恋愛話は苦手です。

 花火の時間になっても集合場所に来なかったことを3人から心配されていた。 

 あの後、花火に見惚れすぎてすっかり時間を忘れていた私だった。


「迷子のお知らせをするとこだったぞー」


 ダントンが笑ってからかう。初花火だったもの……と私は小さく呟いてみた。


「花火に見惚れるなんて、そこまで花火に夢中になっちゃうものなの?わたし、すごく心配したんだからねー!」


 メアだけは心配してくれたようだが、クラリスは付け足すように言う。


「身の安全のことじゃないぞ。規則を破ると全員にペナルティがつく。トイレ掃除一ヶ月はつくぞ。嫌すぎるだろ」


「もう!クラリスってば!違うでしょー!」


 メアにクラリスは怒られたが嘘をつけないんだと言う。とりあえず帰宅時間に間に合って良かったとダントンが前向きにまとめた。私が悪いのは間違いない。申し訳なく……ごめんなさいをもう10回ほど言った。


 しかしキサに会ったことは言わないほうがいいと判断する。メア達を信用していないわけではないが、話すことでキサの事件に巻き込むことになるかもしれない。こんなに心配してくれてるなら、私が何か行動起こしたときに首を突っ込んでくること間違いない。私には今まで学校の友人がいたことなかった。メアもクラリスもダントンも大事な友人だと私は思ってる。確認したことないから一方的たけど。


 お祭りの後から勉強の合間をみつけて、この国の王族について調べたり、魔物についての新しい研究結果がないか学院の図書室で本をを読み漁ったりした。しかし魔物については目新しい情報は得られなかった。


 私がお昼ごはんのアサリの入ったボンゴレスパゲティをフォークの先で憂鬱そうにクルクルとすると、メアがもしかして!と言う。


「テストが間近だからでしょ!?」


 季節は初夏になろうかとしている。制服の神官服も半袖になっていた。もうテストかー。入学したと思ったら、もうテストが始まるなんて時がたつのは早い。


「だいぶ授業はついていけてるだろ?質問が減っている」


 クラリスが本を広げながらサンドイッチを食べている。


「やべー!オレのほうがやべー!!実技は自信あるんだけどなあ」


 ダントンが口ほど焦っていないことを知っているクラリスとメアが横目で疑惑の視線を送る。赤点じゃなければいいさーと呑気なダントン。

 なんだか、いつも4人でいるようになってしまった。昼食もよくこうやって食べる。私が口を開こうとした瞬間、可愛らしい声が会話に混ざる。


「みつけましたわよ!」


 え!?なんだろう!?隠れていないけど!?とセリフに驚いて相手をみると美少女のアイリーン。手を腰に置き、堂々たる再登場。


「わあ……ひさしぶり。なにしてたの?」


「あなたにひさしぶりと言われるほど親しくなくてよ!下々の分際で声をかけないでくれますの!?」


「声かけてきたのそっちなのに……」


 なんか理不尽だ。


「アイリーン=マドスト様!」


 メアが驚く。ダントンとクラリスも静かに見守る態勢となった。マドスト公爵家の一人娘なのよとメアが私にヒソヒソと耳打ちする。


「キサ様とのご関係をずーーっと聞きたかったのですの!二人でなにしてましたの!?」


「関係?二人で??」


 えええええ!?と瞬時になにか誤解が生まれたようで、メアとダントンが驚いた声をだした。


「わたくし、キサ様を追いかけて何年もお側にいますの。だけどっ!こんな屈辱を受けたことがありませんわ!ミラに近づくなと言われましたのよ!しかも可愛いとか!言ってましたのよーっ!!」


 ざわつく周囲。ど、どういうことなの!?いつの間にそんな話になったのかな!?!?意味がわからず驚きすぎて言葉が出てこない。

 思考停止。

 私にジリジリ近寄るアイリーン。美少女だけに迫力あるなぁ。


「まさか、ミラ、わたしたちにキサ様との関係を隠してたの!?いつの間に恋愛関係になったの?」


 隠す関係でもないって!?恋愛関係?どういう意味!?私が聞きたいと口にする前にキサが登場した。空色の目に焦りが見える。


「アイリーン!やめろ。騒ぎを起こしすぎだ。なんで食堂で問い詰めてる!?」


「だってー!キサ様が悪いんですわ。白の学院までわたくし追いかけて来ましたのに、こんなダサい田舎の娘にとられるなんて!ありえませんわ!どんな手を使ってキサ様を騙したのか聞き出しますわ!!」


 なんだろ。状況がのみこめてないのは私だけですか?


「えーっと、説明を……」


 私が口を開こうとすると、キサがにっこり悪い笑みになる。嫌な予感がした。


「ごめん、アイリーンが誤解してしまって。ちゃんと言っておくから」 


 何を言うのかな?と聞き返す前にキサがさらっという。


「俺の大切な人はミラだって」 


 キャーと周囲で声がした。ざわめきが大きくなった。誤解解けてないですけど……!?あれ?むしろ誤解が大きくなったよね?


「えっ!?ちょっと!ちが……」


 本に例えると相当なページを飛ばし読みしたくらい内容がわからなくなってる状態の私だ。どういうことなの!?キサが私に近づいて唇に人差し指を当てて、こそっと耳元で後から説明するから合わせてと言う。その仕草にすら周囲で……主に悲鳴に近い女子の声があがる。


 「ミラ、大丈夫だよ。ちゃんと俺が言っておく」

 

 説明?誰に対して!?アイリーンのこと??頭がパニックになっている私。


「ほら、アイリーン食事中に失礼だろう。もう行こう。ごめん、ミラ、また後で」


「あ?えっ?うん」


 わからずとりあえず頷く。アイリーンは納得行かず、まだ何かと言っているがキサに猫の子のように連れて行かれた。相変わらず嵐のようなアイリーンに疲れる私。

 私は現実逃避したくてスパゲティに目を落とす。ボンゴレ冷めたちゃったなぁ。

 クラリスがコホンと咳ばらいして聞いてくる。


「いつからだ?」


「いや、それは私も聞きたいというか……」


 メアが少し悲しげに言う。ショックを受けているようにも見えた。


「なんで隠してたの?」


「え!?いやいやいや!?やっぱり……ちょっと行ってくる!」


 私はどういうつもりなのか聞きたくて椅子から立ち上がってキサを追いかけ、走る。廊下を曲がったところでアイリーンと話しながら歩くキサに追いついた。


「ま、待って!どういう……」


 息を切らせつつ私が言う前に、キサが気づいて振り返り、アイリーンにすまないと謝り、私の手をとると中庭の方へ誘導していく。アイリーンがイライラとした口調で言う。


「わたくしは認めませんわ!お父上にも報告させてもらいますから!」


 後ろからそんなことを言ってるけどいいのだろうか?

 中庭には夏の花が咲き始めていた。鮮やかな赤や黄色の花が並ぶ。陽射しを避けて木陰に入った。キサが私の手を離す。瞬時に力を発動させて紡ぐ。目に見えないが、言葉を遮断する結界。私とキサは内緒話が多いなぁ。


「ごめん!こないだ……アイリーンに帰れと行ったのにつけられていて、話しているところを見られたんだ」


「まぁ、姿を隠す結界は張ってなかったし、そういうこともあるかもしれないけど……えーと、いつの間に恋人同士になったのかしら?」


 私は慣れてない恋愛話に発展し夏の暑さだけではない汗が出る。周囲にも勘違いされてるし……。


「ミラが護符をくれたのを見てアクセサリーの交換をしてると思ったらしい。それが恋人だとアイリーンに勘違いされた。あまり言いたくなかったんだけど、俺が狙われている話はしたよね?」


「あ、うん。」


 そこがつながるのか。


「俺の身近にいるのは間違いないんだ。だからミラとそんな話をしているのがバレたくなくて、ちょうどよかったから恋人にしといたんだ。ごめんね」


 しといたんだって……謝罪が最後か!?とツッコミたかったがそれより先に聞きたい。


「アイリーンにも話せないの?元婚約者じゃないの?」


「俺はアイリーンも疑ってるよ」


 えっ…本気で?……あんな純粋にキサを追いかけているのに?そんなことあるかな。私は驚いて言葉が出ない。


「王家なんてそんなものだ。人を疑い、誰も信じられない。裏切られることもある。それが嫌で学院に入って王位継承から遠ざかれば関係なくなると思ってたんだ」


 スッと笑顔が消えた。同時に周囲の気温も下がったように感じた。……これは何かあったんだなと気づく。


 私も王家について調べていたが、けっこう大変なようだ。現在の王は体が弱く、いつ崩御されてもおかしくないと囁かれている。現在、王位継承権があるのは3人の王子たち。第一王子は王の補佐として王を助け、実際に権力を持っていると言っていい。しかしこの魔法王国の王になるには力が低いため他国に軽んじられると、王位を継ぐにあたっては問題視されているらしい。

 

 第二王子のキサは幼い頃から高い魔力とその聡明さから周囲の期待が高く、王位に最も近いと言われていたそうだ。過去形なのはキサが第一王子に配慮して学院に入り、王家を守護する闘神官になると誓いをたてたからだ。それがキサの思いとは逆に民や臣下の心を掴んでしまった。権力よりも皆を守ろうとする健気な小さい王子だと。

 

 その後に産まれた第三王子はまだ幼すぎる。複雑な事情らしい。


「巻き込みたくないと言ったのに、巻き込んでしまってる気がするな。と、言うわけで恋人のふりを頼みたい。だけど危険があるから必要以上に首を突っ込んでほしくないんだ。言っていることはわがままかも知れないけど……」


 休み時間が残り少ないことを時計をちらりと見て確認した。手短に言う。私の権利も主張しておきたい。


「生徒同士の恋愛はなにか規則ある?闘神官として就職したいから、不利になることは避けたいわ」


「飲み込みが早い!大丈夫だ。恋愛禁止の規則はないよ」


 私は話をサクサクと進めていく。


「相手は実力で敵わないから魔物を操り、キサを襲わせるという行為に出ていると仮定する。または直接自分が手を出すとマズイ地位か立場の人。回りくどい手口だから、プロの暗殺者ではないわね。こちらとしては身内に潜んでいて誰とはわからないから厄介すぎるわね。相手の持ち札は魔物に頼るしかないというところなのかな。でも王都の外へでない限りは安全ということになる。魔物が王都の結界を突破することは無理だしね、今、キサは相手に油断していて、私との恋愛していて余裕ありますよーと相手に思われたいのね」


 キサが大まかに言うとそういうことかなと頷くと疑問を口にする。


「すぐに理解してもらえて助かるよ。……けどミラはいったい何者なんだ?ちょっと驚いたよ」


「人からの依頼に多少慣れてるわ。師匠のところには色んな種類の依頼があって、その手伝いをしていたの」


「ミラの師匠の名前って………?」


 と、キサが聞いたところで予鈴の鐘が鳴る。昼休みが終わる。私は慌てて身を翻した。


「じゃ!またね!」


 単位を落とすほうが今の私は危険である。次の授業の先生は魔法科学で遅刻と講義の出席率に厳しいのだ。キサが呑気にニコニコと笑顔で手を振っている。

 その様子に私はもう1つの可能性もあると気づく。キサが面白半分に私をからかっているということもありえるなと。


 教室に帰るとメアが心配そうに自分の隣の席に手招きした。


「大丈夫?アイリーン様を怒らせなかった?」


「怒ってた。羨ましいくらいの美少女ねぇ」


「ミラは呑気になこと言ってるけど、公爵家の一人娘を怒らせたと言うことはそれなりの報復をされるわ。公爵様は王家にも近い存在でかなり頭のキレる人よ」


「会ったことあるの?」


「ここへ入学してはいるけど、社交の場にはごく稀にわたしも出るのよ。キサ様もアイリーン様もどうしても出ないといけないものだけは出ているわ。キサ様は学院入学と同時にアイリーン様との婚約は白紙にしたけれど、公爵様の顔をたてて慕ってくるアイリーン様を拒みはしなかったってことらしいわ。それにキサ様を追いかけてきたのに、思った以上に力があって、勉強もしっかりして、今ではアイリーン様は学院始まって以来の天才と言われているの」


 なるほどと頷く。アイリーンのどこを疑っているのかと思うけどなぁ。私にはわからない。


「そっかー、教えてくれてありがとう」


「キサ様は素敵だけど、そんな理由からオススメできないわ。公爵様もアイリーン様を溺愛してるからどんな報復がくるのか……あ、先生きたわね」


 公爵家のアイリーンのパパは怖い人なんだなぁと思いつつ、教科書を開いた。まずは目の前のテストだ。

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