第三章 森の生活

自称勇者

第42話 新しい家

薄暗く見通しの悪い周囲に気遣い、そろそろと歩を進める。

ひんやりとした空気を吸い込みながら、アカリの手を握り、慎重に周囲を覗った。


見慣れたはずの景色、姿を現さない相手。

いつにない緊張、口渇を感じて唾を飲み込む。

やはり、まずかっただろうか。


扉を開け、やはり薄暗い広場に出て、アカリの手を引き、歩を進めようとして――


「あら、随分と遅い帰りじゃない」

「ひっ!」


突然、目の前に現れる、この家の主。


「あ……ユイさん、ご無沙汰しております……。

連絡できておらず、誠に申し訳ない……」


しどろもどろに、言い訳がましく言葉を紡いでみるが、我ながら内容がない。

ぴく、と相手の眉尻が少し動いた。


「へえ、何も連絡を寄越さなかったことを、少しは自覚しているんだ?

それで、いきなり帰ってきたと思えば、今度は子連れですか?

一体、どこで何をなさっていたのかしら?」


笑みを思わせる、緩いカーブを描く目。薄く開いて中から除く瞳は、まったく笑っていない。

やばい、めっちゃ怒ってる。


「やぁ……ごめん、でも、これには深い訳があって、だね……

まあ、でもいろいろ話せばわかると思うんだよ、土産話にもなるし」

「問答無用!」


硬質な、何かを強く打つような音が轟き、視界が白く染まる。

ああ……やっぱりこうなったか……


身体を雷のような衝撃が貫き、身体の力が抜け倒れ込む俺は、目を見開き驚いているアカリを見て、この子には被害を及ぼさずに気にしてくれたユイに感謝しながら暗闇に落ちて行く――


***


「……大体、分かったわ」


神樹の前に正座させられ、ここまでの経緯を報告して、ようやく納得してもらえた。

ユイは神樹の前で空気椅子をしながら足を組んでいる。精神体だから為せる技ではあるが、見た目はシュールかつちょっと面白い。


「まぁ、貴方が無事であったので、良かったと言うことにしましょう。

だけど、今度からはもう少し早く戻ってきて頂戴ね」


そう言ってから、すぃ、とユイの姿がフェードアウトする。

後ろを見ると、円卓の椅子に座っているアカリの側に、ユイが現れていた。


「この子が、その拾ってきた子ね」


そう言いながら、アカリの目をじっと見るユイ。

じっと見る……いつまで?


「ユイ、どうかしたのか?」


いつまでも凝視し続けるユイ。

その理由を問うてみたが、返事がない。


「……いえ、なんでもないわ」


やがて、頭を軽く振り、こちらを向く。

……いや、何でもないって。


「なんでもないわけないだろう?

それだけ見ていたんだ、何か気になることがあったんだろ?」


そう聞くが、ユイは小首を傾げて、溜息をつく。


「いえ、何か、普通の人間て、想像していたのと違うなぁ、と思ってね。

でも、そういうものなら、そうなのでしょう。

これも新しい知識だと思っておくわ」


彼女自身にも、どこに違和感があるのかが、良く分からないようだ。


「それで、これからどうするの?

この子と一緒に、この家に住みたい、という話かしら?」


さて、本題に来た。

俺は、自分の考えをユイに話し始めた。

うまく納得してくれれば良いのだが、と願いながら。


***


「せりゃっ!」


伐り取ったばかりの角材を肩に乗せる。


もはやどんな便利資材が生えていても驚かないが、やはりというべきか、森を探索したところ、加工にも使用にも耐久性にも便利な木材が、ホームセンターで陳列されているかのような状態で入手できるという幸運に恵まれた。

いや、どんな幸運だ。


板だってある。なんと、釘だってあるのだ。森の中を探索していて発見した、一見すると巨大なサボテンであるその木からは、大小様々な棘が生えており、つまむとポロリと抜ける。

この棘は、いくつか抜いて確認したところ、太さや長さは一定の規則があるようで、集めてみると五寸釘のような長大なものから画鋲のように小さなものまで、様々な種類の釘が揃えられる。

そして当然、釘なのだから硬い。鉄のように硬い。

その他にも、「ダボ」らしきものも見つけた。木製のピンのようなもので、二つの木材を繋ぎ合わせる役割を果たす。これも、樹の枝から生えていたのをつまむと、ぽろっと取れて、様々な長さ、太さのものを揃えることができた。


接着剤は、妖精から聞いて、入手場所や取り扱い方法はばっちり。

ロープやワイヤーの代わりとなる複数種類の蔦も刈り取った。


これら、大量に生えている森の規格品を収集することで、建築に必要な資材を整えることができたのだ。

さて、俺とアカリが住むための家を、これからつくるとしますか!


――そんな風に意気込んでいたのは、昼過ぎ頃であったか。

もう夕暮れに近い頃合いだが、バラされた部材を前に、にらめっこを続けている。


「どうしたの?

そんなところで二人して並んで、板を目の前に難しい顔をして」


ばさり、と音を立てて、エルナがすぐ側に降り立ち、俺と、その隣にちょこんと正座をして同じように板を見詰めるアカリとを交互に見遣る。


アカリは、基本的に自分から自発的に行動しない。

けれど、何も言わない限り、基本的には俺について回っている。

そして、言えば、単純な事ならば手伝ってくれるのだ。


あと、地べたに座る際には、なぜか正座をする。

俺が神樹の家で正座をした際に覚えたようで、そしてその座り方が気に入ったらしい。

ちゃんと教えたわけでもないのに背筋を伸ばし、えらく姿勢正しく、美しい正座姿をして俺の隣に座る。

そんなわけで、板を前に悩んでいる俺の隣で、アカリはちんまりと正座している。


それはともかく、俺は板を見詰めたまま、ここに俺が座り込んでいる理由をエルナに話した。


「いや……この板きれに、どうやって穴を空けようかと悩んでいて。

森の中を探索してみたけど、板に穴を空けるのに都合の良い道具が見つからない。

妖精の里にあるかも、とも思ったけど、チビスケ妖精にそれとなく聞いてみたら、かなり嫌そうな顔をしていたから、頼みづらくてさ」

「へえ、どれくらいの大きさの穴なの?」

「このダボを通すための穴なんだけど……エルナ?」


指先でつまんだダボを受け取り、しげしげと見ていたエルナは、おもむろに足元に転がっていた木片をひろいあげて、人差し指で突く。

エルナの人差し指は、そのままずぶずぶと木片に沈み込んで行き、やがて反対側からエルナの指先が見えるまで止まらなかった。


「こんな感じ?」


そう言って放り投げられた木片は、綺麗に貫通した穴が開けられていて、向こう側まで見通すことができた。


え?

なに、魔人電動ドリル?

え?え?


ぽかーん、とエルナの顔を見るしかできない俺に、彼女は苦笑する。


「あれ?穴のサイズが合ってなかった?

もうちょっとくらいなら調整できるよ?」


その言葉を聞いて、慌ててダボをはめてみると、おおよそ同じサイズ。

用意した接着剤を使えば、これで事足りるような気がする。


「ありがとう、エルナ!とても良い感じだよ。

いっぱい穴を空けなければならないんだけど、手伝ってもらってもいいか?」


そう聞くと、エルナは嬉しそうに笑って頷いた。


***


「みんな、手伝ってくれてありがとうな!」


新築のリビングで、テーブルに所狭しと料理が並べてあり、エルナや妖精達の前には飲物を用意してある。

そう、いわゆる新築祝いというものを、いま開こうとしていた。


新しい家。

樹上に構築した、いわゆるツリーハウス。

なぜわざわざ樹の上に作るのか?

昔からやってみたかったんだよね!それだけ!


建材はタダで取り放題。長さも丈夫さも問題ない。

組み立てる際は、俺自身が並外れた身体スペックがあり、エルナや妖精、蜂鳥も手伝ってくれた。老犬は、尻尾で応援してくれた。

更に、様子を見に来たルーパスまで巻き込み、しかも以外に好奇心旺盛な魔王と共謀して再設計を繰り返していたら、気が付いたら四LDKにまで成長。

完全に二人で住むサイズではない。


いつの間にやら妖精や老犬、蜂鳥なんかもここに住み込むことになっており、当然のようにエルナ用の分室も用意され、更にルーパスも遊びに来られるような一室までいつの間にか追加され。

正に魔改造されたツリーハウスは、身の丈二メートルを超す人狼魔王の滞在にも耐えうるサイズと強度を誇った。


こんな真似ができるのも、建材が取り放題であり人的資源エルナとルーパスが潤沢であるだけでなく、建築するベースとなる樹がとんでもなく立派であり枝も広さも申し分なかったためでもある。


エルナとルーパスだけでない、皆で力を合わせて作った新居。

そんなわけで、今、宴会を辞退したルーパスを除く全員で卓を囲み、新築祝いをしているところだった。


「ユウがこっちに住んでくれるのは嬉しいけど、元々住んでいた家は良かったの?あっちにも待っている人がいるんでしょ?」


神樹の家のことは、肝心なところはぼかしつつも皆に伝えてある。

その上で、ここ第三魔王の森に居を構えると宣言したことを、妖精が心配してくれているのだ。


「もちろん、あっちのことも忘れているわけではないよ。

だけど、あの家は完全に孤立しているから、アカリを育てるには不向きだと思ったんだ。だから、この間は、これまでの報告を兼ねて帰宅して、相談してみた」


この話をユイに切り出した時のことを思い出して、少し胃が重くなる。


勝手に出て行って、瀕死の状態で帰ってきて、引き留めるのを聞かずにまた出奔して、長らく音信不通で、ようやく戻ってきたと思ったら、今度は別の場所で暮らすと言う。

ほんと、逆の立場であったなら、絶交していてもおかしくないと思う。


それでも、アカリを育てるためには、ユイの家の静謐な環境ではなく、エルナや妖精のいる、活動的な森の環境の方が好もしい、と思ったのだ。

だけど、ユイには散々お世話になった訳だし、迷惑もかけたし。彼女に後ろ足で砂をかけるような真似はしたくない。それに、彼女とはまだつながっていたい。

ああ、どうしよう……。


そんな考えをずっとループさせていた俺は、正直、シーニスに対するよりも、ユイと対峙した時の方が恐ろしかった。

そんな俺の様子を半眼で眺めているユイだったが、最後には、いつもの調子で、好きになさい、と言ってくれたのだ。


本当に、彼女には頭が上がらないわ……


「……そんなわけで、この子が大きくなるまでは、ひとまずこの森に住まわせてもらいたいと思うんだ。

ただ、この子には、いずれ広い世界も見せてあげたいと思う」


そう言って、アカリの頭の上にぽん、と手を置く。

そして、エルナ、妖精、老犬、蜂鳥を順に見る。


「だから、またふらっと出かけたりもすると思うけど、またいずれここに帰ってくる。

何も言わずにいなくなるような不義理は、もうするつもりはない。

こんなふらふらした男だけど、これからもよろしくな」


そう言って、俺は頭を下げた。

エルナを始め、皆は笑顔でそれを受け入れてくれる。


「あたし達も、アカリちゃんを育てるのに、いっぱい力を貸すからね!

何でも言ってね!」

「ボクも、協力するよ!遠慮しないでね、絶対言ってね!」

「……」

「オレ様も、そのコに話しかたってヤツをおしえてやるよ!」


一人だけ黙って肉をかじって、尻尾で応じている横着者がいるが、みんな気がいい奴らばかりだ。

こんな友達から目を背けて、闇落ちしていた時期の自分が恥ずかしい。


「俺も、皆に力になれることがあれば、なんでも言ってくれ。

こんなに良くしてくれて、本当に俺は嬉しい」


そう言ってから、妖精達の方を向く。

かねてから考えていたことを、口にする。


「そこで、だ。

妖精に老犬に蜂鳥。

いつまでもこんな呼び方は嫌だし、とは言っても、皆が言っているチビスケ、オイボレ、それにチビドリだのブンブンだのって呼び方も、はっきり言って嫌だ。

だからさ、俺に名前を付けさせてくれないか?」


それを聞いて、妖精がびっくりした顔をする。


「名前?ボクの?でもボク強くないよ?」

「いや、本来、名前って強いから付けてもらうものではないから。

相手が自分にとって特別だから、つけるものだから。

とりあえず、ここにいる六人で呼び合えばいいと思うんだけど、貰ってくれるか?」


目を瞬いたあと、コクコクと頷く妖精。

さて、それでは。


「妖精は、チビスケって呼ばれていたから、そこから貰ってスケ。

老犬は、喋り方が堅いから、カク。

蜂鳥は、その名前から貰ってハチ。

これは、俺の元いた世界で、昔の偉い人達から貰った名前なのだけれど、どうだろうか?」


若干、ネタが入っているのは気にしてはいけない。


「スケ……」


そう呟いてから、妖精、改めスケさんはニコリと満面の笑顔を浮かべて、「ありがとう!」と言ってくれる。

老犬、改めカクさんは、肉を齧りながら、尻尾をゆったり、大きくぱたぱたと振っている。喜んでくれている……で、いいのだろうか。

蜂鳥、改めハチも、満更ではない様子で、飛び跳ねていた。

そんな皆の様子を、エルナは微笑まし気に眺めている。


受け入れてもらえたようで、何よりだ。


こうして、新しい名前と言う贈り物に気を良くした皆は、大騒ぎしながら新築祝いを楽しんだ。

こうやって気持ちのいい仲間と暮らしていく生活。

俺とアカリの前途も、悪くないもののように思えてきた。


***


ユウ達が新築祝いと称して大騒ぎしている時刻、別の場所。

薄暗がりで、黙々と身支度をする数名の者達。

逸早く準備を整えたのか、長身の男が身を起こして問いかける。


「なあ、フォルテン、本当にこの人数で行くのか?

本来は軍を率いて行く規模の話だろう?」


話しかけられた男は、入念にマントを確認しつつ答える。


「最近、コヴァニエの砦が陥落したばかりで、兵数も十分でない。

そもそも、第三魔王領に侵攻などしたら、どれほどの被害になるかなど、想像することもできない、だろう?

ならば、我々だけで潜入し、目的を果たす。

こないだの砦が落ちたことによる、後始末をつけないといけないんだよ。

命を賭けるだけの価値がある作戦さ、分かってくれ」


問いを投げかけた長身の男は肩をすくめ、すとんと腰を落とす。

最初から回答は分かっていたかのように。


ようやくマントの確認に納得したのか、答えた側の男は顔を上げた。

精悍な顔にかかる赤みがかった金色の髪を無造作にかき上げて、人懐こい魅力的な笑顔をして言った。


「そう、心配するなよ。この気配を消す外套を使えば、潜入し密やかに目的を遂げることだってできるさ。

俺だって、伊達に勇者を名乗っているわけではないことを、証明してみせるよ」

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