第49話 奉納祭

奉納祭は妖精樹の傍らにある広場にて開催される。

これは、この祭りは今を生きる妖精達が己の存在価値を誇り合う場であるとともに、皆を生んでくれた妖精樹へ自分達の成長の証を奉納し感謝を捧げるという意味を持つためだ。


妖精祭の一月も前になると、里の妖精達は浮足立ち、己が自慢の成果を、その腕を磨き高めることに余念がなくなる。

それと同時に、祭りに出す飲食や催しについての準備も怠らない。何しろ、この祭りにかける労力や財力を惜しむ者は、里の中で馬鹿にされ、笑い物になるのだ。

決してお隣さんに負けていられない。


「なるほど。それは楽しそうな催しだな。

 だが、なぜ人間の私がここで準備を手伝っているのか、理解に苦しむのだが……」

「まあそう言うない、みんなの勇者様。

 お前だってアカリのために協力は惜しまない、と言っただろ?」


いいように使われていると実感しているフォルテンは、この言葉には苦笑するしかない。遠慮と言う言葉を知らないこの魔人相手には敵わないのだ。


「まあ、いいさ。滅多にない機会だ、せいぜい楽しませてもらうよ。

 ほら、頼まれていた品だ。街で手に入る、日持ちがする晴れの日向けのご馳走。

 これだけあれば十分だろう」


そう言って、勇者一行が運んで来た大きな荷物を差し出してくれた。

中をチラ見する。おお、旨そうな食材の数々。


「本当に大変な準備でした……」

「あはは、でもあたしは楽しかったなぁ。初めてだよ、あんなの!」


頬に手を当てて溜息をつくオティリス治癒師と、本当に楽しそうに笑みを零すプリーツィア女戦士

いや本当に悪いとは思っているんだって。奉納祭の出し物にガッツリ巻き込んでしまったことに。


「お蔭様でアカリも一緒に練習できたし、本当に感謝しているんだよ」


そう言ってアカリの頭をくしゃりと撫でる。

それに応えるように、ぐ、と俺のズボンを握りしめる。


「そうですね、アカリちゃんがあそこまで一緒に出来ると知って、私も良かったと思います」


いつもアカリを気にかけてくれるオティリスが苦笑を浮かべた。


「練習が大変だったのはフォルテンさん達だけじゃないよ~」

「あはは、本当、練習大変だったね。特にスケは!」


げんなりしている本日の主役のスケ。

プリーツィアと一緒に楽しそうに練習をしていたエルナは朗らかに慰労の言葉を送っている。


「ああ、皆の協力があっての今日の祭りだからな。本当にありがとうな。

 そしてこれから祭りの準備を続けるのだが、手伝ってくれるよな、フォルテン?」

「え! まだ私達を使うつもりなのか!?」

「まあまあ、そう無粋なことを言うものではないよ」


にやあ、と笑う俺に対して、胡乱な目を向けるフォルテン達ではあったが、ここまで来て拒否できる者達でなかったのが運の尽きであった。


***


「ヒゲカジよ、お前ンとこのアレ、今年は奉納会に出るんだって?

 一体、何を捧げられるってンだよ?」

「ははは、まあ見とれって。ワシの成果も一緒に奉納するぞい。

 楽しみに待っていていろよ」


「オリヒメさん、アナタのとこの息子さんが、今年は出場されるとか?

 ずっと気にされていたもの、良かったですねぇ!

 さぞかし素晴らしい成果を出されたのでしょう? 楽しみにしてますわ!」

「ありがとうございます。えぇ、それはもう、ご期待に添えると思っております。

 私もスケ……ホムラちゃんの衣装を作って奉納しますのですよぉ」


賑賑にぎにぎしい雰囲気の中、里を出て行った妖精が戻ってきて成果を奉納するという噂が瞬く間に里中に広がった。

好奇の思いに若干の悪意のスパイスを振りかけて拡散された噂は、徐々にスパイス悪意が重ね塗りをされて強力な刺激を周囲に振りまかれ、再拡散される。

広くもない里の妖精の間で噂が二巡、三巡する頃には、完全にスケをどうおとしめようかという話題にすり変わっていた。

そんな中でも、流石にオリヒメやヒゲカジを相手に当てこする者はおらず、大体が遠回しに、あるいは間接的に自らの好奇を、悪意をぶつけてくる。


それでも、オリヒメもヒゲカジも、平静を保つことができた。

何故なら二人ともスケが何をするつもりなのかを知っており、また奉納の練習を見ており、更に自分達もそれを手伝うからだ。


そんな泰然とした二人を見て、群衆はいやおうでも好奇心をより高ぶらせて待つ。彼等の出番を。


やがて日も傾き、妖精達の祭りは幕を開く。


里長の開会の辞をうずうずとしながら待つ妖精達。

何分、成体と言えども子供っぽい気質の抜けない、良く言えば純粋、悪く言えば己の感情に忠実な生き物である。端から見ていても、そわそわが隠しきれていない。


そして里長の「それでは諸君、楽しんでくれ!」の一言で、年甲斐などなんのその、皆が皆、用意されたご馳走に向け走り出す。


「お~、すげぇ、今年はいつもよりも立派な食べ物が並んでいるよ!」

「なんだろうこれ、見たことがない食べ物! 森の果物じゃない食材もあるよ?」

「なんだこの焼いた塊肉は!? しょっぺ、でもうんめぇ!

 え? 魔王謹製の肉料理ベーコン? なんじゃそら?」


あちこちで例年を遥かに上回る歓声が上がる。


「あ~、皆さん!

 今年は、魔王さんの森と、それから人間の街の方から、特別客ゲストが参加されております。

 いま皆が食べている料理は、その特別客ゲストからの頂きものです!」


里長が声を張り上げ、参加者の名前を読み上げるが、誰も聞いちゃいない。

そしてその里長も、読み上げるという仕事を終えたら自分も駆けだして皆の輪に入って大いに騒いでいる。

自由に、闊達に、思い思いに楽しむ。それが妖精。


参加者の腹も落ち着いて来た頃合いに、奉納会が始まる。

奉納会とは、里の妖精達の、この一年で自信の一品、もしくは一芸を皆に披露し、そして自慢するというショー。それを生みの親である妖精樹に捧げる会。

一応、任意参加であるが、成体も幼体卒業組も漏れなく全員参加する。


織場で働く織子ならば自慢の布地や衣装を。

工芸品の工房で働く職人ならば自信作の家具などを皆に見せつけながら紹介自慢する。

家事の恩恵ギフトを受けた者ならば舞台にわざわざ荒れた部屋を再現、瞬く間に整理整頓する。


自分の価値を披露するための準備には手間暇を惜しまないのだ。

そしてそれを見て、賞賛とも野次ともつかない声が観客からかかる。

採点者はいない。皆が採点者だから。

次の日から、短くない冬が終わるまで、ずぅっとこの日の出来事を皆で語り合い、称え合い、罵り合うのだから。

だから出す方も、見る方も、真剣そのものなのだ。


「はぁっ!!」


舞台では、イシナゲが舞台の端に置かれた標的を気合一閃、一投で何個もの礫を飛ばし標的を射抜くという熟練の芸を見せつけていた。


歓声を受けながら、成功してちょっと胸を撫で下ろしながら舞台から去るイシナゲ。

かなり高めの難易度で設定し、成功できてよかった。

ちょっとでも無理をしたい。何故なら、次はあのノウナシスケの出番なのだから。


既に夜闇が降りる頃合いで周囲は暗がりに転じている。

一抱えほどもある、柔らかい光を放つ照明植物である月の実が会場のそこかしこに設えて在り、会場全体が白く優しい光で包まれていた。


舞台には特にたくさんの月の実が整然と飾られていて、幻想的な月の光に満たされているようだった。


一年を通して最も賑やかな祭り、その最後の一幕。

無理を言ってお願いして用意してもらった枠は、ホムラことスケと、オリヒメ、ヒゲオジ、それからゲスト達が合同で奉納する。

皆の関心と興味を一手に担っている、恐ろしいほどに注目された一幕。


それが今、始まる。


舞台の上、端から端まで張られた白い幕。

その奥から着飾った演者スケが現れた。


オリヒメの手による派手な衣装を着たスケは、皆を前にして深々と頭を下げる。

何をする気だと、皆は静まり返り注目する。


最初は手拍子から。

ゆったりとした手拍子が夜の静寂しじまに木霊して消えて行く。


何回目かの手拍子で、スケの手に炎が灯る。

オレンジ色の優しい灯火。


片足を上げ、勢いをつけて踏み下ろす。


カツーン。


澄んだ硬質の音が観客席に響き渡る。

木の舞台にも関わらず、まるで金属同士を打ち鳴らしたかのような、鋭い音。


この音を合図にしたように、スケは両足を激しく踏み鳴らすタップ

足を床に踏みつける高速拍子リズムに伴い鳴り響く音の舞踏。

リズミカルに刻まれる音に合わせて虹色の炎の玉が宙を舞う。

夜空に映える炎のジャグリングの美しさに観衆からは溜息が漏れた。


タップダンスとジャグリング。

ユウが持っていた知識をベースに、スケの恩恵ギフトで理解、発展させて練習した成果をいま、過去に彼を愚弄した者達へ見せつけている。

幻炎で魅せる虹色の炎に、幻音で奏でる足踏タップの響き。そして今まで意識したこともなかった舞踏の才能。


正確にリズムを刻みながら、スケはユウの言葉を思い出す。

ユウが言っていた。ボクの力は「人を楽しませるエンターテイナーの恩恵ギフト」なのだと。


みんな見ているか。

これがボクだ。ボクの能力ちからだ。どうだ!


カツーン。


最後の音が静寂に響き渡り、彼の奉納舞踏は完成する。

想定外の成り行きに声を失う観衆。


しかし、これで終わりではない。


その彼らの眼前で、ぱさりと音を立てて白い布が落とされた。

その向こう側には、横長の机の上に並べられた多種多様な金属と、ずらりと並ぶ特別客ゲスト達、そしてヒゲカジとオリヒメ。

皆がオリヒメの傑作である揃いの夜会服で着飾り、異種族でありながらも統一感を見せつけた。


すぃ、と夜闇を体現したような黒髪の少女が、目の前の金属片を持ち、天に掲げる。


キィーン。


先ほどの金属タップ音とは異なる、透き通るように響く音色。

この音を皮切りに、並ぶ皆が順繰りに金属片――大小様々のベルを持ち換えて鳴り響かせる。伴奏は幻音を使いスケが奏でる。


ハンドベル。ユウに言われて試行錯誤し作り上げた、ヒゲカジの渾身の品。

そのハンドベルの音に合わせて響く、甲高い鳥のさえずりの歌声。

音楽に合わせてハチの透き通る歌声が夜空に響く。


舞台の前方ではスケの幻炎が音に合わせて形を変え、色を変え、弾けて消える。

夜の暗闇の中で演じられる炎の舞踊、光の芸術。


夜闇に浮かぶ月の下、多層的に響き渡る小鐘ハンドベルの音色。

それを幻音による伴奏と幻炎の演芸パフォーマンスで演奏全体を支え価値を高める。

伴奏のリズムに乗りアカリが正確に刻むベルの音色が響き渡る。

その音にかれるようにユウ達魔族とフォルテン達人間、それに妖精も共演し、多様な種族同士が同じ拍子リズム小鐘ハンドベルを振り澄んだ金属音を響かせ、幻想的な音楽を造り上げる。


一人で踊るだけではない。一人で魅せるだけではない。

自分の素晴らしい仲間達と共に、皆に魅せつけることだってできる。今のボクには、こんなに素敵な友達が居るのだ。


どんなものだ、ざまあみろ!!


清らかな音と光に酔いしれた観客たちは、いつしか魅入られたように舞台に向かい野次の一つも上げることを忘れていた。


やがて来る終焉。


観客はその時に気づかずに、しばらくは夜の静寂がその場を支配した。

最初の一人が我に返り掌が赤くなるまで打ちならし始める、その時まで。


***


「よかったな、おい! これでいつでも胸を張って帰ってこれるぞい!」

「えぇ、えぇ、本当に良かったわぁ! 本当に、いつでも帰っていらっしゃい!」


スケ、ヒゲカジ、オリヒメ。

全員が泣きながら抱き合う姿を見ていて、いささか暑苦しいと思う俺だが、これを言ってしまってはいけないのだろう。


「アカリ、あれが親子ってもんだぞ。

 親は子を思い、子は親を思う。互いに思い合う絆こそ、親子というものだ」


折角なので、アカリに親子の姿を見せつけて置く。

アカリは何を思うのか、じっとその姿を見入っている。


そんな中、妖精達有志による音楽が奏で始められた。

こちらの世界の音楽は初めてになるが、弦楽器による割とアップテンポな曲。

祭りの最後に相応しい、陽気な音楽だ。


「本日は本当にありがとうございました」


そんな言葉と共に、ようやく泣き合うのを終わらせたヒゲカジとオリヒメが挨拶に来た。なんでも、これから皆、疲れ果てて寝てしまうまで、踊り明かすらしい。


「何か御用などございましたら、必ずお声がけください。

 私もヒゲカジも、必ずやお役に立って見せますので」


それをくどいほど念押しした後、二人は腕を組んで踊りに行ってしまった。

仲の良いことで。


広場を見てみると、既に数多くの妖精達が踊りを堪能している。

スケなどは、掌を返されたように、同期を初めとして様々な妖精から一緒に踊ってほしいと誘われ、目を白黒している。

先のイシナゲなども誘っているな。これでわだかまりが少しでもほどければ良いが。


「お嬢さん、私達も踊りませんか?」

「あら、ありがとうございます。喜んでお受け致しますわ」


フォルテンがオティリスの手を取り、中央で踊り始めた。


「いいね、あたし達も踊ろう! 相手してよ!」

「わかった、わかった。わかったから、そう手を引っ張るな!」


続いてプリーツィアがシュテイナの手を引っ張って参戦して行く。


「それでは魔族のお嬢さん、わたしと共に踊っていただけませんか?」

「え! あたし!? あたしなんかでいいの!?」


勇敢にもエルナを誘うジャレコ。エルナは驚きつつも、満更でもなさそうに踊りの輪の中に溶け込んで行く。

おお、ついに魔族に声をかける人間まで現れるとは。なかなかな進歩だ。


俺はくすりと笑って、隣に居る小さな淑女に向かい腰を折る。


「お嬢さん、俺と一緒に踊っていただけませんか?」


相変わらずの能面のような無表情だが、目に煌めきが走る。

最近、ようやく少し分かってきた。これは興味津々の目だ。


無表情ながらも刻むステップは正確無比のアカリを相手に、くるくると回りながら踊り続ける。

その楽しい時間は、夜闇に浮かぶ月が天頂を過ぎてもなお、いつまでも続けられた。

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