テスト期間の事件に注意

 テスト期間は2週間くらい続く。終わったら夏休みになるが、学院の生徒たちは見習い神官として働いているという立場でもあるので、当番制で学院に残る期間もあるらしい。


 テスト期間中の学院内は普段より静かな雰囲気だ。


 私は早めの夕食を摂ろうと思って食堂に来た。


 試験期間中はさすがにメアたちと別行動で過ごしていた。お互い夜遅くまで勉強しているから、食事の時間も別だ。薬学と法学の教科書を開きつつ、甘辛いタレが絡む生姜焼き定食を食べ終えた。

 明日、この2つの教科でテストは最後だ。


 早く自由の身になりたいー。サーバーから注いで熱々のコーヒーを持ち、テーブルへ帰ってくると。

 

 ……なんでいるんだろ?


 アイリーンが私の目の前の席に座っている。美少女がまつ毛の長い大きい目でこちらをジッとみつめてくる。


「あのねー、私、テスト勉強があって、かまってる暇はないのよ」


「そんなに大変ですの?わたくしは特別、テストだからといって勉強はしませんわよ」


 すごい!!私の一夜漬けとはちがう!


 パラパラと勝手に私の教科書をめくり、机に置いてあったマーカーで印をし始めた。


「この薬学では大抵の教師はこの薬草の調合量を出しますわよ。ここの実験結果の効果と薬の効果時間、それから……」


 2冊の教科書にマークし終えるとポイッと机に置く。さすが天才と言われるアイリーン!


 ヤマをはるのが得意なのか、きちんと授業を聞いているからなのか。私はコーヒーを飲みながら説明してくれるのを静かにありがたい気持ちになって聞いていた。


「助かったわ!もつべきものは友ねー」


「友?トモですって!?」


 あ、口が滑りました。なんかノリで言いました。馴れ馴れしくしないでと怒られる!と身構えたらアイリーンは顔を赤くしている。


「ま、まぁ。友ということにしておいてあげてもよろしくてよ!」


 意外にオッケーだった。


「わたくしお父様にキサ様のことを話しましたの」


「そういえば報告するとか言ってたわね」


 ヤマをはってもらった分の時間はお礼の気持ちを込めて話を聞いてあげよう。


「そしたら、大喜びで!家に帰ってきなさいって!!」


 涙声になるアイリーン。私の方をやや恨みがましく見た。


「愛されてるわねぇ。心配なんじゃないのかな?魔物討伐もあるし、演習とかで怪我しないかなぁ?とか」


「わ、わかってますわ。でもキサ様との婚約は……わたくし、小さい頃に決められたことだったけれど、幼心にも、とても嬉しかったのですわ」


「うんうん」


 こんなに純粋なアイリーンのどこをキサは疑っているのだろうか?


「でもキサ様のお母様を毒殺しかけたのは公爵家だと疑いをかけられてて……あ、お母様は一命をとりとめられ、今は地方の別荘地でお過ごしになられてますわ。わたくしはお父様に聞いても、そんなことしていないとおっしゃってましたが、キサ様は周りの人を巻き込みたくないと白の学院に入ったのですわ。そこでわたくしとの婚約も白紙にされ、何もかも捨てたというわけですの。わたくしはもちろん、キサ様も本当に幼い頃の話ですわ」


 少し謎が解けてきた。これはキサが私を巻き込みたくないと言っていた理由の1つなんじゃないかな……私、聞いて良かったのかな。アイリーンを疑っていうというより、公爵家を疑っているということか。


「真偽はわからないままってこと?」


「そうですわ。もちろん、幸いにもお父様はその日は人と一緒にいましたから、できるはずもなく疑いをはらせたのですが、キサ様の王家から一線を引くという気持ちをかえることはできませんでしたの」


「私にこの話をしてくれるのはなんでなの??」


「知っておいてほしいのですわ!ミラはキサ様の恋人なのでしょう!?と、いうことはいずれ社交の場においでになるでしょうから、他の方より噂話として聞くのはわたくしが嫌ですの」


 確かに他の人が聞くかもしれない。アイリーンから聞くことで、本当にそんなことあるだろうか?という疑問を抱く。


 しかし心配しなくても社交の場とやらに出ることはないだろう。恋人(仮)だけど、特になんの動きも最近はなさそうだから、しばらくしたら解除されることになるだろう。

 良い子だなぁと感心する。私よりぜんぜん若いのにしっかりしてるなぁ……。


 しばらくするとアイリーンと私は、話が変わり、王都の流行について二人で盛り上がってしまっていた。


「マクレガー商会の輸入している物は良いものばかりですわよ。異国風の物で品質が良いのはなかなかない中できちんと厳選されてるわ。雑貨インテリアが素敵ですわよ」


「へええ。今度行ってみるわ!私、帽子が欲しいんだけど、そんな派手じゃなくて、長く使えそうなやつ」


「オーダーメイドできる帽子屋がありますわよ。今度一緒に行きましょうか?」


「ほんと!?こんな感じのがほしいの」


「今年風ですわね。長くかぶるのなら、今年風を取り入れた感じと機能性をいれたこっちのほうが良いかもしれませんわ」


 アイリーンにしたら、毎月刊行される王都のファッション雑誌を広げようが教科書だろうが変わらないようだ。食堂に置かれていた雑誌を見るとすぐにアドバイスをくれる。ふと、和やかな話をしていた雰囲気は唐突な放送の声でやぶられた。


「緊急招集!緊急招集!今、学院にいる藍組、紫組、金組はすぐにホールへ集合!」


 鐘が鳴る。非常事態!?

 

 私とアイリーンは顔を見合わせる。どういうことだろう。銀組が呼ばれなかったというこは銀組がマズイ状態なのかな。キサのクラスである。

 バタバタと生徒たちが慌てて、ホールへと走る。私とアイリーンも例外ではなく素早く行動にうつした。


 ホールに入ると外からの空気、匂いがした。血が混じった匂いもし、鼻につく。私は目を見開く。これは!?


「銀組が演習で魔物にやられた。実戦のテストで王都の外へ行っていた」


 金の糸が刺繍されている神官服を着ている神官がそう言うと、各クラスの組長に指示を出す。闘神官だ。さすがに場馴れしているらしく、冷静に対応している。倒れ込んでいる銀組の神官服に赤いシミや茶色の泥がついている。


「癒やしの術が得意なやつはこっちだ!重症者のほうへ!軽い怪我の方はあっちのドアのそばへ行ってくれ。動けないやつには手を貸してくれ」


 すぐ手分けし、癒やしの術をかけ始める。私とアイリーンは重症者の方へ行く。パッと様子を見て私は判断する。さすがは銀組で自分達で応急処置してあり、癒やしの術は自分たちでかけてきているようだ。神官服に血がついていたから、皆は動揺しているが、思ったより深い傷の者はいなかった。後は丁寧に施し、完璧に治療するだけだ。

 

 私はいつもより集中する。


 ここは一度に治す方法でいいだろう。範囲を広くし複数に力を行き渡らせる時は詠唱が少し長くなる。大抵は無詠唱でいける私だが真面目に行う。当たり前だが、ちゃんと手順を踏んだほうが術も大幅に威力があがるのだ。


 何回も一人一人確認し、術をかけるより確実にしたほうがめんどくさくなくていいしね。さっさとテスト勉強に戻らないとヤバイです。


 力が私に集まってくるのを感じ、力ある言葉を口から紡ぐ。


「光の加護を求めし者へ与えられん癒やしの雨」


 サラサラサラと金色の光が雫となり落ちてくる。部屋中に光が満ち溢れた。私の魔力が降り注ぐ。光の雫が傷に吸い込まれていくときれいに治っていく。倒れ込んでいた者も力を補充されて動けるようになる。その間にも私はキサの姿をキョロキョロと探したが見当たらない。


「あ、ありがとう」


「ち、力まで戻ってるぞ!」


「すごい。一度にここまでの力の放出が一人で…できるなんて」


「動けるぞ!」


 銀組の人たちがお礼を言ってくれる。同じ術を使っても力の容量によっては全く違うものになる。人それぞれだ。しかし、全力ですると疲労がこちらに跳ね返ってくるからしたくないが、この場合は仕方ないだろう。それに今くらいならば、私の容量からしたらさほどのものでもない。まだまだ余力ありだ。


「ミラ……キサ様がいない!」


 先程から探していたらしいアイリーンが私に駆け寄ってきた。私は静かに頷いた。他に倒れている者がいないか治療に漏れた者がいないかと確認する。キサのことを誰かに聞いてみようかな。

 銀組の組長らしき人が私と目が合ってハッと我に返る。

 

「もう動けない者はいないようだ。ありがとう。大丈夫だ。今の術の使い方というか、力の量がすごいな。キサとの演習でもなかなかやるなとはおもっていたが……皆がほぼ傷の治癒だけでなく、力を取り戻している」


 そう言うと学院長がドアから現れたことに気づき、組長が報告に行く。

 私は近くの銀組の生徒に聞く。アイリーンは傍で青ざめている。


「キサはどうしたの?一緒に行ってないの?」


「ああ…キサなら、今回の演習は出ていない。学院長の用事とかで別の依頼に行っていた」


 ホッとしたアイリーンの雰囲気が横から伝わる。

 なるほどね……私は察した。学院長はわかってるわけだ。キサが狙われていることを。別行動にしたのに、魔物使いはそれに気づいてなかったわけか。


「ふーん。おまえが噂の藍組のミラか」


 後ろから声をかけられて振り返る。金色の糸の刺繍。金組の闘神官だった。長身のグレイアッシュの髪に赤色の目をした威圧的な男。


「ラガートさん!」


 アイリーンが驚く。


「出番を無くしてくれるとはな。まぁ、余計な力と時間を使わずに済んだ。じゃあな」


 そう言うとスタスタと帰っていく。金組の組長よ。珍しく神殿にいたのねとアイリーンが言う。なかなか会えないレアキャラか。闘神官は忙しいのか、確かにあまり見かけない。


「噂のって……なんの噂だろ」


「自覚ないんですの!?学院長が自ら出迎え、新入早々に銀組と演習し、キサ様と恋仲になるとか話題の提供に事欠かくときがないですわ」


 え!もう最初のやつから!?噂になってるの!?遅刻のあたりから!?恥ずかしさで顔が赤くなる。アイリーンが私の反応が可笑しかったらしくクスリと笑う。キサ様の行方、聞いてきましょうと言う。


 学院長に近づくと何が言いたいのかわかっていたようだった。


「キサなら、わしの依頼を片付けに隣国じゃ。それが実技試験の代わりにしようと言ってある。招集ご苦労だったの。各自部屋へ帰るがよい。まだテストが残っておろう」


 一方的に話して断ち切られた。それ以上は聞くなということか。私もアイリーンも学院長の指示に従って、部屋から出ようとするとクラリスが呼び止める。


「お疲れだったな。大丈夫か?けっこう力使っていたが体調はどうだ?」


「ぜんぜん大丈夫よ。珍しいわね。そんな心配してくれるなんて!クラリスどうしたの?」


 私の軽い物言いにクラリスが苦笑した。


「いや、普通にあれだけの力をいきなり一度に使うと疲労感があるだろ?」


 ……やりすぎた。


 なんか時々、自分の一般常識が人とズレてると感じて失敗したような気持ちになる。


「体調に問題はないわ。メアとダントンは?」


 まぁ、やってしまった後に考えても仕方ない!


 そういえば……と、メアとダントンの姿がないので聞いてみる。


「メアは試験期間中、自宅から来てるから今日はもう帰っていない。神殿に待機の時はいるけどな。自宅のほうがメイドまかせで何もせず、試験勉強に集中できるから良いらしい。ダントンは癒やしの術は専門外だからな」


 なるほどー。


「そっちは珍しい人といるな」


「たまたま食堂で会って話していたら、招集かけられたから一緒にきたの」


「アイリーンですわ」


 にこやかに挨拶するが、クラリスは知ってるけどな。こないだ居たしなと小さく言う。


「まぁ、ミラ、体調が悪くなったらすぐに知らせてくれ。無理をするな。普段と違って、試験勉強で夜遅くまで勉強してるから気をつけるんだな」


「ク、クラリスが優しい!」


「組長として心配してるんだ。そんな役割をしている……銀組の組長もそうだっただろう。今、自分も怪我をしていたのに治った瞬間に学院長へすぐに報告していただろう?しんどいがそんなものなんだ」


 やや早口なのは照れ隠しだろうか。


 とりあえず、最終日のテストがまだ残っている。頑張ろう。赤点回避。そこそこの点をとりたいと私は粛々と自室へ帰った。

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