第60話 【0日目】ウルザイン邸

 ゴトゴトと音を立てて馬車が行く。

 本当にあって良かったと思う。こんな大きな馬車。


「もうちょっとリラックスしろよ。

 緊張しまくっているのが見え見えだぞ?」

「ああ、久しぶりの実家帰りで緊張はするんだが、君のお陰で正直それどころではない。

 君達をどう紹介しようかとそちらの方が不安で、それ以外はあまり考えられないんだ」


 そう言って疲れた表情を見せる。


「もう十分、話し合っただろう?

 俺とエルナとアカリは異国から漂着した外国人。

 沖合で座礁して、着の身着のままで小舟で海岸まで達したが、その小舟も転覆。

 上陸してさまよっていたところをフォルテン達に保護された。

 で、祖国では貴族階級になる俺達は、この機会にこちらの貴族に挨拶させて欲しいと同行させてもらった。

 ほら、これで問題ないだろ」


 俺の話を聞いて憮然とした表情になるフォルテンがじっと俺達を見てくるので、改めて自分の格好を見直してみた。


 動きやすさを意識した俺の服装は、クリーム色を基調とした軍服のような仕立てになっている。要所をヒゲカジと一緒に装飾したため、所謂いわゆるカッコイイ系に仕上げてある。

 更に頭にはターバンのように布を巻き付け、髪を隠す。大きく動いても外れないように、留め具は工夫している。


 アカリは黒い髪に合わせて黒基調のドレス。装飾は金糸を使い控え目に刺繍を入れ、しかし要所にはオリヒメ入魂のフリルレースを添えて。

 更に食事会で汚しても大丈夫なように、銀糸で飾られた黒い前掛けを垂らして、エプロンドレスのように仕立ててある。


 スケは今回、俺達の世話をする小姓、という役回りになっている。そのため俺達よりは簡素に仕上げている。清潔な白い生地のシンプルなシャツに濃緑のズボン、それに同色のチョッキと帽子。それぞれ、派手にならない程度に模様を入れている。


 そして問題はエルナ。瞳は俺と同じく護瞳晶ごどうしょうと呼ばれる神具を使って変えているが、彼女の場合はその他にワインレッドの髪、黒い角、そして象徴的な黒い翼を隠さなくてはならない。

 そこでまずは黒い角を隠すため、彼女の長い髪を上に向かい結い上げる。長さ十センチ以上ある角を覆い隠すために更に高く結い上げて、頭の上に山が載っているような髪型になっている。

 これにユイに特別に配合してもらった樹脂を塗って固めるのだ。この樹脂が濃茶色をしているため、髪の毛も茶色く見える。

 更に山の頂上部にティアラのような宝冠を被せ、そこから大きく布を垂らす。この布が二重になっており、この布で翼を挟み込んで隠すのだ。更に外側には薄衣を垂らし、装飾性を高めて違和感を和らげている。

 この、オリヒメとヒゲカジの知恵と技術の結晶により、エルナはかろうじて魔族としての象徴を隠しおおせている……はずだ。なにしろ手の込んでいるこの衣装は、手先の器用なスケか、もしくはアカリでないと、エルナに着せることができない。


 こんな感じでエルナは高さ二メートルを超える装いとなってしまい、馬車もそれに応じた大きなものを用意してもらったわけだが、なんとか間に合ってよかった。

 これであれば、異国情緒あふれる貴人ということで許してもらえないだろうか。


 足元に寝そべって欠伸をしているカクとその頭で寝ているハチを見ながら、フォルテンは彼の所感を呟いた。


「どう見ても珍妙な大道芸人にしか見えない」


 フォルテンの評価は酷いものだった。


***


 馬車はゆっくりと街道を移動し、二日ほどかけてウルザイン家の領地に入った。

 広大な所領の入り口にはウルザイン家の家紋のようなシンボルが刻まれ、衛士の誰何すいかを通り更に敷地内を馬車で行く。

 森林内を続く街道沿いは綺麗に手入れされており、人手をかけて整備されている様子が窺える。


 麗らかな日差しの下、かっぽかっぽと蹄の音を聞きながら、更に時間をかけて馬車が進んで行く。

 先方に森林が大きく開けている場所に小さな構造物が見え、近づくにつれてそれは高い壁に囲われた小さな城塞であることが分かった。


 その城壁は高さ数メートルにも及ぶ高いもので、壁上には巡回していると思しき兵士が数名見える。要所に塔が配置され、門扉の両脇には一際おおきな塔が屹立しており、その堅牢さを見せつけていた。

 さすがと言うべきか、門から塔に至るまで全て白系統の木材で建造されているように見える。石造りの西洋の城塞と比較すると、見た目はかなり軽く感じられた。


「わぁ……」


 初めて見る景色の為か、エルナが目を輝かせて外を見入っていた。

 電車に乗った小学生よろしく窓にかじりつきかねない勢いだ。

 見た目が中学生くらいのアカリは泰然としたものだが。


 門をくぐるが、それでもまだ館までは少し距離がある。

 前庭とも言うべき広大な敷地を馬車で行くと、一際大きく高い塔が二本立つのが見えた。これらの物々しい設備は、当施設の主が戦闘を念頭に置いて館を建造していることを想像させる。


 その塔の間を抜けてすぐに館が見え、ようやく到着した。


「おかえりなさいませ、フォルテン坊ちゃま」


 馬車が到着し扉が開くと、頭髪も白くなった初老の男が、恭しく挨拶をする。


「ただいま帰ったよ、ラツィット。

 そろそろ坊ちゃまは止めてくれないかな」


 フォルテンは苦笑しながら、車内にいる俺達を紹介してくれる。


「ユウ、彼がこの家の全ての使用人を管理している家令、ラツィットだ。

 有能な男だから、何かあったらまず相談してみてくれ。

 ラツィット、この方達が、事前に話をしておいた客人のユウと奥方エルナ、それにお嬢さんのアカリ、そして小姓のスケと犬のカクだ。

 未だ国交のない異国からの客だが、粗相のないようよろしく頼むよ」


 フォルテンのこの紹介と、俺達の奇抜な装束を見て目を白黒させるラツィット。


(坊ちゃま、未知の国からの漂流者であれば、他の貴族に合わせる前に国王陛下のご意向を伺い、かつ了承をいただく必要があるのでは)

(いいんだよ、ラツィット。これはそういう趣向の冗談なのだから。

 来賓の皆様には、土産の品にこの封書を入れて今回の趣向を明かす段取りなんだ)


 そう言いながら、白い封筒を取り出して渡す。

 ざっと目を通して溜息をついてから、フォルテンに対して苦言を呈する。


「坊ちゃま、このような悪ふざけは余り感心できませんぞ?」

「いいんだよ、私の名義で出した趣向であれば、傷つくのは私の風評。しかし私は所詮、この家を継ぐことがない者、問題ない。

 当家の名誉には傷はつかないさ。

 それよりも、使用人達には今回の披露目が終わるまでは信じて置いてもらってくれ。対応でばれてしまっては困るからな」


 そう言って俺達を邸内に導くフォルテンの後ろ姿を見ながら、やれやれとばかりに首を振るラツィットの気配を俺は感じていた。


***


「失礼いたします」


 フォルテンが慇懃に一礼をして部屋に入る。

 俺達も続きて足を踏み入れると、その豪華の一言に尽きる部屋の様子が目に飛び込んできた。


 床は落ち着いた黄色の敷布。足裏から伝わる柔らかい感触は、神樹の家の床でも感じた生の草の感触。

 窓に嵌められているのは、透明度の高いガラスのような板。透明度では神樹の家の方が上だろうが、とにかく部屋が大きい分、窓も大きい。解放感がある。

 部屋の内装は、重厚なダークブランを基調とした色合いで、日本で見かけた高級家具に引けを取らない艶があった。それが大きな窓からの採光で明るく彩られて、全体に重くなりすぎる雰囲気を抑制する。

 そして要所で金銀の装飾をあしらった内装は、格調高い、と評価しても差し支えないと思えた。


 その豪華な部屋の中央に三人の人影が居た。

 彼らがこの部屋の、そしてこの館の主人格ということなのだろう。


「父上、母上、伯母上。ただいま帰りました」


 フォルテンが三名に向かい頭を下げる。

 そして俺達を紹介した。


「こちらが先に連絡させていただいた通り、異国より参りました客人です。

 彼らはまず我が国の貴族と言葉を交わしたいという意向のため、私の演出による悪戯ということにして来賓扱いで同席させていただきたいと思います。

 これにより宮廷よりも先に我々が縁故を結ぶという当家の益がございます。

 このことは、家令ラツィットにも伏せましたため、漏れることはありません」


 フォルテンと同席して披露目の宴に参加するために、いささかややこしい手順を踏んだが、こういう体裁になっている。

 

「そのような胡乱な者を当家の客として迎えるのは、いささか礼を無視しているのではありませんか?」


 三名のうちの女性一名が、顔を顰めながら指摘する。

 先ほどのフォルテンの呼びかけた順から察するに、おそらく伯母と呼ばれた人だろう。

 俺は一歩足を踏み出し、腰を折って一礼してから語り始める。


「紹介を前に言葉を差し挟む無礼をお許し下さい。

 私は海の向こうのガンダーラという国から来ました、ユウと申します。

 祖国では至尊にかじずく身分に御座いますが、航海の途中で海難事故に遭い、この国の海岸に漂着したところをフォルテン様に助けて頂きました。

 この状況で貴国の王に拝謁を賜るには些かみすぼらしい現状。帰国して威儀を正してから改めて訪問させていただきたいと存じます。

 帰国した折にはこちらの様子を奏上したいと考えておりますが、その為に、この国の貴人の方々と言葉を交わしたいと考えました。

 何卒、今回はお目こぼし頂けないでしょうか」


 そう言って再び深々とお辞儀をすると共に、スケに合図をする。

 それを受けたスケから包みを受け取る。


「私の船が座礁してしまった関係で大したものは御座いませんが、まずはお近づきの印としてお納めいただきたく存じます」


 そう言って差し出したのは、オリヒメとアカリの合作である最上質の布。

 これを和のジャパニーズ意匠デザインで美しく染め上げた布地は、貴族とはいえそうそう入手できる品ではない。

 さらにヒゲカジにお願いした装飾具と一緒に渡す。


 先に否定的な表情をしていた伯母らしき人物の表情が和らぐのが分かった。


「確かに素晴らしい品です。貴殿達が異国の貴人であるというのも説得力がある。

 ですが、我々が貴賓の皆様への無礼を見過ごせるものではありません」


 三人の中で最も厳しい空気を纏っている女性が言う。

 そりゃ、そうだよな。

 そこで俺は、もう一つの贈り物を取り出した。


「実は、こちらもお渡ししたいと考えておりました。

 こちらは実用に足る品と考えておりますが、王に献上するよりも貴家の方がお役に立てるのではないでしょうか」


 そう言って掌の上に球を載せ、力を籠めた。

 一瞬でそれは弾け、虹色の炎を揺らめかしてから、すぐに消える。


「貴家は魔族を狩る御役目と聞いております。

 お見せした炎の球は威力はなきに等しいものですが、実用に供せられるものも持参しており、お渡しすることができます。

 こちらを解析し再現できましたら、必ずや魔族討伐にお役に立つと信じています」


 実は先ほど見せた炎はスケの幻炎であり、完全に詐欺行為だったりする。

 だが、持参した『実用に供せられるもの』というのはルーパスの庵の付近で発掘したメフルの爆薬であり、実際にこちらの技術では作り得ない物。これはフォルテンに確認してもらったから間違いないだろう。


 これはこの家の当主にとっては興味がある品のはずだが、どうか――?


「良いでしょう」


 先ほどの厳しそうな女性が即断する。

 そしてフォルテンに向かって話し始める。


「フォルテン。貴方が連れて来た客です、貴方が責任を持ちなさい。

 我々は彼らの素性は知らない。それで通します。

 もしも不首尾があり貴族や宮廷から何か問責があったら、貴方が命を賭して何とかしなさい」

「承知いたしました、母上」


 いきなり命を賭けろ宣言。しかも母親が、かよ。


「申し遅れました。

 こちらがウルザイン家当主のオティオーシ・ウルザイン。

 わたくしがイラーティア・ウルザインと申します。

 そして隣にいるのが私の姉、ヴィタ・ムエラ。

 以後、お見知りおきを」


 そう言って軽く会釈をした彼女は、物でも見るような冷たい視線で俺たちに退出を指示した。

 俺は一瞬目を細めて彼女を見遣り、そして静かに部屋を出て行った。

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