第17話 奪われた色杯

うっすらと目を開ける。ここは、どこだろう。生活感はあるが、妙に片付いている部屋のベッドにマジェンタは寝かされていた。どうして私はここにいるのだろう。頭がぼんやりとしていて、はっきりと思い出せない。顔を壁の反対側に向けると、そこには蒼井が椅子にもたれかかりながら寝ていた。


「蒼井、さん。」

「・・・ん。」

「蒼井さん。」

「・・・ああ、マジェンタ。良かった、気が付いたんだね。」

「ここは・・・?」

「ここは、僕の部屋だよ。COLLARSの隊員寮の。」


蒼井さんの部屋?・・・にしてはとても片付いている気がする。この前、蒼井さんは片づけるのが苦手だって、あの時岐路井さんに呼び出された指令室で・・・岐路井さん・・・岐路井さん!?

マジェンタはそこではっとなった。そうだ、自分はあの時、蒼井に襲い掛かった岐路井さん・・・いや、色素生物イエルを阻止するために戦っている最中、猛烈なしびれに耐え切れずに気を失っていたのだ。


「蒼井さん、あれから・・・あれからどれだけ経ちました!?岐路井さんは・・・イエルはどうなったんですか!?」

「・・・」


蒼井は、マジェンタが気絶してから起ったことを洗いざらい説明した。礼儀作法プログラムは偽装された麻痺プログラムだったこと。イエルはCOLLARS本部を粉々にしたが、色杯だけは自分で持っていたこと。そしてマジェンタと共に色魔殿へと持ち去ろうとしたこと。蒼井は数少ない色力を振り絞って、どうにかマジェンタだけを取り返したこと・・・あの惨劇から、もう三日もたっていた。


「そう・・・だったんですか・・・奪われちゃったんですね・・・色杯・・・」

「・・・でも、マジェンタが無事、目覚めてくれて、よかったよ。」

「・・・」

「・・・マジェンタ?」


ぽたっ。


蒼井さんは数少ない色力を私を救うために使った。でも、そのために、色杯を奪われてしまった。


ぽたぽたっ。


私があの程度の麻痺攻撃で気絶しなければ、もっと違う結果になったはずなのに、蒼井さんは、究極の選択をせずに済んだのに。


「どうしたの?マジェンタ?」

「・・・ごめんなさい・・・」


マジェンタの透き通ったピンク色の瞳からは大粒の涙がこぼれていた。


「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・ううっ・・・私が・・・私が弱かったから、私がもっと強かったら・・・蒼井さんに・・・こんなつらい思い、させなかったのに・・・ううっ・・・」

「マジェンタ・・・」


蒼井は自分を責め続けるマジェンタをやさしく抱きしめた。


「マジェンタは謝らなくていい。マジェンタのせいじゃない。これは僕が選んだことなんだ。誰のせいでもないんだ。・・・だから、泣かないで。ね?」

「蒼井さん・・・うぇぇぇぇん!!」


マジェンタはあふれる涙を抑えることが出来なかった。蒼井は、ただただ黙って、彼女を抱きしめてやるしかなかった。


・・・


蒼井の部屋がやけに片付いていたのは、すでにこの部屋から引っ越す準備を終えていたからであった。防衛軍上層部はおろかCOLLARSは名実ともに壊滅、国はどうにか色素警報装置だけは修理できたものの、色素生物に対する抵抗力をほぼ失った格好である。唯一の希望は、シキモリである蒼井とマジェンタの生存確認が取れたことだけであったが、彼らは存在自体が機密事項であるため、彼らは国が用意したセーフハウスに移ってもらうことになった。


岐路井は死亡扱いとなり、これをもって色力活用研究機関創設メンバーが消滅。これ以上の色力の研究は安全保障上困難と認識した政府は色力研究を一時凍結を宣言。色素生物の襲来の可能性をほぼ0にするまでは再開しないと公式に宣言した。――最もこの時点で色力は民間でも研究が行われる程度には成熟している――一連の事件から色力に対する疑いの目は強くなり、一時は色力を排除すれば色素生物もいなくなるという極端な意見も多くなったが、色素生物襲来と言うデメリットのためにその莫大な利益を捨てて昔ながらの化石燃料時代に今更戻るには、色力はあまりにも生活に浸透し過ぎていた。


蒼井は寮を引き払い、マジェンタと共に用意されたセーフハウスへと旅に出ることにした。こういう隠れて動く時ほど、マスク社会のありがたさを実感できる日はないだろうな、と蒼井は独り言ちる。色にエネルギーが宿っている、とこの星の人々が気付くよりも大昔の事、この星全体にある感染症が流行った。その時の有効な予防策として、手洗い、うがい、マスクが各国で推奨されていたのだが、この日本という国はなぜかその感染症がとっくに根絶された今現在でもマスク社会が続いてる稀有な国であった。


「福島県の・・・只見、ってどこでしょう?」

「さあ、僕も聞いたことないや。」


二人は新幹線を降りて、接続する只見行きのディーゼルカーに乗り換えた。かなり古い車両なのだろう、外見の塗装は白と二種類の緑帯で明るく繕っているが、内装は少々小汚く、ぷんと軽油のにおいが漂っている。蒼井は車内で適当な四人掛けのボックスシートを選んび、着込んだ上着を脱いで座席の上のコート掛けに引っ掛ける。発車までにまだ30分もある。その間に一本在来線の連射と接続するという。


しばらくすると駅に銀色の電車が滑り込んできた。地方の電車にしてはやけに乗客が多いが、その内訳ははこのディーゼルカー目当てに乗り込む観光客がほとんどである。風光明媚な景色を走ることと、本数が少なくてうまく接続する便が限られていることからこのディーゼルカーの走る路線はこの時間に限りいつも混み合っているのだ。


蒼井とマジェンタくらいしかいなかった車内は一瞬にして人込みでごった返し、

二人のボックスを除いてほぼ満席に近い状態となっている。発車一分前になったその時、一人の男が乗り込んできた。レジ袋を握っている所を見るとキオスクかどこかで買い物をしたのだろう。だが、すでに車内は優先席さえ満席、立客もそこそこいる。しかしどうやら男はどうしても座りたいらしい。そんな彼が、蒼井とマジェンタの座っているボックスに相席を試みるのは当然の事であった。


「あの~すいません、ここ、いいですか?」

「ああ、どうぞどうぞ。」

「いやあどうもどうもすいませんねえ・・・では、失礼・・・」


男は革ジャンにジーンズとごくありふれた格好をしていた。隣同士で座っている二人と対になって座ると、申し訳なさそうに駅弁を開けて食べ始めた。

そして、列車は只見へ向けて出発した・・・



「二人でご旅行ですか?」

「ああ、まあそんなところです。」

「へぇ、そりゃあ珍しい。この路線は”マニア”が多くてね。大体の客がおひとり様なんですよ。あんたがたのようなのは結構珍しいんですよ。かくいうあたしもマニアなんですがね・・・」

「そうなんだ・・・」


列車はローカルな風景の中をゆっくりと進んでいく。確かに、日々忙しい生活を送る都市の人々にとって、こういうのんびりとした景色を眺めるのはいいリフレッシュにもなる。特に、僕らのような激動の日々を送る人にはなおさらだ。そういう意味でも、セーフハウスを只見とかいう場所に設定した国の判断は正解だったのかな、と蒼井は思えてきた。


「マジェンタ・・・思えば、僕たちあれから全然休めてないね・・・」

「あっちに着いても、私たち、何かするんでしょうか。」

「いや、今のところは、何も指示されていないけど。」

「・・・蒼井さん、私、むしろ休んでいる方が落ち着かないんです。今この星の防衛力は、私たちの双肩にかかっているんですから・・・」

「だからこそだよ。マジェンタ。休める時にしっかり休んでおかないと。」


すると、さっきまで駅弁を食べ終わりつまみのソーセージカルパスにむしゃぶりついていた男が驚いたような眼をしておもむろに二人の会話に割り込んできた。


「うむっ!?い、いまなんと?」

「?」

「どうされました?」

「いや、あなた方の名前に、聞き覚えがありましてね。蒼井さんと・・・さんでよかったかな?」

「マジェンタです」

「ああ、マジェンタさん。いやこれは失礼。改めまして蒼井さんとマジェンタさん、あたしゃもしかしたら・・・あなた方と一回あったことがありますよ、多分。」

「ひ、人違いじゃないですか・・・?蒼井やマジェンタ、ってだけでも、この世にごまんといますし・・・」

「いえいえ、あなた方で間違いありませんよ。あなたがたも、よおく覚えているはずですよ。」


男は自分は二人と会ったことがあると言っている。しかし二人は全く覚えがない。男は分からないかなあ、とがっくりしたのち、そうだ!と何かを思いついた。


「言われてみれば、あたしゃで会ったことはありませんでしたね。いやはやこれは盲点だった。度々失礼申し訳ない。」

「この顔って、貴方はもう一つ、顔があるっていうんですか?」


困惑する蒼井をよそに、男は顔を手で覆って何やらもみ始めた。何をする気なのだろうか。


「絶対あったことありますよぉ~よし、整った。じゃあ、見せますよ、いいですか。いいですね?いないいな~い・・・」


整えた?なにが?二人はますます困惑して顔を見合わせた。


「ばあっ!!」


男は顔を覆っていた手を広げて、その顔を二人に見せた。二人は驚愕した。確かに男のいう事は正しかった。二人は男と出会っていたのである。だが、それは人間として、ではない。シキモリと、色素生物としてだ。


「・・・そんな、どうして・・・!?」

「あ、貴方は・・・いや、お前は・・・まさか!?」


イエルより前に、シアンを退けた唯一の色素生物。マジェンタと二人がかりでようやく倒した色素生物。あの時重光線装置で消し飛んだはずの、黒き翼の猛将の顔が、そこにあったのだ。




「「・・・ブラックウィング!!」」






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