やめよう。テストの一夜漬け。
オワッタ……やっとテストの全日程が終了した。椅子に深々と座りハーーーっと長いため息を私はついた。
このテスト期間中、人生で1番脳みそ使ったわ。
「きたー!夏休みーっ!!」
ダントンのテンションが上がっている。メアも少し疲れたようだった。クラリスは普段どおり。ホッとした空気が教室内に流れている。
「ダントン赤点ないんでしょうね?あったら補習有りの夏休みになるわよ」
メアがダントンのテンションを落ち着けようと思い出させるようにいう。
「はっはっは!どんなに点数悪かろうと赤点ギリギリ回避するように、勉強はほどほどにやりすぎずにしてるさっ!」
「そんな勉強法をするほうが難しいだろ」
クラリスがツッコミをいれた。私の方をクラリスが見た瞬間、おい!と声をかけてくる。
「顔色悪いぞ。大丈夫なのか?」
私はその声を聞きながら、机に前のめりになり、突っ伏してしまう。
「だ、だい……ちょっと…ね……む…」
ミラーっ!!という名前を呼ばれたと思いながらも私の意識はそこで途絶えた。
懐かしい夢をみた。
その日、朝からずっと冷たい雨が降っていた。もうすぐ、冬が来る。秋が終わり、一年のうちで最も収穫物で食料庫が満たされている時期だ。それなのに私達家族はお腹を空かせていた。今年の天候不順とひどい嵐が何度もきたせいで、どの作物も満足に育たなかった。今年の冬は越すことができないかもしれないと私達家族だけではない、この貧しい村の人達、誰もがそう思った年であった。悲しそうに冷たい風が吹いている。赤や黄色だった木々の葉が茶色に枯れて、景色がより寂しさを漂わせる。
「どうですか?これで娘さんを売って頂けませんか?」
私、売られるの?
その衝撃的な一言は軽く明るい声で言い放たれた。声の主はこの頃からまったく容姿の変わらない私の師だ。馬に荷馬車をつけ、山盛りの小麦、米、じゃがいも、にんじん、たまねぎ、塩漬けの肉や魚に乾燥した果物類など積み上げてきた。まるで村の救世主のようだが、セリフは人買いである。まさに、幼い私を買いにきたのだった。
もちろん師匠に売られた。両親は山盛りの食料だけでなく、お金の入った袋も受け取っていた。これで皆が助かりますとお礼を師匠に言っている。よく父母の顔は覚えてはいない。ただ私を最後に見送った時、私によく似た茶色の髪の女性だけが姿が見えなくなるまで見送ってくれていた。きっと母親だったに違いない。私は幼かったので、行きたくないと泣いていたかどうかも忘れた。
悪い人買いかと思った師匠はこう言った。現在と変わらぬ穏やかな笑みを浮べ。
「あなたの師匠になります。私のすべての技術、知識をあなたに授けます」
あれ以来、その言葉どおり、師は私に厳しく丁寧に根気よく、幼い私に教え続けた。懐かしすぎる昔の夢。これは夢だ。そう認識して目が醒めた。起きた瞬間、家から離れたときの寂しい気持ちの名残が胸のあたりにあった。今更、ホームシックなのかな?
「ミラ!気づいたか?」
………予想外の顔が私の近くにあって寂しい気持ちが驚きに負けて吹き飛ぶ。なんでここにキサが!?ガバッと勢いよく起き上がる私。髪の毛はボサボサ、神官服はシワになってしまっている。しかも寝顔やら寝起きの顔を見られるとは!思わずヨダレとか垂れてなかったよね!?とこっそり確認する。はずかしい。
「ここ……どこ?」
あれ??眠る前どうだったっけ??室内は狭い自室ではない。広い個室でフカフカの寝心地最高のベット。そうだ!私、教室にいたよね?
「医療棟の特別室だ。体はなんともないか?」
「まったく問題ないわよ?」
いつもの笑顔は消え失せ、キサの方が顔色が悪い。後ろにいたメガネをかけた砂色の髪を1つに束ねている白衣の医者がオイオイとキサに言う。
「ちゃんと説明したぞー。……ただの寝不足だ。寝てるだけだとな」
「こんな寝不足だけなら何時間も寝込むことないだろう?聞いたよ。銀組のことも。ミラが癒やしの術を施してくれたことも。魔力使いすぎたんじゃないのか?大丈夫か?」
私のツヤツヤスッキリな顔を見ても冷静さが戻らないキサ。医者がさらにツッコミをいれる。
「一緒にきたクラスメイト3人は寝不足の説明に納得して帰ったぞー。テスト勉強しすぎたんだろう」
「……あれ??私、寝る前に、言ったような気がするんだけど?『ちょっと眠らせて』と。こんな寝心地最高の布団を与えられたら熟睡しちゃったわ」
ちょっとのつもりがこんな良い待遇にされたのでぐっすり快眠した模様。
「聞こえてなかったようだぞ。今度からは自室で寝るんだな。こっちは忙しいのに!さあ!病人じゃないんだから、出ていってくれー!」
医者が無駄なベットを使うな!と言う。学院長が直々に特別室にするよう言っていたらしい。皆が先日の力の放出のため倒れたと思い込んだようだった。違います。寝不足です。やめよう。一夜漬け。
テスト勉強は容赦なく、精神力を削るなぁ。私も負けず嫌いなところかあるから、夜な夜な勉強をやりすぎた。それは自覚する。普段からしておけばこんなことにならないだろうが……ギリギリになっちゃうんだよね。
キサと二人で追い出される。よく見るとキサは旅装のままだった。
「良かった。なんともなくて……」
「えーと、驚かせて、本当に…ごめんなさい。思いのほか皆が心配してくれて、申し訳ないわ」
寝癖をササッと手ぐしで直す。寝起きな感じが恥ずかしい。
「いや、無事でよかった」
ホッとしたようにキサが言う。思った以上に心配してくれたようで気まずすぎる!皆に謝らないといけないな。あとからメア達のところもいってこよう。
「そういえば、なにか銀組の事件についてわかった?」
話をさり気なくかえとく私。
「銀組の事件、あれは俺を狙おうとしたものだろう。不在だったことを知らなかったんじゃないかと思う。学院長から急に言われて前日の夜に俺は隣国へ行っていたんだ。無差別に見えるが……違和感の残るものだった」
「どんな状況だったの?私は詳しく知らないのよね」
医療棟には人の気配はない。めったに人が来ないと言えどキサは消音の魔法を使う。学院内にキサを狙う者がいることでかなり慎重になっているようだ。
「銀組の演習予定の場所はフィレクの森と決まっていた。これは全クラスが知ろうと思えば知れる。各クラスの試験の日程を掲示板に貼り出してあるからな。森には50体以上の魔物が一度にでてきたらしい」
50?いくらなんでも多すぎる。ありえない。
それを撃破してきた銀組もなかなか強いと感心した。
「それも演習が開始してから囲むように並び、少しずつ円小さくしながら攻めてきたらしい。今、銀組でもそのような知性を持ったような動きを魔物がするのか?と議論中だ」
「なるほど。学院長はキサが狙われていることを知ってて、違う依頼をさせたの?」
「話してはいないが、勘がいい人だから察しているかもしれない」
「夏休みに入るから当分は大丈夫と信じたいわね」
そうだなとキサは嘆息する。今日のキサは笑顔が消えている。余裕を感じられなくなっている。
「周りの人が傷ついてしまった。俺だけを狙ってくればいいのにな」
「そんなこともあるわよ。うちの師匠なんて私を巻き込みまくりよ!弟子をなんだと思ってるのか!と何回も言ったわ」
励ましにならない励ましをした。少しだけキサは笑った。
「ミラは夏休みは師匠のもとへ帰る予定なのか?」
「このまま学院で過ごす予定よ。当番もあるし、ゆっくり図書館の本でも読んだり王都を見てまわったりしていれば夏休み終わるでしょ」
「日常と変わらないな。……避暑地にいかないか?」
「へっ?」
私はマヌケな声をあげた。恋人からのお誘いってやつですか!?いや、でも、恋人のフリだけじゃなかった!?
「避暑地でバイトなんてどうかな?簡単な仕事だし、湖や牧場もあって楽しいと思うよ。小さい街も近くにあるから不便はないと思うし、いいところだよ。3食付きで、もちろん報酬も弾むよ」
バイトの誘いだった。び、びっくりしたー。私は心の中の狼狽ぶりを隠しつつ穏やかに返事をした。
「そ、そうね。バイトね。いいかも!王都で過ごすのはなにかとお金かかるし……紹介してくれるならありがたいわ!」
「じゃあ、連絡しておくよ。詳細はまた後から知らせる」
パチンと指を鳴らしてキサは消音の結界を解除した。にっこりと笑顔が戻ってきたキサは言う。
「夏休みは楽しいものだよ」
私は夏休みを経験したことがなかった。わからないが気持ちに期待感がわいてきた。部屋へ帰る途中、他の生徒たちからテスト後の解放感と夏休みだからかいつもより明るく騒がしさがどこにかしこにある。そんなにか!と思うくらいだ。賑やかな声が廊下に響いている。
部屋へ帰ると一通の手紙がドアについている手紙受けに挟まっていた。手にとって見ると師匠からの手紙だった。
『夏休みは帰って来なくて良いです。帰ってきたければ自由ですがわたしは不在です。牛さんヤギさんはリンドール夫妻に頼みました』
以上と締めくくられた。これだけ!?もっと近況とかないの!?まだ他にも書いてないかと手紙をひっくり返したり紙を透かした。まぁ、私もそんなに手紙を頻繁にだしてないけどさー。これでは事務連絡である。
リンドール夫妻とは唯一の隣家である。家を空けるときはいつも頼んでいる。人の良い老夫婦である。よくお世話になっているから今度帰るときはお土産を買っていこう。
正直、バイト紹介はありがたかった。食費と家賃などは無料なのだが、生活用品、教材費などはお金がかかる。無駄遣いはそんなにしていないし、外出日もたくさんあるわけではないから、神殿からお給料として支払われるもので足りるが、余分にあると心に余裕が生まれる。
内心、雑誌に載ってたアレとかコレとか……がちょっとだけ欲しい物が頭によぎった。女子だもの。
メアの部屋をノックする。はーい!と声がしてドアが開いた。くつろいでいたかと思ったら、まだ神官服を着たままだった。
「あら!ミラ、元気になったの?びっくりしたわ」
「皆に心配かけたようで、ごめんね。あまりの眠さに限界が来てしまって……」
「本当よ。いきなり意識失くなったから慌てたわ。今度はしっかり寝ることを宣言してから寝てちょうだい」
その後、夕食を一緒にとろうと食堂に4人で集まった。夏休みになるから、4人で揃うのは今学期最後になるだろう。クラリスとダントンにも迷惑と心配をかけたことを謝る。二人とも気にするなと言ってくれる。
「今学期はミラのおかげで退屈しなかったなぁ」
ダントンがニヤニヤしながらからかう。
「そんなに騒ぎ起こしたかなぁ」
「自覚ないところが困るな。来学期は大人しく頼むぞ」
私の言葉にクラリスが湯気が出ている。お盆を置きながら釘を指す。
「夏休みはみんなどう過ごすの?」
メアがサンドイッチを食べながら聞く。
「オレは実家に帰る。メアもだろ?」
そうね……と二人ともあまり楽しくなさそうである。
「クラリスは?」
「ほぼ学院で過ごしている」
帰る用事もないからなとドライに言う。私はサラッと言う。
「私はバイトだわ……キサの家の避暑地でバイト紹介されてさ」
三人の視線が私に集まる。
「マジかー!!」
「それはもう……婚約者なの?」
「婚前旅行じゃないか?」
私ははっきりとした口調で言った。
「雑用のバイトよ!」
クスクスと楽しそうにメアが笑った。
「ハイハイ。からかってみたのよ。キサ様は一緒に行かないの?」
私は行かないと思うなぁと首を傾げて会話を思い出すが……。
「行くと言ってなかったわ」
三人が一様に興味を失う。クラリスは麺が伸びると言ってすする。
「キサ様を本当に落とすのは難しそうだなぁ」
「そうねぇ。どんな美女が近づいても今まで恋人らしい恋人はつくってこなかったんじゃないかしら?アイリーン様のガードも硬くて他の女性が近づけなかったのもあるけど。でもミラには心を許してる感じがするのよねぇ」
メアの言葉を否定するようにクラリスが肩をすくめ、プリン・ア・ラ・モードを幸せそうに食べている私をじーーっと見て言う。
「お子様だな……今までの恋人候補とは毛色が違いすぎるだろ。ミラ、あんまり深入りしないほうがいいぞ」
ダントンもウンウンと頷いて同意する。
「からかわれているだけかもしれないぞ〜」
恋人候補と言われているが、色気無しでお子様なミラに興味が長続きするわけないなというのが三人の見解のようだった。失礼極まりないけど、鋭い。外れてはいないと思います。そもそも甘いムードゼロだしね。実際のところ恋人のフリだけだしね。自分でも納得してしまうむなしさよ……。
当番表を見て、メアが言った。
「うーん、皆に会えるのは後半になりそうね。夏休み、それぞれ過ごして、また元気に会いましょうね」
おう。ああ。うん。とそれぞれ返事をして、長い夏休みへと突入したのだった。
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