三原色編

第14話 シキモリ三号計画

ある日、蒼井は岐路井に呼び出されてCOLLARSの本部に来ていた。メインメンバーがいなくなってからというもののすっかり広くなってしまったどこか寒々しい本部の指令室のドアを開けると、そこにはマジェンタがいた。掃除の最中だろうか、髪を後ろで結い上げ、三角巾にエプロンという姿でパタパタと埃を落している。

特にやることもないのでやり始めたのですが、これがまたやり始めるとなかなかどうして奥が深いものですね、とマジェンタが身を入れて励んだこともあって、COLLARSの基地内は前に来た時よりも小奇麗になっている気がした。


「すごいなあマジェンタは・・・」

「えへへ・・・」

「僕なんか自分の部屋すら掃除するのが億劫に感じちゃうからさ・・・そういう能力を持っている人がうらやましいよ。」

「部屋のお片づけはそんなに難しいことではありませんよ?いるものといらないものに分ければいいだけなんですから。」

「う~ん、でもその線引きが・・・なかなか難しいんだよね、たまに一念発起して部屋の掃除をしようとすると、たまに思い出のあるものが出てきちゃってさ、ついつい思い出に浸っちゃって・・・全く進まないんだ。」


これもそのうちの一つなんだけどね、と蒼井はポケットからキーホルダーを出してマジェンタに見せた。半透明で大きなカプセル状の容器に、ころころと二つの石が透けて見える。一つは青色で、もう一つは桃色だ。


「わあ、綺麗・・・」

「死んだ姉さんから、最後にもらった誕生日プレゼントなんだ。今はまだ会えないけど、いつも僕の事を思っているよ、心はいつも一緒だよって意味でこれをくれたんだ。」

「そうだったんですか・・・蒼井さんのお姉さんって、いい人だったんですね。」

「うん・・・」


蒼井が感傷に浸っていると、指令室のドアが開く音がした。岐路井が入ってきたのだ。呼びつけておいて遅れてすまん、と軽くわびた岐路井は何やら分厚い資料を抱えて入ってきてそれをどさり、と机の上に置いた。全ての文字は読み取れなかったが、おそらく資料のタイトルと思わしき所に「・・・三号」と書かれているのを蒼井はみとめた。


「すっかりきれいになったな、マジェンタ。」

「はい!ありがとうございます!ほかに掃除できるところはありますか?」

「いや、ここまでやってくれれば結構だ、有難うマジェンタ。・・・っと、そうだ、マジェンタに渡したいものがある。」


そういって岐路井が取り出したのは、先ほど蒼井が見せたものと全くうり二つのキーホルダーであった。唯一の相違点は、中に入っている石の組み合わせが青と桃ではなく、黄と桃だったことだ。


「誕生日おめでとう。マジェンタ。」

「えっ!!・・・いいんですか?ありがとうございます!」


なんと今日がマジェンタの誕生日であった。ささやかながら岐路井からキーホルダーをもらって目をキラキラさせながら喜んでいる彼女に、蒼井はよかったねマジェンタ、と言いつつも不思議に感じていた。マジェンタは確かに正式に防衛軍の承認を得る前から開発に入っていたというのは聞いていたが、彼女が一歳の誕生日を迎えるほどにはまだ年月は経っていないはずだ。


「岐路井さん、それって・・・」

「ああ、これか。もともとは桃花から貰ったものだったんだが、これを見るといろいろな思い出がどうしても蘇ってしまって、耐えられなくてね。だからと言って、思い出の品をおいそれと捨てるわけにもいかないしな。」

「そう・・・ですか・・・」

「すまんな、蒼井君。」

「いえ、岐路井さんのせいじゃ・・・」

「・・・俺があの時、桃花に代わらなければ・・・」

「?」

「あ、いや、なんでもない。そうだ、蒼井君を呼び出した用事についてなんだが・・・」


ぶっつけ本番で投入したにもかかわらず、シアンと二人がかりとはいえ見事猛将ブラックウィングを退けたマジェンタの功績が防衛軍に認められ、なんとシキモリ三号計画の許可が下りたのだという。しかも今度は防衛軍直々に頼み込んできたのだとか。

シキモリ三号計画は今度行われる防衛軍本部にて開催されるコンバット・フェスにてその計画が発表されるという。その会場に蒼井やマジェンタも参列してほしいというのが今回の要件であったが、あいにく二人はこういう場には慣れておらず、特にマジェンタはこの世に生を受けてまだ日が浅い。そういう訳で晴れの舞台における礼儀作法のデーターと礼服を岐路井があつらえて二人にインストールした。


「もう三人目を製造するんですか?」

「ああ。我々COLLARSはあの日以来著しい人員不足の状態が続いている。だがもう以前同様人間だけで地球を守るにはいささか色素生物は強すぎることが分かったのでな。」


今回製造するシキモリはシアン、マジェンタの戦闘経験から得られたフィードバックデーターを基に、ほぼ戦闘経験のない素人でもすぐ戦えるようになる改良型になる予定だという。そして、その3号の出来次第によっては、シキモリの量産化に着手することも検討していると岐路井は説明した。


「つまり、今度の3号は量産先行型・・・」

「まあ、そういう事になるな。」

「それで、その3号に転身する人は?」

「ああ、それならもう決まっているが・・・」

「誰です?」

「・・・悪いな、ここから先は二人にも他言無用と、防衛軍から念押しされているんだ。」


なぜ僕ら二人にも秘密なのだろう、と蒼井はいぶかしんだが、岐路井にそれ以上話す気がなさそうだったのでこれ以上の詮索はあきらめることにした。


・・・


蒼井とマジェンタは岐路井と別れ、本部にて少しの事務作業を終えたあと、近くの喫茶店で時間を潰していた。


「蒼井さん、これって何ですか?食パンのように見えますけど・・・」

「ああ、それはラスク、っていうんだよ。」

「へえ、これもまたおいしそうなお菓子・・・」


物心ついてからしばらくの間合成食品しか食べたこと無かったマジェンタにとっては、喫茶店の食べ物全てが魅力的に見える。適当に頼んだお茶請けの菓子でも美味しそうに食べるその姿は、いつ見ても心が癒されるなあと蒼井は心の中で独り言ちた。だが、すぐまた重い表情に戻ってしまった。どうしても、シキモリ3号の事が気になるのだ。


「蒼井さん、どうかしました?」

「・・・えっ、ああ、いや、何でもないんだ。」

「そうは見えませんけど・・・もしかして、コーヒーが苦すぎたとか?」

「いや、別にコーヒーは関係ないんだ、・・・ちょっと、さっきの話が気になって、さ。」

「シキモリ三号のことですか?」

「うん・・・僕たちは、偶然の連続で色素生物を基にしてシキモリになった、別にそれにとやかく言う訳じゃないんだけど・・・もし三号の開発が上手くいって、シキモリが量産されるようになったら・・・」

「いいことじゃないですか、私たちの仲間が増えるんですから。」

「うん、でも・・・シキモリと色素生物は同じ色杯から生まれてるからたいして差はなくて、あくまでも人類の敵か味方かどうかの、わずかな違いでしかないんだ。人ならざる者を退けるために、人ならざる者にならなければいけないのだとしたら、僕らはいったい、なんのために戦っているんだろうって・・・もしかして、色素生物もかつてはこんな風に、何かの脅威から身を守るために、あの体を手に入れたんじゃないのかって・・・」

「・・・」

「・・・ごめんね、こんなこと、僕が考えてもしょうがないんだけどさ。」

「蒼井さん・・・」


蒼井はすっかりぬるくなってしまったコーヒーをすすった。そのコーヒーは、いつもより苦く感じるように思えた・・・。


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