ゴシック編
第18話 黒い羽は翻りて
・・・
「「ブラックウィング!!」」
蒼井とマジェンタに緊張が走った。セーフハウスへの道中敵が襲ってくることも考えてなるべく気をつけてはいたのだが、まさかここまで踏み込んでくるとは想定外であった。しかも相手は、一度は自分を負かしている手ごわい相手だ。重光線で焼き切ったはずなのに、この通り何事もなかったように自分たちのもとへやってきたのだ。蒼井は考える暇もなく向かいに座っている革ジャンの男=ブラックウィングの人間態の胸ぐらをつかんで揺さぶる。
「くそう、どうやって嗅ぎ付けた!」
「わあっ、わあっ、ちょっと、まって、話を」
「うるさいっ!!」
銃口が相手の額に触れる。両手を上げて抵抗する気はないと意思表示しているが、何しろ奴は色素生物だ。何をしでかすか分からない。
「蒼井さん!!」
「大丈夫、マジェンタには指一本触らせない!!」
「待ちなさい、ちょっと落ち着きなさいって・・・」
「だまれぇっ!!」
「ひいっ!!」
「僕たちを殺しに来たんだろう、そうなんだろう!」
「は、話せばわかる、話せば・・・」
「僕はどうなってもいい、でも!マジェンタに指一本でも触れてみろ!!その時はたとえ差し違えてでも、お前をぶっ殺す!!」
「殿、殿中でござる、殿中・・・いや、車中だったか。とにかく落ち着け!!」
「蒼井さん!!!」
マジェンタの一喝でようやく我に返った蒼井は、車中の乗客の視線がすべて自分に向けられていることに気づいた。蒼井は何でもないんです、何でも・・・とすごすごとブラックウィングともども席に座ったが、いまだに警戒を解かなかった。
「・・・まさか、あの攻撃を受けて、生きていたなんて・・・」
「ったりめえよ、あの程度で死んでたまるか。・・・でもまさかこの世界にも重光線装置があったとは知らなかったなぁ。」
「そんなことはいい、一体僕たちに何をしに来たんだ。もう色杯はそっちに行ったはずだぞ!」
「・・・あー、あいつの事か。そういや地球に向かうすれ違いざまに見たけど、確かにそんなもの持ってたっけか。」
「とぼけるな!何もかも知ってるくせに・・・」
「ああ、知ってるさ。何もかも。シアンが最初に地球に落ちた時からな。あの時俺がCOLLARSに電話しなかったらお前死んでたんだぞ?」
「・・・なんだと?それはどういう・・・?」
ブラックウィングは持ってきたビールの缶をグイっと飲み干して、残りのサラミを全部食べ切った。列車は長いトンネルに入る。このトンネルを抜けたら只見はもうすぐだ。
「まあいろいろと話してえことはあるんだけどよ。まず俺はもう色魔殿からは追放されているんだわ。人類と色素生物、そのどこにも属さない第三勢力ってのが今の俺の立場だ。もっともそれが俺の本来の立ち位置でもあるんだが・・・」
「・・・」
「このトンネル抜けたらもう少しで只見に着くだろ?それまでに話してやるぜ。何もかもをな・・・」
列車は今、長い長い漆黒の空間へと突っこんでいった・・・
・・・
何処までも続く漆黒の空間に漂う色魔殿。その中央にある玉座にどっしりと腰を下ろしている色素生物の長、大々王ジレン。そして、その面前でひざまづいているのは、ついさっき色魔殿入りした黄系色素生物、イエルだ。かつては人間でその名を岐路井と名乗ったイエルは、片腕を失いつつも全く痛がるそぶりを見せなかった。
「イエル、面を上げよ。」
「はっ。」
充血したように真っ赤な目と、どこかシキモリ・・・シアンの再祝福した姿によく似ている背格好。もっとも、彼やシキモリ2号などはこのイエルをベースとしつつ、その力を越えないように設計されている。即ちイエルはシキモリ0号でもあるのだ。
「こうやって直に顔を合わせるのは初めてだな。」
「は。部外者であるこの私めを陛下自らお出迎えくださることは誠に光栄至極の・・・」
「お世辞はよい。それより、例の物は持ってきたであろうな・・・?」
「ええ、それでしたら・・・こちらに。」
イエルは胸をぱっくりと開き、その切れ目から発生した異次元空間へ片腕を突っ込みジレンの言う例の物を取り出した。色杯だ。玉座の間にいる色素生物たちが久しぶりに目にした本物の色杯は偽の色杯よりも神々しく、そして暖かく見えた。
「すげえ・・・」「あれが本物の色杯・・・」「やっと俺たちのもとに戻ってきたんだ・・・」「苦節500億年、ようやく・・・」
ジレンはその色杯を手に取り、全体を舐めまわすようにして一瞥する。
「・・・うむ。間違いない。これぞ真の色杯であると、このジレンが保証しよう。」
「本来でしたらもう一つ手土産があったはずなのですが、予想外にシアンがしぶとかったゆえ・・・」
「良い、色杯さえ手に入ればどうという事もない。それよりもその傷を治すことが先決だ。治り次第すぐにでも余の再祝福作業をしてもらうぞ・・・イエル将軍。」
「はは。仰せのままに。では・・・」
治療室まではミカに案内してもらうことにしたイエルは、色魔殿の長い廊下をとぼとぼと歩きながら、ちらりと窓の外の光景を眺める。その中で一番光り輝いて見える星がおそらく太陽だ。あの星から三番目に遠い惑星が、ついさっきまで自分がいた場所だ。思えば遠くまで来たもんだな、とイエルは独り言ちる。
「なあ、イエルはん。一つ聞いてええか。」
「・・・なんでしょう。ミカ将軍。」
「ミカ、でええよ。同じポジションさかいにそんなに畏まるとこっちがやりづらいねん。」
「・・・では、ミカさん。聞きたいこととは。」
「・・・指図した本人がこないなこというのもあれなんやけど、あんさん自分の組織全員裏切ってここに来たやろ?」
「はあ。」
「実はなあ、あんさんが来る前に裏切り者の存在が発覚したばっかりでな。」
「・・・なるほど。」
「一体いつ紛れ込みよったんか知らんけど、とにかくそいつのせいでこの色魔殿全体が疑心暗鬼になってあんさんをあまり歓迎しとらんのや、裏切り者がいた場所に裏切り者をおくんか、そいつも裏切るんとちがうか、って・・・」
「おっしゃる通りです。裏切り者はどこまで行っても裏切り者、それは覚悟の上です。」
「でもあんたの口から直接聞きたい。あんたはうちらを裏切ったりせんよな?」
「勿論です。」
「二言はないな?」
「ええ。」
「それならええねんけど・・・あ、治療室はここや。」
イエルは治療室にて失った片腕を機械にかけて治癒する。腕一本や二本くらいなら色魔殿の技術があれば半日もかからないだろう。イエルは治療機械を肩にまくと、すぐにじくじくとした感触が走り、腕の再構成が始まった。
「治療終わったら連絡よこしてな。これからやってもらう仕事のミーティングに参加してもらうからよろしく。ほな。」
「またあとで。ミカさん。」
色力式治療機械はすでに骨部分を造成し終わっているが、これから始まる神経の引き直し作業が一番肝心なところだ。ミカの気配が遠のいていった頃を見計らって、イエルは一人、ほくそ笑んだ。私は裏切らない・・・自分を。私はあくまでも、自分に正直なだけなのだ・・・と。
・・・
「ご乗車、有難うございました。只見、只見です。」
二両編成の列車にこれでもかと詰め込まれた乗客の内、ほぼ半数がこの只見と言う駅で降りていく。勿論その中には蒼井たちも含まれていた。
「ところでお二人さん、荷物はどうしたんだよ。」
「荷物は私たちより先に送ってあるんです。別に持ち運んでもいいんですけど、あまり目立たないようにって。」
「ふーん・・・あっ、そうだ。」
ブラックウィングはザックの中からノートとしおりよろしく挟んでいた切符をもって改札の列に並んだかと思うと、
「すんません、切符の方に下車印と、ノートの方に駅スタンプをお願いします。」
蒼井とマジェンタは、窓口で切符とノートにハンコを押してもらって喜んでいる革ジャンの男がどうにも自分と死闘を繰り広げたあのブラックウィングとは到底思えなかった。とはいえ、車内で二人が彼から聞いた内容は全て彼がブラックウィングであるという何よりの証左でもある。少なくとも分かっていることは、彼は今色魔殿から追放された身であり、公式には死亡扱いになっていること。地球側に裏切り者がいるとは分かってはいたが、それが岐路井とまでは知らなかったこと。そして、今は蒼井とマジェンタに殺意は持っていないという事。
「よ、待たせたな。そんじゃあ行こうぜ。」
「行くって・・・どこへ?」
「決まってる。セーフハウスだろ?」
「あそこは僕たちしか・・・」
「何言ってんの、調べたところただの民宿だぜあれは。俺は純粋に客として泊まるんだ。何の問題もあるまい?」
「それは・・・そうだけど・・・」
「あ、そうか、駅からちょっと遠いんだよな・・・待ってろ、いま電話でタクシーを呼ぶ。」
ブラックウィングはそういうと近くの公衆電話で最寄りのタクシーを呼び出そうとしている。その手を、蒼井が待ってください、と止めた。
「・・・どした?」
「いろいろなことが、この短い間に起り過ぎて・・・僕たちは正直、理解が追い付いていないんだ・・・あんたの言っていることには確かに説得力がある、だけど・・・まだ、あんたを完全に信用できるわけじゃない・・・」
「・・・まあ、それは当然のことだ。あんなことがあった直ぐ後だからな。」
「仮に、あんたの言っていることがすべて本当だとして・・・なぜ、僕たちに味方するんだ?」
この公衆電話はテレホンカードが使えないタイプだ。めんどくせえなあもう、と悪態をつきながらブラックウィングはあるだけの小銭を財布からつかみ取った。
「俺は仕事柄なるべく干渉しない主義なんで、色素生物はお前たちだけで倒してほしいと思っていた。だから俺はお前とマジェンタと岐路井の連携でやられたとき、これなら俺の出る幕はないかな、と傍観を決め込むつもりでいた。・・・だが、その岐路井が裏切って色素側についちまったら、お前たちは色杯もなしにたった二人でこの星を守らにゃいけねえ。それはいくら何でも酷だとおもって、わざわざ月から降りてここまでやってきた、という訳さ。要は俺の勝手なおせっかいなんだよ。」
10円玉を何枚かガチャガチャと入れて、ようやくタクシー会社とつながった。只見駅に来るまで10分くらいと言う。地方の、それもほぼ秘境の駅でこれほど待ち時間が短いのは珍しい。
「それで、あんたはいったい何がしたいんだ。目的は何なんだ。」
「単純にいえば、色杯が目当てだ。だが、色魔殿には返さない。あれは確かに色素生物が作り出したものだが、少々手に余る代物だ。だから俺から数えてだいぶ前の先代が、奴らから色杯を取り上げたんだが・・・まあいろいろあって、色杯をどっかへ紛失しちまってよ。それを探すためにわざわざ色素の一人を乗っ取ってまで潜り込んで、あわよくば奴らの手に渡る隙ににかっぱらってやろうとしたわけだが・・・まさかそれがこの世界の太陽系にあったとは。因果だねぇ・・・」
しみじみしながら駅前ロータリーでタクシーを待つ。まだ夕暮れには早い時間のはずだが、何分周りに山があるので日が隠れるのも早いという訳だ。
「色素生物を・・・乗っ取った!?」
「あれ?只見線に乗ってるときに言わなかったっけ?俺は色素生物じゃないって。」
「いや・・・言ってた気も・・・するような・・・しないような。」
「まあいいけどさ。おっ、タクシーが来たぞ。」
ロータリーをぐるりと回ってやってきたタクシーは蒼井たちの前で止まり、ドアを開ける。
「運賃は迎車代も含めて俺が出すぜ。金ならいくらでもあるしな。俺が助手席行くわ。」
「あ、有難う・・・ございます・・・ブラックウィング・・・さん。」
「ああ、それと。ブラックウィングと言う名前の色素生物は名実ともに死んでるから、もうその名で呼ばなくていいぞ。」
「じゃあ、なんて呼べば・・・?」
「うーんそうだなぁ・・・俺はこういう仕事柄、いろんな名前を名乗って活動することがある。ある時ではクノナシ、ある時ではノシロウって具合にな。でも、その中でも俺が最もしっくりくる名前があるから、それで呼んでくれ。」
そして、彼はタクシーのドアの前で蒼井に向き直って、改めて自分の名を名乗り、蒼井と共に乗り込んで宿へと向かった。
「俺はクロハ。職業は、第六特異点。もっとも、ほとんどボランティア活動だけどな。・・・改めてよろしく。蒼井ソウタ。」
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