第2話 元カノ、再会!

大学生二年生、夏。

今後始まる就活がだるい。単位も全く足りていない。

やばいなぁという漠然とした焦燥感はあるが、この暑さで勉強なんてする気になれない。

つまらない人生になりそうな予感と、何となく大逆転が起きそうな根拠のない希望がせめぎ合い、汗と一緒に流れ落ちる。

高校受験だって大学受験だって、その先に明るい未来を想像できたから頑張れた。

でも就活なんて内定を貰っても、俺を待つのは労働だ。

理性は生きるためには当然だと言っているが、本能がそれを拒否している。

しかしそんな逃げ出したい環境を一変させる方法を、俺は一つだけ思い付いていた。


『やばい、出る場所間違えた! 東口改札前まであと数分掛かるかも』


メッセージを送信してから、東口改札前へと駆ける。

ごった返す人混みを縫うように走り、最短距離で進む。

俺、衣笠きぬがさはじめは焦っていた。

約束の時間まであと二分。

間違えて出た改札は南口で、普通に歩けば五分ほど要する距離だ。

しかし今日だけは絶対に遅れるわけにはいかない。

なにせ今から会う人は、初対面の女の子なのだから。

初めて使ったチャットアプリで、初めて出会う女の子。

そう、俺は今から彼女を作る。

彼女を作ればそれを励みになんだって頑張れるはずだ。

見知らぬ人とチャットできるアプリをインストールしてから一ヶ月。

元を辿れば全く違う理由で始めたアプリだが、一人だけやたらと仲良くなった女の子がいた。

話は実に盛り上がって、遂に会ってみることになったのだ。

約束の時間は十七時。

時計の秒針があと一周回れば、その時間になる。


「くそ、なんだって今日に限って出る場所間違えんだよ俺!」


自分の迂闊さを呪いながら駆けていると、ポケットのスマホがブルッと震えた。

急いで確認すると、会う予定のMさんからだ。


『急がなくていいよ、私も今着いたばかりだし!』


この類の言葉は本来なら男が掛けるものなのに、情けない。

優しさが心に沁みるがそれに甘えてはいけない。


『いや、もう着く! 今どんな格好してる?』


東口改札前に近付いたところで、俺はそうメッセージを送った。

顔写真も交換していないので、まずは服の特徴を訊くしかない。息切れしているのを何とか整えて、俺は辺りに視線を巡らす。


『黒のノースリーブに、ブラウンのスカート!』


──あれか!

大当たりだ。

柱巻の広告にもたれている、黒髪の女性。

顔こそよく見えないが、あのシルエットは俺の琴線に触れている予感がビンビンする。

スマホを片手に佇んでいるだけで、何人かの男がチラリチラリと視線を投げていること から、恐らく俺のセンサーは間違っていない。

気が早いかもしれないが、この胸の高鳴りは本物だ。

チャットアプリ、やってよかった。


「お待たせ!」


俺の声にMさんは顔を上げた。

吸い込まれるような大きな瞳と、ぱっちり目が合う。


「あっ、こんにち──は!?」


途中でMさんが仰け反った。

俺も、大きく仰け反った。

視線の先にはMさん。Mさんだったはずの人間体。

俺の脳裏に昨日友人から受けた忠告が過った。

──ネットの人と会うときは、最低限顔写真くらい交換しておいたら? だって、昔の知り合いかもしれないし。

......でも、だからって。


「元カノ来るとは思わないだろぉぉおお!?」

「こっちのセリフよ、アンタだったの!?」


こうして俺は、チャットアプリで元カノと再会した。

都会に似合わない蟬の鳴き声が、俺たちの再会を笑っているようだった。



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4月28日発売『この恋は元カノの提供でお送りします。』の試読版になります!

更新分はbookwalker試し読み機能で読める範囲のみになっておりますので、ご了承ください。

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