3-1 ハロー幼女


 ヒュウと冷風に背を撫でられ、固く結んでいた全身の筋肉は解かれていく。多少なりの痙攣けいれんを残しながら、唇やまぶた、指先の感覚達が戻っていく。


 麻酔直後のような微睡まどろみと、眼球の中で暴れ回る砂嵐。当たる筈のない手で前方をフラフラと押し退けながら、俺はゆっくりと立ち上がった。


「ア" ア" ア" ぁ"…………ッタマ痛ぇ、」


 喉奥で声帯の代わりにガラガラを振り、特に何も考えず感じた事だけをつぶやく。


「だいじょーぶですか、コウヤ?」


「おぅ、何とかな……ヒルメ、」


 視界に移った小さな手を握って、間違えようのない持ち主の名を呼ぶ。ゆっくりと笑みを転がしつつ、顔を上げ──……きる事はなく止まった。止まってしまった。



「……………~~~ッッっ、誰?」


 眉をひそめ口をゆがませ、仕上げに瞬きを数回。最後に呼吸が苦しくなった所で、ようやくその 2 文字を捻り出した。


 雪に舞う鶴のように か細い手足。

 何故か膝下まで延びている髪の毛。

 未曾有の地盤沈下を起し平野となった胸。

 ボロボロの服から溢れる人形のような肩。


 そして何より……先程まで有った俺との身長差が、そのまま逆転したかのような幼い身体。


 目の前に居たのは、そんなギリ 2 桁いってるかいってないか程の "幼女" だった。


「え?は?……ハ?!、ちょ、ゴメン待って、ちょっと一回 目ン玉交換するわ。アレ違う……耳?いや、ひょっとして脳か?」


 的を得ないトンチンカンで口を空回りさせながら、片目を隠したり後頭部を叩いたり、一度後ろを向いて振り返って奇声を上げてみたり。

 "幽霊を初めて見た人" と辞書を引けば出て来るであろう症状一覧を、俺は繰り返し再生する。

 こうなりゃショック療法じゃと叫び、頭を石に打ち付けた時、眼前の幼女はついに耐え切れなくなってケタケタと吹き出した。


「──っん、フフッ、アッハッハッハ……相変わらずおもしい反応してくれますねぇ……アナタは」


 年齢の齟齬なんかじゃもう隠しようのない既視感が吹き出すその美貌かおを、怪訝けげんそうに見つめて。

 ようやく諦めた俺は血の付いた石ころを、そこら辺へと投げ捨てた。


「説明お願いしまぁす……」


 力ないその声に彼女は少しだけニヤけると、校則を守れるくらいひざ下に伸びたスカートのポケットから、ボロボロになった付けひげと、グシャグシャになったグルグル眼鏡を装着した。


「では説明してしんぜませう!、なぜあの ぼんきゅっぼん がガリガリ君になってしまったのか。すちゃ!」


 自分で言うかよ。いやまぁ……あってるけどさ、


「原因は二つあります。まず一つ目、アナタにはったお札あったでしょう?、アレです」


「アレって、確か魔力?をシェアできる奴だったっけか」


「えぇその通り。しかし今回、貼った人が運悪く偶然タマタマさっきまで死にかけてた魔力がすってんてんの少年だったのです」


 あ、……


「しかも二つ目、本来すっごく貴重で繊細せんさいなハズのアイテムを食器棚の後ろに数年しまって忘れていた結果、湿気と風化でボロボロの粗悪品にしてしまいました!いや~紋様は残っていたから大丈夫だと思ったんですけどね~ナハハ、」


 バチが悪そうに頭を掻きながら、ごまかし笑いで茶を濁す幼女。多分反省してねぇなこの人、


「あ〜うん。何となく、何となくだけど……ホームレスの財布担保にしてギャンブル行ったら身ぐるみはがされた感じ?」


「はい、まぁまぁ正解です! もうちょい正確に言うと、足りない分の魔力お金をカラダで払わされたってワケです。よよよ~」


 二回り小さくなった身体と、本人には悪いが元の見た目よりしっくりくる口調での説明を、お嬢サマみたいな泣きマネで終えたヒルメ。

 無理している可能性も捨てきれやしないケド、多分違うと思う。この人ホントに気にしてないんだ。きっと、


 「さて――、」


 サイズが合わず取れかけていた小道具をポケットに仕舞って、[パン]と手を叩いて、こちらを一瞬だけ見つめて。

 桃色の長紐を取り出し、自身の膝まで伸びていた髪を結い始める彼女。


 その光景をただ、ボーッと、眺めて。


 ロリコンでいいかも、


 うっすらとだけ、頭のキーボードに叩き込んでは消した。


 

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