第16話 どうしてあなたが

気が付くと、蒼井は真っ白な空間に一人突っ立っていた。どこを見渡しても白、

白、白の空間である。こういう空間に突っ立っているときは必ずと言っていいほど自分は夢を見ている時なのだ、という事を蒼井は理解していた。どういう訳かいつの間に眠り込んでしまったらしい。まだ軍事会議が終わっていないというのに・・・とはいえ今日はいろいろあって疲れてしまったのだ。無理もないだろう。


「ソウくん」


懐かしい声に振り向いてみると、そこには蒼井の姉、桃花が立っていた。無論、彼女はとっくに死んでいるが、何分夢なのでどんなことが起こっても許される。


「姉さん」


夢であっても姉に会えるのはとても嬉しい。だが、桃花の方はなぜか悲しそうな顔をしている。近づいてみれば、目に涙をためて今にもその透き通った目から零れ落ちそうだ。


「どうしたの、姉さん」

「ソウくん・・・」


桃花は、たまらず弟に抱き着いた。


「姉さん?」

「ごめんね・・・ごめんね・・・」

「どうしたの、姉さん。どうして謝るの」

「貴方に・・・何もかもを背負わせて・・・何もしてやれなくて・・・ごめんね・・・」

「姉さん?」


姉は弟と今一度向き直った。たった一人の弟に自分がしてやれることといえば・・・


「ソウくん、耐えるのよ。どんなにつらい目に遭っても、耐えるのよ。・・・私はずっと、貴方のそばにいるからね」

「姉さん?」

「わすれないでね・・・ソウくん・・・私が今、貴方にしてやれることは・・・これで精いっぱい」


瞬間、白い空間は爆裂音と共に突如まがまがしい黄色へと変色する。驚いて周りを見渡した蒼井のもとからは、すでに桃花の姿は消えていた。


「姉さん、姉さん!」


ずきん。


「うっ・・・ああっ・・・」


ずきずきん。


「ぐぐぐ・・・」


割れるような痛みが蒼井の頭に響く。いったいどうしたというのだ。夢にしてはやけに現実的すぎる。


「・・・さん!」


何処からか声が聞こえてくる。姉の声ではない。夢の中の声だろうか。


「・・・井さん!」


痛みと共に声も大きくなってくる。だが、この声には聞き覚えがある。この声が自分をどこかへ導いてくれるようだ。聞こえてくる声に従って、徐々に意識を覚醒させていく・・・



「蒼井さん!蒼井さん!」

「・・・うう」

「ああ!蒼井さん!よかった・・・」

「ま、マジェンタ・・・うぐっ・・・」


痛みに思わず頭を押さえた蒼井の手にじくじくとした感触がある。血だ。血が流れている。青系物理色を必須とするシキモリとなったので、血の色こそ真っ青だが、頭彼垂れて口の中に入り込むとほのかに鉄の味がする。しかし、自分はなぜ、頭から血を流しているのだろうか。なぜ自分の周りに瓦礫が散乱しているのだろうか。


「一体・・・何が・・・」

「分かりません、ただ、ついさっき大きな爆発が・・・会議場の方から・・・」

「会議場・・・岐路井さん!」


痛みなんて気にしている場合ではなかった。今は何よりも岐路井の安否が心配だった。崩れた休憩室からどうにか抜け出した蒼井とマジェンタは、周りの状況に絶句した。あれほど華やかなムードだった感謝祭会場は、今や瓦礫と炎と煙にまみれた地獄と化していた。会場にいたほとんどの係員は即死したか、がれきの下に埋もれた仲間を助けようと踏ん張っている。


「マジェンタ、行こう!岐路井さんの安否を確認しないと・・・!」

「・・・・!!」

「マジェンタ?」


マジェンタが恐怖の表情で固まっている。その目線を追いかけて見上げてみるとそこには、色素生物がいた。炎に照り返されているからかどうかは知らないが、全身が黄色く染まっているように見える。そうか、この爆発は奴の仕業なのだ。よりによって防衛軍の演習場を直接狙うとはなんと大胆不敵な奴だろうか。そう感心している暇もなく、二人はすぐさまあらかじめ配られていたそれぞれの色見本カードから色力を抽出して転身した。


「マジェンタ、君はがれきの撤去を手伝ってけが人の救助を!僕は目の前の色素生物をどうにか食い止める!」


疑似網膜はシキモリ状態でのみ使える。先頭に入る前に岐路井の安否を確認し戦場から避難させるためにシアンは会場を緊急走査し、居場所を特定しようとしたが、


「・・・その必要はないぞ。蒼井君。」

「・・・え?」


目の前の色素生物が、シアンに話しかけてきたのだ。なぜか、聞き覚えのある声で。

そして、走査結果が網膜に表示された。岐路井の居場所を示す点は・・・目の前の色素生物の座標と被っている。まさか。


「・・・そのまさかさ。蒼井君。」

「・・・おまえは、いや、貴方は・・・岐路井さん!?」

「隠していて悪かった・・・シキモリ三号の転身者は、俺自身なのさ。」


黄系色素生物・・・いや、シキモリ三号となった岐路井はにっ、と歪な笑みをシアンに浮かべた。しかし、シアンは警戒を解けなかった。何かおかしい。


「岐路井さん・・・一体・・・ここで何があったんですか?」

「・・・」

「会場をめちゃくちゃにしたのは、誰ですか?」

「・・・」

「答えてください!岐路井さん!」




「俺がやった。」




「・・・え?」


シキモリ三号は、聞こえなかったのか、とでも言わんばかりに繰り返す。


「俺がやったと言ってるんだ。」

「き、岐路井さん・・・悪い冗談はやめてくださいよ・・・!!」

「冗談ではない。本当だ。・・・ずっとずっと・・・この日を待ちわびていたんだよ・・・最初にこの体を手に入れた時からね・・・ああ、そうだ。COLLARSの本部も今頃は跡形もなく消し飛んでるだろう。これでもうこの星の防衛力はダダ下がりだろうな。」


この爆発を?この虐殺を?岐路井さんが?あり得ない。なぜ?どうして?どうしてあなたが?


「おまえ・・・おまえ、岐路井さんじゃないな!!」

「・・・」

「岐路井さんは・・・岐路井さんはそんなことをする人じゃあない!!岐路井博士の名をかたるお前はいったい誰だ!!」

「・・・ふふふ、ははははは!!」

「なにがおかしい!!」

「はは、別に、知らぬが仏とはよく言ったものだ、と思ってね。」

「どういう意味だ!!」

「こういう意味さ。」


刹那、鋭く伸びたシキモリ三号の腕がシアンを貫いた。避けられなかった。疑似網膜の動きが追い付かなかった。その隙も与えてくれなかった。


「うぐっ・・・ごぼぉっ!!」

「君は鈍い。鈍すぎる、最も、最初から俺を越えるスペックにならないように調整しているから無理もないか。」


どくどくと流れ出てくる青い血。だが腕を引き抜かれる際にわずかにシアンの体に残留したシキモリ三号の腕の細胞。それを取り込んで体内で走査する。たとえ口頭で岐路井だと名乗っても遺伝子は嘘を付けない。これで奴の正体をさらしてやる、と痛みに耐えながら走査したシアンの疑似網膜に表示されたのは、あまりにも残酷な結果だった。


[岐路井博士との類似性:100%]


「そ・・・そんな・・・うぐっ・・・どうして・・・どうしてなんですか、岐路井さん」

「その名を呼ぶな、シアン。俺はもう岐路井ではない・・・」


胸倉をぐっとつかまれる。シキモリ三号と向かい合わせになる。違う、何かの間違いだ、あの岐路井さんが、あの優しい岐路井さんが、こんなことをするわけ・・・


「慣れというのは恐ろしいよなあ、シアン。仲間から疎まれていたお前にはわからないだろうが、人殺しってのは一度タガが外れるとあとはもう何人殺しても何も感情がわかなくなるんだ・・・特に、最初に殺した奴が一番大事な人ならなぁ・・・」


大事な人・・・岐路井さんにとって、大事な人・・・嫌な予感がする、どうして僕の嫌な予感はいつも最悪の形で的中するのか。


「ついさっきの防衛軍の連中が初めてじゃないぞ。この前のCOLLARSの全メンバーも全部俺がやった。まさか一番信頼する岐路井博士が工作員とはつゆにも思わなかっただろうて。だがそれも初めての殺しではない・・・一番最初に俺が殺した相手を・・・教えてやろうか?」


やめろ、やめてくれ。その先の言葉は聞きたくない。その口から言わないでくれ。岐路井さんの声で言わないでくれ、いやだ、いやだ、いやだぁっ。




「お前の姉、桃花だ。」




・・・うそだ。・・・そんなのうそだ。


「桃花を殺すことで、俺は大々王様への忠誠を誓った。・・・そして俺は岐路井という古い体を捨てて、色素生物、イエルとして色杯の祝福をうけたのだ!」


うそだぁぁぁぁ!!!


金属が空を切る音があたりに響く。シアンは海碧造換剣を一心不乱に振り回してイエルに切りつける。


「嘘だ、嘘だ、僕をそんな嘘で翻弄して惑わせようったって!」

「俺の言っていることが嘘ではないと、お前自身よくわかっているはずだぞ。その感情の高ぶりが何よりの証拠だ・・・」

「うああああ!!」


なおも剣を振り続けるシアン。しかしイエルには当たらない。シキモリは最初からイエルの性能を越えないようにイエル自身の手によって製造されたのだ。こちらの手は全て読みつくされている。シアンは剣を振るうだけ無駄であった。


「く・・・そう!」

「当たらないのが悔しいか?ならば・・・」


突然、イエルは動きを止めた。思わぬ静止にシアンも腕を止めてしまう。


「どうした・・・今なら俺を斬り殺せるぞ・・・」


その通りだ。このまま腕を振り下ろせば相手を斬れる。だが・・・


「お前の姉の仇を取れる絶好の機会に、何故斬れぬ?」


奴は岐路井じゃない。イエルだ。色素生物のイエルなんだ。そう言い聞かせても、腕は動かない。


「さあ、斬れ。何を、ためらっている?・・・何を、恐れている?」


・・・斬れない。斬れるわけがない。たとえ彼が姉の、COLLARSのみんなの、防衛軍の、地球の敵だったとしても。彼を殺せば・・・僕は、ぼくは・・・!


「・・・お人好しめ。ではお人よし姉弟揃って・・・死ぬがいい。」


シアンの胸を容易に貫いたイエルの鋭い爪が、シアンに襲い掛かろうとしていた。今からではとても避け切れない。だが、


「・・・むっ!?」


腕を大きく開いたイエルの右脇腹にダガーを突き立てて攻撃を阻止したものがいた。マジェンタだ。


「ま・・・マジェンタ・・・」

「蒼井さん、早く!早くこいつをやっつけて!・・・きゃああっ!!」


だが、シアンが立ち直るまでイエルは待ってくれなかった。ぐりん、とマジェンタの方に顔を向けたと思うと、その充血したように赤い眼で一瞥し、そのまま右腕で大きく薙ぎ払った。


「マジェンター!!」


シアンは駆け寄ろうとするも、イエルに道を阻まれる。


「だいぶご執心のようだな。そんなに気にいったか?」

「くっ・・・」


イエルはまだシアンやマジェンタと戦いを続ける気であったが、彼の疑似網膜に通信が入ってきた。彼をここまで堕とした張本人、ミカからだ。


「イエル、もうそろそろお開きにしいや。ジレン様が待ちくたびれてはる。シアンをやっつけるのは、”お土産”を色魔殿に持ってきはってからでも十分やろ?」

「・・・その通りです。ミカ将軍。では切りのいい所で・・・」

「ジレン様は短気さかい、”まき”で頼むで?ほな、また。」


通信が終わったあと、イエルはため息を吐く。


「はあ、そろそろ締めようか。シアン。お遊びはここまでだ。」

「何だと!?」

「少し眠っててもらうよ。」


バチン!


イエルが指を鳴らした。


「何を・・・うぐっ!?あああああ!!」

「蒼井さん!?・・・ああっ!!いやああああ!!」


二人の体は突然電気が走ったようにしびれて動けなくなる。


「これに懲りたら、貰い物の礼儀作法プログラムを疑いもせずに頭脳にインストールするのはやめることだな。さて・・・」


ここらが潮時だ。イエルは自身の背中に収納されていた大きな翼を開く。天使は今空へと、色魔殿へと飛び立つのだ。両手に手土産をもって・・・


「そ・・・それは・・・!」

「なあに、あるべき場所に返すだけだ。」

「や・・・やめろ!!」

「お前にはもう、止められない。そして・・・」


色杯を片手に持ったイエルは、さらにもう一つの手でマジェンタをつかみ上げた。


「マジェンタ。君も一緒だ。」

「ま、マジェンタ、目を覚ませ!!」


マジェンタは先の偽装麻痺プログラムで気を失っている。シアンの声は届かない。


「かわいそうなシアン。かわいそうな蒼井ソウタ。お前は何もかも守れずにただ見ていることしかできない・・・無様だ。」


そういい捨てると、天使は大きく羽を広げて飛翔した。色杯が、マジェンタが、すべてが遠のいていく。どうにか立ち上がろうとするも、体がしびれて動かない。そうでなくとも、色力を浪費したせいでもはや飛び立つことすら敵わないのだ。シアンは、己の無力さに打ちひしがれていた。


「せめて・・・せめて・・・飛び立つだけのエネルギーさえあれば・・・」


悔しさのあまりがれきの上に突っ伏した右手を握りしめる。すると、右手に何やら色力の反応がある。


「・・・これは・・・!!」


マジェンタが感謝祭で着せられていた、広告だらけのきわどい服。青系物理色がたっぷり使われている。シアンに差した一筋の光明。神が差し伸べた救いの手・・・




神々しくもまがまがしい、黄色い鎧を身にまとって、イエルはもう間もなく成層圏に到達しそうな頃に、後方からものすごい勢いで追いかけてくる物体を己の頭から角のように伸びる後方センサーで感じ取った。シアンだ。


「ほほう、まだ飛べるほどのエネルギーは残っていたか。」


前方にイエルの後ろ姿が見える。成層圏に到達される前にイエルから色杯とマジェンタを取り返さなければ。だが、今のシアンには、どんなに多く見積もっても海碧楔型光波コバルトウェッジ一発分のエネルギーしか残っていない。二者択一。選択に迷っているうちに宇宙に逃げられればおしまいだ。色杯を取られてしまえば色素生物が本来の力を取り戻し、地球の、あるいは宇宙の平和が脅かされてしまうであろう。しかし、だからといって、マジェンタを見捨てるのは・・・


「ふふ、迷っているな、さあ、お前はどちらを選ぶ・・・?」


奴が成層圏を突破するまであと10秒を切った。もう時間がない。シアンは、迷いを振り切り、全てのエネルギーを右腕に集中して、イエルの腕に放つ・・・!

イエルはそれを避けなかった。腕の一つが切断されて離れていく。手土産は一つ減ってジレン様には少々お小言を受けるだろうが、構わない。




「そうだ、それでいい・・・」




イエルは成層圏を離れて、月のすぐ隣をかすめる。その際、月から一つの光筋が地球に向けて走ったような気がしたが、気にも留めずに色魔殿へと向かって行った。





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