そして去る日は来て

 荷物はさほど多くない。秋風が冷たくなる頃だ。リュックを持ち、旅装の私は神殿の前に再び立っていた。 


 クラリスとダントンが見送りに来てくれた。二人ともしんみりとしている。いつも陽気なダントンすら寂しい顔だ。


「闘神官に未練ないのか?メアのところ寄っていくんだろ?」   


「未練が無いとは言えないけどね。事情がいろいろあるのよ。メアに会っていくわ」


 私は詳しく言うことは避けて、そう曖昧に答えた。

 

「オレも時期を見て、メアの所へ行くと伝えといてくれよな」


 ダントンはすぐにメアの所へ行こうとしたが、今はまだダメだと言われたらしい。私になにか話したいことがあるらしい。


「うん。顔出してから帰る。二人とも、ありがとうね」


 クラリスはなにか言いたげにモゴモゴと口を動かしたが、首を横に振ってから言う。


「たまに王都に遊びに来い。お茶用意しとく」


「なんか、最後って感じがしねーなー!また一緒にメシ食おーぜ!」

 

 私は頷いた。それくらいなら師匠も許してくれるだろう。

 別れの雰囲気とは逆に街は戴冠式を控えて賑やかだった。明るい晴れやかな人々の声がする。


「じゃあ、またね!」


 またなー!と手を振る。私は振り返らずに歩く。帰りはのんびり帰ろう。ヤギのユキちゃんや牛のモモちゃんの世話をしてくれてるリンドール夫妻にもお土産を買う。


 これから冬になるから、家で楽しめる物を考えた。口の中に入れると溶ける甘い砂糖菓子やココアなど喜ばれそうだ。

 

 焼き栗を買って、食べながら行こう。お昼用のサンドイッチも買った。歩くとメアと行った雑貨屋、カフェ、服屋さんなどが見えた。


「旅人さん?いつまでいるんだい?戴冠式が1ヶ月後にあるから、またおいでよ」


 フルーツを買うと、そう露店のおばちゃんに言われた。


「お祭りになるの?」


 おばちゃんは陽気に私の問いに答える。


「あったりまえじゃないかい!花火も上がるから見においでー!」


 花火かと呟く。綺麗だったなぁ。キサと見た花火をふと思い出す。


 そして新王を心待ちにし、期待を込める人々の姿を目の当たりにし、これが国中に広がっているのかと……キサが背負う責任の重さを感じた。


 別れの挨拶をキサやアイリーンにはできなかった。


 王都の門をくぐる。闘神官になるぞー!とワクワクしながらくぐった時とは違う気持ち。


 でも今は王都にいたくなかった。


 師匠にはそのことがバレていたのかもしれない。


 私の中である変化が今、起こっているが、気づいているのだろうか?


「やれやれ……けっきょく、最後まで師匠の手の内で踊って終わるのかなぁ」


 私は一人で呟いた。


 こうやって山に帰ることも想定内だったんだろうな。


 メアに会うためにカシュー地方の乗合馬車に乗って行く。小さくなっていく、遠ざかる王都を馬車から眺める。ガタガタと音をたてて進んでいく。


 眠くて眠くて我慢できず、うたた寝した。


 夜は眠れない……。


 屋敷に着くとベルが嬉しそうに出迎えてくれた。シェイラ様も一緒にいたことに少し驚く。


「あら?わたくしがここにいないと思った?温室のことが気になって王都からすぐ帰ってきてしまったわ。王宮にも温室を作ってくれると言ったのだけれど、わたくしすっかり気に入っちゃったのよ」


 ベルがハーブのお茶を淹れてきてくれた。優しくて落ち着く香りがする。


「良いところですから、わかります。メアを快く引き受けて下さり、ありがとうございました」


「良いのよ。すこしずつ元気にはなってるけれど、まだ立ち上がる力は無くて、ベットからは出れないわ。そして腕の傷を治さないで欲しいと言うのよ」


「え…?なぜ?」


 多少、深い傷でも高位の回復の術を使えば綺麗に治せる。あの場では簡易に治した程度だっただろうが、術をかけれる者は神殿にも王宮にもいる。


「罪を消さずにいたいそうよ。まぁ、会ってちょうだい」


 ハイ……と言って、私は立ち上がる。


 シェイラ様が後ろから追うように話しかけてきた。


「それで、ミラはもう王都に帰らないのね?キサには会ってきたの?」


 思わず振り返る。そんな質問されるとは思わなかった。


「いいえ。もともと王宮に入れる身分ではないですし、それに今は戴冠式前で、とても忙しいだろうから……」


「身分ですって?そんなもの貴方ならどうにでもできるでしょう?貴族の称号などなくてもパル=ウォール大神官長とアリスン=ウォールの娘ならね」


 少し茶目っ気を入れつつ、笑って言うシェイラ様。


「本当の娘では無いですよ」


 私は苦笑した。


 二人の名声を最近まで知らなかった。


 ずっと一緒にいたのに鈍いにもほどがあった。


「あらっ?それを聞いたらアリスンが怒るわよ。わたくしにキサとミラの関係はどうなってるの!?とかなりしつこく聞いてきましたもの。可愛いミラをお嫁にはやりたくない!とまで言うから困ってしまうわ」


 想像がついて頬に一筋の汗が流れた。嫁とか飛躍しすぎである。


 そしてアリスンは私を溺愛していて、師匠が甘やかしすぎと表現するのもわからなくもない。


「アリスンが心配することも無いし、敵の目を欺くためにキサと恋人のフリをしていただけですから!」

 

 そんなに甘い関係じゃなかったが、見事、周囲は勘違いしてくれたわけだ。


 シェイラ様は残念そうに頬に手をやって言う。


「わたくしはアリスンの娘とキサが結婚してくれたら、アリスンと親戚になれて楽しそうだからミラ推しということを忘れないでね。ふふふ。マリアとアリスンとこの話で盛り上がりたいわ〜」


 頑張って!と謎の応援をしてくる。私の話、聞いてたかな?恋人のフリしてたって言ったよね?

 

 ベルがこちらですと案内してくれた。ノックすると中からは少し緊張した声でどうぞと言う。私はバンッと扉を開けて飛び込む。


「メア!大丈夫?」


 私の顔を見て、メアのやつれた顔の中にある目が見開いた。そして溢れる涙。


「ごめんね……ミラ!本当にごめんなさい」


 私は首を横に振る。


「メアも大変だったんでしょう?ダントンとクラリスも心配してた」


「今更、何を言っても言い訳かもしれない……けど……」


 目を伏せる。ベットからやっと起き上がる。


 私は背中にクッションを入れてあげ、起きやすいようにする。


「寝ててもいいわよ?」


「少し起きていたいの。体調はだいぶいいのよ」


 メアがどこから話そうかしらと考えている。


「聞いてくれると嬉しいのだけど……わたしはデュルク家の8番目の末の娘で当主である父にもずっと会っていなかった。存在を知っていたかどうかも怪しいわ。よくある愛人の娘ということもあって、屋敷にはずっと居づらかったわ。でもそんな中、一番上のお姉様がわたしを幼い頃から可愛がってくれていたの。そのうち第一王子の婚約者として王宮に入ってしまい会えなくなったの」


 そしてメアも同時期に学院へ入学したらしい。ベルが扉を静かに開けて入り、お茶とお茶菓子を置いてから、また静かに去っていった。


「キサ様も入学していて、存在は知っていたわ。でも特に何も思わなかったし、関わることもなかったわ。それが一年半ほど前に陛下が体調を崩し、王位継承権について王宮内が騒がしくなってきたの。そこで王になりたいタイロン様はどうしてもキサ様を消し、自分がなろうとした。デュルク家が協力すれば正妃としてお姉様を認め、家は公爵の位を与えると父に言い出したの。そして同じ学院へ通う、わたしが家に呼ばれて協力するように言われてしまい……父に目をかけてもらえたことやお姉様への恩を返したかったから、何も持たないわたしができる唯一のことだと思って引き受けてしまったの」


 私はそう、うんなど相槌を打ちながら聞く。


「誤算だったと思った。いきなり現れたミラがこんなに強くて、まさかキサ様がミラに肩入れするなんて予想外だったのよ。キサ様はいつも人当たりがよくて優しく見えるけど、誰にも心を許さないところがあって、近寄りがたかった」


「私が古代禁術の使い手と知っていたのよ。たまたま入学前に出会ってね。だから私のことは単なる好奇心よ」

 

 そう言って肩をすくめてみせる。その証拠に一度もあの事件会っていない。


 忙しさもあるだろうが、興味を失ったのだろう。


 ……そんなものであろう。


「今となっては、本当に浅はかな考えをしてしまって、申し訳なく思うわ。キサ様にもミラにも……ダントンやクラリスにも。わたしのこの措置も本来ならば許されないことなのに、かばってくれて。あのとき、キサ様が隠してくれたからこそ生きているし、この国にいれるの。わたしのためではなく……思うのだけど、ミラが悲しむと思ったからじゃないかしら?」


「それはないでしょ!?」


 話がズレてきてる。おかしい?何故私とキサの話につながった!?どう答えていいかわからず困った顔をするとメアが初めて笑った。


「ウフフフ!やっぱりミラは面白いわ。こんなふうにまた……」


 そこまで言って涙をこぼすメア。手の甲で拭う。


「こんなふうにまた話したかったの。許してくれる?」


「もちろんよ。私の初めての学院の友人だもの!」

 

 ありがとうとごめんなさいを何度もメアは繰り返した。


「あ、そうだわ。キサ様にも尋ねられたのだけど、魔法球についてはわたしもわからないの。ただ力の増幅器だから使えと言われただけで。でも魔法球に刻まれた術式はこの王国のものではなかったのはわかったわ」


「他国の干渉かしらね……」


 トーラディム王国は昔から強国である。その国力においては世界一と言ってもいい。


 広い領土と裕福な資源を持つため、自国で十分満足できるため、他国に攻め入り奪う必要などない。


 トーラディム王国にとって、戦はお金も人も消費し不幸にし無駄なことである。


 常に神殿の法に基づいて、中立国であり続けている。


 黒の時代すらそうであった。


 だが、他国がトーラディム王国を欲することは度々ある。


「たぶん、そう見るべきでしょうね。この王国は魔物が少なく、平和で裕福な地だから羨む国は多いわ」


 そうね。と頷いたが、私とメアが今、ここで考えてもどうにもならない問題なので話を切り上げておく。


 その後、疲れて眠ったので、そっと布団をかけて出てきた。シェイラ様が待っていたようで、手招きした。


「良かったわ。なんだか明るい声が聞こえてきたから。あの娘は預かるわよ。元気になったら、わたくし付きのメイドにするわ。そうキサに言われているの。本人の了承も得てるのよ」


 就職先まで決まっているというか……それがこの王国にいるための条件なのかな。当分、目の届く範囲にいるようにと。メアの魔物を操るという能力は稀なものだものね。


 しかし良いかもしれない。メアは闘神官の見習いとして優秀だから、闘えるメイドさんになり、護衛もできる。


 なにより、私はまたメアに会えることが嬉しかった。あんなことがあっても、やはり学院でのメアは親切で優しかった。


 そして私は山へと帰った。いつもの依頼が終わったときの安堵した気持ちや爽快感はないままだったが、もとの田舎娘に戻ったのだった。


 

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