの左頬にある巻き戻しボタンみたいな傷? もかっこいいわよね!」

「やっぱちげぇな。俺らと見てるものが違う気がするわ」


 僕の周囲を歩いている者がジロジロと見ながら、僕の名前を出して噂をしている。


 名前はあっている。が、。事件現場に華麗に参上し、難事件と思われるのを颯爽と解決ッ! なぁんてできるわけがない。

 僕の代わりをしてくれる名探偵があるのならば、今すぐにでもこの座を分け与えたい。


「はぁ……」


 この世の不条理さに呆れて溜息が溢れでる。

 またなんの変哲も無い、絶望な日常が始まるのだ。こう、平穏な生活を夢見るといつもアクシデントが……


「名探偵の坂巻さん! 助けてください!!」


 すぐ横にあった家から人が飛び出し、僕の名前を呼んできた。汗はかいていなかったが、焦った様子のマスクとメガネをつけた中年男性。

 嫌な予感がプンプン臭い、僕は顔を引きつらせながら何があったのかと聞いた。


「家で友人のばあちやんが殺されてしまったんです!!」


 ……どうして僕の周りでは殺人事件やバスジャック、いろんな事件が起こるんだ……!


「とりあえず警察に連絡を――」

「犯人が中にいるんです! 早くきてください!!」

「んんぅ……」


 グイグイと引っ張られ、家の中にお邪魔する。リビングまで行くと、そこにはおどおどしている男性と、厚化粧の女性、そして床に倒れる7、80歳くらいの女性の姿があった。


「お悔やみ申し上げます。……で、とりあえず犯人がいるそうですが、誰なんですか? ってかわかってるなら僕必要ないのでは?」

「犯人がいることは確かです。でも誰かはわからないから見つけ出して欲しいんです」


 何で断言できんだ。自分たちで犯人探して警察に通報してくれればいいのに……。

 やれやれと呆れ混じりのため息を吐いて、胸ポケットから黒色ベースに金色でひし形模様の手帳とボールペンを取り出した。


「じゃあまず殺されてしまった人の名前と、皆さんの名前を教えてください」

「あ、はい。俺は高橋睦月です。高い橋に、睦びの月」

「はい、ご丁寧にどうも」


 手帳の一頁目にサラサラとボールペンを走らせる。


高橋たかはし睦月むつき――僕を家に招いた。中年。マスク&メガネ。せっかちそう? No汗っかき。


「え……手帳を使う……?」


 マスクをつけた中年男性と厚化粧の女性はひどく驚いた様子だ。おどおどしている男性も驚いていたが、他の二人よりは驚いていなかった。


「ええ、使いますよ。僕が手帳を使わないなんてのはデマですよデマ。次はあなた、どうぞ」


 厚化粧をしている女性の方に視線を移す。バチッと視線が合うと、猛獣のように鋭い視線が僕に刺さる。


「あたしは……ニージマトモミ」

「トモミさん……友に美しいですか?」

「え? あー……そうだけど何」


・ニイジマ友美――ギャルっぽい。朝から化粧しててすごい。機嫌悪そう。僕にすごいガン飛ばしてくる。苗字聞きそびれたけど聞いたら睨まれそう。怖い。


「じゃあ最後にあなた」

「うぇ、あ、は、はぃ。ぼくは、虹ヶ丘にじがおか涼介りょうすけ、です。涼しいに、介護の介、です」

「綺麗な苗字ですね」


・虹ヶ丘涼介――おどおどしてる。名前ははっきり言えてた。一番この中で動揺してる?


「三人はわかりました。じゃあこの被害者の方の名前を教えてください」

「ぇぁ、一応、ぼくの祖母に当たる人です。虹ヶ丘恵美、です。恵む美しい」

「友美さんと一緒の美ですかー」

「あ?」

「「ひっ」」


 友美さんに睨まれ、僕と涼介さんは蛇に睨まれた蛙が如くピタッと止まり、恐怖を感じていた。


・虹ヶ丘恵美――涼介さんの祖母。首を掻っ切られた跡有り。何の凶器とかはわかんない。


「どんどん質問しますね。恵美さんの遺体を最初に発見したのはどなたですか?」

「俺と彼女です。ついさっき起きて下に降りたら殺されてました」

「部屋は二階に?」

「階段を上がってすぐのとこで、トモミと同じ部屋です。四人でルームシェア的なことをしてるんですよ」

「ほぇえ〜」


 睦月さんが丁寧に教えてくれたが、随分間抜けな相槌をしてしまった。僕の本性が滲み出ている。


「わかりそうなの」

「え? あー、まあ普通くらいですかね」


 友美さんがそう口を聞き、あっけからんとしてしまうが、すぐに言葉を紡いだ。

 一体何が普通なんだと自分の中でツッコミを入れておいた。


「まだ情報が足りないんで、ちょっとこの家回っていいですか?」

「是非お願いします」

(食い気味だな。早く犯人捕まえて欲しいんかな)


 ピラニアみたいに食いつく睦月さんの了承を得て、僕はこの家を探索することに。

 警察に連絡しといてくださいとだ言い残し、家を探検する。


(これといっておかしな点はなさそう……って言っても、あったとしてもわかんないよね)


 三人がいない部屋の窓から外を眺める。すると突然、息ができなくなる。


(なんだ……? 何で息が……首が締められてるのか?)


 僕の首に、両手ががっしりとついている。


「ッ……が……」


 首を絞め上げる手を解くことはできず、どんどん意識は薄れる一方だ。もやしっ子で貧弱な僕は、振り払うとかできやしない。

 そして、プツンっとテレビの電源が消えたかのように、意識が途切れた。

 そして、


「――名探偵の坂巻さん! 助けてください!!」


 という声が再び耳に響く。


「はぁ。痛みは感じなくなってるけど、やっぱ死にたくないなぁ」


 二回目の始まりだ。

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