第15話 黄色い色は危険な色
防衛軍日本支部が年に一度、富士山麓の大規模演習場で一般大衆向けに開く防衛感謝祭。ここは世論の防衛軍への理解を深めるための貴重な場でもある。常日頃から日本と世界を色素生物の脅威から守っている色力式兵器群が会場内にずらりと並ぶ姿はまさに壮観の一言だ。そして、なんといっても一番の目玉は午後に行われる色力式兵器を使った模擬戦訓練だ。ペイント弾使用とはいえ実戦さながらの迫力は見るものすべてを虜にする。
そしてその模擬戦が今年からリニューアルされて、なんとシキモリが参加することになった。これもCOLLARSが防衛軍の管轄だからこそできる業。公式サイトやSNSで大々的に宣伝したこともあって会場はシキモリを生で見たい人たちが大勢詰めかけていた。もっとも、大衆は模擬戦において敵役のはずであるシキモリに肩入れし過ぎて主役であるはずの防衛軍が悪者扱いされるのは流石に想定外ではあったが。
「がんばれーっ!シキモリー!」
「色力戦車なんてふみつぶしちゃえー!」
「いけー!そこでコバルト・ウェッジだー!」
正直、とてもやりづらい。シアンは一応事前に渡された”台本”通りの動きをしていればいいのだが、ギャラリーの熱い視線がそれを許してはくれない。特に観戦ブースの柵にしがみついて成り行きを見守っている子供達は、テレビやネットニュースで格好よく編集された自分たちの活躍をここでも期待しているのだ。嬉しいような、煩わしいような、どうにもできない複雑な感情が湧いているシアンの表情を岐路井が察するのは容易なことであった。
「人気者は辛いな、蒼井くん。」
「いや~、はは・・・」
ポシャッ。
蒼井は少し大げさに立ち回って見せたものの、結局は手筈通りにペイント弾を受けて退場し、模擬戦は終わった。ギャラリーは当然、不平不満の嵐をぶつけてくる。シアンは防衛軍にも見られないように変身を解除すると、そそくさとその場を離れて、マジェンタの様子を見に行った。今回の感謝祭で自分も大変な役割を務めているのだが、マジェンタはもっと大変な役割をさせられているのだ。
「あ、蒼井さ~ん・・・」
レースクイーン。このご時世でもはや死語と化しているその言葉を思い起こさせるくらいには、マジェンタはとてもきわどい服装――果たして服装と言えるかどうか疑わしいが――をしていた。赤白のパラソルに防衛軍の兵器メーカーのカラフルなロゴがちりばめっられたレオタードを着させられているマジェンタの顔面はとても紅潮していた。何より恥ずかしいのは、舐めまわすように彼女を取ろうとするカメラマンたちの目線だ。断ろうにも彼らの目つきは真剣そのもので、どうにも断りづらい。万人に人気を博しているシアンとは違って、マジェンタはどうも一部――しかしかなりディープな――のファンに人気があるらしい。
「すいません、こっちに目線ください!」
バシャッ、バシャシャッ。
「煽りアングルいいですかー?」
バシャッ、バシャシャッ。
「ぶりっこポーズお願いしますー」
バシャッ、バシャシャッ。
「ふぇえええん!蒼井さーん!」
・・・
感謝祭も佳境に差し掛かったころ、マジェンタと蒼井と岐路井は会場内の休憩室で休んでいた。
「すまなかったな、マジェンタ。俺も反対したんだが、結局運営側に押し切られてしまった・・・」
岐路井は頭を下げるもマジェンタは腹の虫がおさまらない。
「もうっ、あんな服(?)は二度と着ません!」
「まあ、まあ・・・それでもいやいやながら着たマジェンタはえらいよ。」
「蒼井さんがそう言ったって駄目です!とっても恥ずかしかったんですからね!」
「でも、とっても綺麗だったよ。マジェンタ。今度はもう少し露出控えめで、もっときれいに見える服を用意してもらおう。」
「・・・蒼井さん・・・」
ふふ、蒼井君もいうようになったものだな、と岐路井は微笑を浮かべた。
「よし、じゃあそろそろ俺は会場に戻るぞ。感謝祭後の軍事会議の準備をせねばならないからな。」
「あ、はい。岐路井さん、僕らもあとで行きますね。」
「・・・ああ、でももしかしたら、君たちの出る幕はないかもしれんな。」
「・・・?」
「まあ、とりあえずここで待機してくれ。用があったら連絡する」
部屋から出て行こうとする岐路井を蒼井は見送る。別に今まで何度も見ているいたって日常の風景に過ぎないこの一瞬。しかし、なぜか今、蒼井は妙に岐路井の後ろ姿が気になった。思わず、声をかける。
「岐路井さん。」
「ん?どうした?」
「あ・・・いや、何でもないです。」
「・・・そうか。」
岐路井は再び蒼井たちから目を背けて、開けかけた部屋のドアをぱたりと閉めて行ってしまった。
「どうしたんですか?蒼井さん。」
「いや、別に・・・なんか、岐路井さんが、遠くに行ってしまうような気がして・・・」
「岐路井さんは、何か急用でもできたのですか?」
「そういうのじゃなくて・・・僕の気のせいかな・・・」
蒼井の心の中で、うっすらと、しかし確実に嫌な予感がする。前にもこんなことが何度もあった。・・・姉が死んだとき。COLLARSが全滅した時。ブラックウィングが現れた時。いつも嫌な予感がして、すべて的中していた。では、今度は何だろうか。分からない。分からないから、怖いのだ。蒼井の嫌な予感はいつも最悪の結果となって姿を現す。今度ばかりは、まぐれであってくれ・・・蒼井はただ、そう願うしかなかった。
・・・
感謝祭が終わってから開かれた軍事会議にて、岐路井は集った幹部らに一人ずつあいさつ回りを行っていく。岐路井はあまりこういう事はしないはずなのだが、今日に限っては妙に丁寧だった。
「急にどうしたのかね岐路井君。君はどちらかと言えば”無作法”なものだと思っていたが。」
「いえ、司令官殿にはシキモリに関しては度々無茶なお願いをしてきましたので、今回はその謝罪も兼ねております。本来部外者も同然である我々COLLARSを、このような晴れの舞台にまで呼んでいただけること自体、恐悦至極に存じます。」
「・・・なら、いいのだが。それはそうと、次のシキモリは男かね?女かね?」
「・・・男ですが、何か問題でも?」
「まあ、別にこれと言って問題があるわけでは無いのだが・・・出来れば、二号みたいな女性タイプの方が良かったなぁ、と個人的に思っただけだよ。」
「・・・そうですか。ご期待に沿えず、申し訳ございません。」
「いやいや、今のはあくまでも個人的な願望だから、すまないね。」
そういうと司令官はでっぷりとした巨体をゆするようにして他の会合へと足を運んでいった。岐路井は頭を下げたままだったが、その顔には憎悪が溢れていた。
下心むき出しの醜い人間どもが。マジェンタがあのような服を着させられる羽目になったのもきっとお前らの指示だろうな。だが、そんなことなど最早どうでもいい。何も知らずにのこのこと雁首揃えてやってきた間抜けな防衛軍は今ここで滅びるのだからな。俺は今日、この醜い姿をようやく脱ぎ捨てることが出来る。その時こそお前たちの最後だ。”シキモリ三号”の威力をその目で、その身をもって・・・思い知るがいい・・・!
「岐路井博士、もう間もなく会議が始まります。席についてください。」
「・・・ああ、わかった。」
岐路井は係員に促されて、会議場へと足を速めた。その時は近づいている・・・そう思うと、思わず胸ポケットの中にある色力抽出装置を握る手に汗が走る。会議場は感謝祭に使われている物を流用したテント張りの簡単なものであったが、その色は黄色かった。皆、黄色だった。黄色い色は危険な色。もはや誰にも、この後起きる大惨事を止めることは出来ない・・・!
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