黒色・紅紫色編
第9話 戦わずのブラックウィング
太陽系のアステロイドベルトに引きこもっている色素生物の移動要塞、色魔殿は大いにざわめいていた。というのも、先ほど将軍ブラックウィングが先の赤系色素生物、ルージュ・フィンが裏切り者のシアンにやられてしまったと大々王ジレンに報告したからだ。彼女はこの色魔殿の中ではどちらかと言えば中の下くらいの中級色素生物ではあったがそこそこの実力者であった。それが下級も下級のシアンに破られたとなると、ブラックウィングがかねてから懸念していたシアンの再祝福説が事実上証明されたという事になる。
「あやつが再祝福したとなればかなり厄介であるな。偽色杯と純粋な色杯では祝福のプロセスで付与される色力に雲泥の差がある。して、どのように対処する将軍。」
「・・・某が。」
「うむ?」
「自分が直接、この件を片付けに第3惑星に向かいます。奴はまだ祝福からあまり時間が経っておりません。今のうちに徹底的に叩くのが得策と思われます。」
「・・・そうか。わかった。」
やはり色魔殿は揺れていた。基本的に全線に出ることのなかったブラックウィングが直接動くのだという事が知れて、色素たちは大いに盛り上がった。彼は将軍という肩書を持っておきながら、全くと言っていいほど戦闘というものをした事が無い。というより、彼はどちらかと言えば話し合いの場に立つことが多かった。戦場に生まれて戦場に死す、というのを美徳とする色素生物にしては珍しいタイプだったが、そのたぐいまれなる交渉術で戦わずして勝利をおさめ、色素生物の勢力拡大に多大なる貢献をしたのも事実であったため、大々王は彼に絶大な信頼を寄せていた。
「おい、聞いたか!ブラックウィング将軍が直接出向くってよ!!」
「あぁ、あぁ。シアンの奴、とうとうやばい一線超えちゃったなあ・・・」
「”戦わずのブラックウィング”がとうとう剣を取るのか・・・でも、言われてみれば将軍が戦ったところなんて見たことあるか?」
「そういやあ、いつも交渉人としての姿しかみてねえやあ。でも一応それなりの戦闘術はとっくに身に着けているはずだよなあ。」
二人の色素生物が移動中に話し合っていると、向こうの方から何かしらの用を済ませたのだろうか、ブラックウィングと並んで大々王の二大側近である白系色素生物、ミカが歩いてきた。そういえば、彼女は大々王のもとへ黒羽将軍と共に集った色魔殿最古参の内の一人である。もしかしたら将軍の強さのほどをしているかもしれないぞ、と、二人はミカに駆け寄って聞こうとしたが・・・
「ごめんなぁ、今ちょっと片づけなあかん仕事が仰山あるさかい、また今度にしてくれる?すまんなぁ。」
と、やんわり断られてしまった。肩を落として残念そうに部屋を出ていく二人の色素に少々申し訳なさを感じていないと言えばうそになる。だが本当の所はミカは特に何か急ぎの用はなかった。”工作員”の動きは順調であるし、むしろこれと言って問題はない。すべてが順調であった。順調な、はずなのだが。ミカは胸の中に湧き出てくる違和感を無視し続けることが出来なかった。
「・・・」
かつて色素生物の存亡をかけて、色杯を取り戻すために長旅覚悟で共に色魔殿に乗り込んだ時は、まだ彼は色素生物らしく血気盛んで、言葉よりはすぐ行動に出るよくあるタイプであった。それが突然、まるで人が変わったかのように、戦いを忌み嫌うかの如く避けるようになったのは、一体いつ頃だろうか。そのおかげで彼が自分と同じ場所まで出世できたというのは喜ばしかったが、ミカはどうにも腑に落ちなかった。
改めて、ミカは違和感の発生した時期を思い出す。そういえば、この恒星系に来るだいぶ前に、色魔殿はとあるロケットとぶつかったことがあった。私とブラックウィングが調査のため、それに乗り込んだのだ。その風貌は、ロケットというよりは何かの塔のようなものだった。どうもあまり長距離航行に適さないタイプだったらしく、大方燃料が切れてそのまま慣性で彷徨っている所に俺たちの所へぶつかったのだろう、と彼は言っていた。
「この先にある操縦室も調べてみようぜ。」
「ええ・・・もういいやん、帰ろう?ずっと前に燃料きれてはるんやから調べるだけ無駄やて・・・なぁ?」
「なんだよ、ミカ、もしかして怖いのか?」
「ちがうんよ、そうじゃなくて・・・」
「全くなさけねぇ、色素生物がそんなんで怖がってどうする!」
「で、でも・・・なんか、このロケット、やけに寒々としてて・・・あっ、ちょっと!」
彼はこっちがしどろもどろしているうちに操縦室のロックを解除して今まさに入りかけている所であった。
「ブラックウィング!」
「ミカ、心配すんな、軽ーく見たらすぐ戻るから、な。」
そう言い残してロケットの操縦室に入っていく彼の後ろ姿を眺めた。静かなロケットの狭い操縦室。まだギリギリ空気があったのだろう、コツコツと彼の歩く音が聞こえる。足音は部屋の中心部、即ち操縦席がある辺りで止まった。
「・・・?なんだぁ、こりゃあ・・・」
彼がそう言った瞬間だった。
バシュゥゥゥゥゥゥ!!
突如としてまばゆい閃光が操縦室からロケット中に走った。それは一瞬の出来事だったが、あまりのまぶしさにとっさに目を覆ったが、ミカはしばらくの間視界が不自由になった。
「うわあぁっ!!・・・ブラックウィング!!どないした!!」
発光元から大分離れてたはずの自分でもこの通りなのだ、もしかしたらブラックウィングは目をやられたかもしれない・・・そう思うと居てもたってもいられずに、ミカは壁伝いに這うようにして彼のもとへ向かった。
「ブラックウィング!ブラックウィング!返事をして!!」
壁伝いに部屋の中に入った。手探りで彼を探す。手に何か当たる。椅子だ。操縦席だ。この近くに彼がいる。視界が徐々に回復するも、ぼやけていてまだはっきりとは見えない。徐々に輪郭がはっきりしてきた。席の隣に何か人影のようなものがある。そこへ手を伸ばしてみる。当たった。人影はその手を握り返す。この感触、間違いない・・・彼だ。
「・・・どうした。ミカ。」
「ブラックウィング!!・・・ああ、よかった。なんもなかったんやな!」
「・・・ああ。」
「大丈夫か?さっきの閃光で、目をやられてへん?」
「大丈夫だ。まったく、とっさに顔を床に伏せなければ今頃めくらの座頭市状態だったな・・・」
ブラックウィングはこの発光現象の原因として、右手に握っていたものをミカに見せた。それは白くて細長い、棒状の発光装置であった。
「悪趣味なやつもいたものだ。誰かがこれを調べたとたんに作動するようにしかけてあったのさ。まったく。」
「とにかく、無事で良かった・・・ねえ、はよ戻ろう、こんな不気味なロケットに長居したくない。」
「ああ、戻るか。」
とりあえず、色魔殿には目つぶしのトラップ以外には何もしかけられてなかった、と報告しておこう。そう思いながらロケットのエアロックを開放し、二人は色魔殿へと戻ることにした。・・・だが。
「ブラックウィング、どこ行くんや?色魔殿はこっちやで?」
「・・・ああ、すまんすまん。さっきの奴で少々方向感覚が狂ったかな。」
「・・・」
色素生物には、何かあった時にすぐ色魔殿に戻れるように、色魔殿の方向を示すガイドビーコンがその網膜内に表示されるはずだ。だが、彼は一瞬迷った。ビーコンが作動していればそんなことないはずなのに・・・しかも、それを作ったのは彼自身であったはずだ。きっとさっきの閃光のせいだ。あの閃光には何かそういう作用を働かせる効果があったのだろう、とミカはその時は自分にそう言い聞かせたのだった。
そのときからだ。ブラックウィングが戦いよりも話し合いの場を主戦場とし、”戦わずのブラックウィング”という異名を持って多大なる功績をあげ、大々王ジレンの側近として徴用されるようになったのは。だが、そんな彼もいよいよ戦場に出る時がやってきたのだ。
「ではゆけ、ブラックウィング。裏切り者のシアンを必ず討ち取るのだ。」
「仰せのままに。大々王様、万歳!」
そういってブラックウィングがジレンの元を去るのを、ミカはすぐ近くで見ていた。そして、ひざまずく彼の背中に折りたたまれている翼の中に、その棒状の発光装置が隠してあることを見破った時、彼女のブラックウィングに対する違和感はますます募る一方であった・・・
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