第10話 巨神敗れる

白と黒。色という概念が生まれる前から存在していた色。元来この世界はモノクロームで出来ており、その点白黒テレビはとても正直である。そこへ光学現象や網膜の色知覚などの様々な要因が重なって、世界は彩られている。大昔、とある偉人が全ての色は光と闇、白と黒から生まれたと言っていた。少し前まではその言い分は当たらずも遠からずのよくある古い科学知識であると半ば子馬鹿にされていたが、色力という存在が様々な科学の根本的常識を好き放題に蹂躙してしまった今現在、その偉人の言葉はかなり本質的な所をついていたのではないか、とまで言われていた。


もしその色力を扱う色素生物が現れたら、かなり苦戦を強いられることになるだろうとシキモリとしての訓練を積んでいる最中に岐路井から教わったが、ここの所そんなことを気にしていられないほど大きな事件が相次いでいたため、蒼井は半ば忘却の彼方にその言葉を置き去りにしていた。だが、その言葉を嫌でも思い出さねばならない事態がたった今発生したのだ。やけに広くなった気がするCOLLARS本部のモニターに、そいつは映っていた。


奴はよりにもよって、色力注意警報の定期メンテナンスをしている最中に襲来した。COLLARS職員が気付いたときには、すでに奴はその体を色球から巨大な人型に変えていたのである。その背中からは、大きな黒い翼ブラックウィングがのぞいていた・・・岐路井は今、蒼井を車に乗せて高速道路を飛ばしながら悪態をつく。


「くそう、色力注意警報が作動しないたった10分の間を狙ってくるとは・・・」

「本当に、いたんだ・・・黒い色素生物・・・」

「白と黒は色という概念が出来る前から存在していた色だ。存在しない場所を探す方が難しい。奴がそれらの色からエネルギーを引き出せるという事は、ほぼエネルギー切れの心配がないという事になる。こちらとしては相当厳しい戦いになるだろうな・・・」

「大丈夫・・・だと思います。多分。今までだって何とかなったんですから、今回もきっと・・・」


口ではそう言ったが、蒼井は不安だった。奴の圧力を感じる。それは距離を縮めるにつれてだんだん大きくなっていく。今までとはどうも雰囲気が違うのだ。確かに今までも戦闘前に武者震いするときがあったが、今回のはそうではない。胸に鉛でも入れられたかのようにのしかかるこの感覚を、蒼井は言葉にできなかった。・・・嫌な予感がする。だが、弱みを見せるわけにはいかない。今、この星を守れるのはこの僕とシアンだけなのだ。蒼井は不安を押し殺した。


不思議なことに、奴は出現してから全く微動だにしなかった。ビルの谷間を縫うようにして走る広い幹線道路の上に、奴はただ立ちすくんでいるだけで、破壊活動も何もしない。まるで、何かが、誰かが来るのをただじいっと待っているかのように・・・その様子が、蒼井と岐路井には不気味に感じられた。


「いいか、蒼井君。今回君に指示することはたったの一つだ。・・・無理だけはするなよ。」

「岐路井さんはどうするんですか?」

「俺は資料館に戻って、シキモリ2号を大急ぎで出撃させる。おそらく奴は君一人では倒せないだろう。まだ2号は未完成だが、基本的な戦闘術は既にフィードバック済みだ。とにかくそれが来るまで、どうにか持ちこたえてくれ。・・・できるか?」

「・・・何とかします。」

「頼んだぞ。蒼井君。・・・何度も言うが、無理だけはするんじゃないぞ!」


蒼井は岐路井に会釈を交わして、奴と向き直ったかと思うと大きく飛び上がり、青色の道路標識の看板に色力抽出器を接触させて青系色素を抽出して身にまとい、シアンへと転身した。その様子を道路を爆走する自動車のバックミラーから見ながら岐路井はやはり悪態をついた。


「ちっ・・・少々早すぎるぞ・・・」




シアンの姿を認めた将軍は、待ってましたとでも言わんばかりににやりと口角を上げて親しげに話しかけた。


「久しぶりだな、シアン。俺の事を覚えているか?」

「・・・ブラックウィング、将軍。」

「ほほう、まだ俺の事を将軍と呼んでくれるのか。・・・突然消えたと思ったら、まさかこの星の人間どもに寝返るなんて・・・全く世話が焼けるなぁ。」

「・・・」

「でも、俺はむしろ嬉しいんだ。一時は出来損ないとまで呼ばれていたシアンが、自分よりも強い色素生物をもう3体も倒してる。すげえよなぁ・・・」

「・・・何が言いたいんだ。」

「今のお前なら、色魔殿でもそれなりの地位に就くことが出来る力がある。しかもお前は色杯がどこにあるか知っているんだろう?そいつを土産にすれば大々王様もお喜びになるぜ・・・どうだ。もう一度色魔殿に戻ってこないか。今ならまだ間に合うぞ・・・」


当然、シアンはかぶりを振った。今更戻る気などない、という確固たる意志をもって。将軍はそうか、とため息をついた。しかし最初からそう答えるとも分かっていたようだった。


「残念だ・・・シアン・・・とっても・・・」

「・・・」

「お前がそう答えてしまうと・・・俺は・・・お前を・・・」


「始末しなきゃなんねぇからなぁ!!」


瞬間、ブラックウィングの背中の黒い羽がばさあ、と開き、そこから放たれた無数の鋭い黒羽が空を埋め尽くさんばかりにシアンに襲い掛かった。シアンはとっさに海碧楔型光波を何発か放ったが、打ち消しきれなかった数発の黒羽がシアンの胴に突き刺さった。一瞬苦悶の表情を浮かべるが、その瞬間背後に恐ろしい殺気を感知し、とっさの振り向きざまに海碧造換剣で不意打ちの斬撃をどうにか防ぎ切った。将軍は片手に赤く光る短剣を持っている。刀身にエネルギーを溜めているのだろうか。キュイイイという音をシアンは耳にした。


「くっ・・・!!」


シアンはいったん体勢を立て直すために将軍を突き放したが、それが仇となった。


ブウゥン!!


シアンが離れてくれたおかげで自由になった将軍は、短剣を大きく振り下ろした。大きく弧を描いて短剣の刀身から放たれたエネルギーは大きな切断波となってシアンへと襲い掛かる。シアンは脊髄反射で大地を蹴り上げて空へと飛び立ち、辛くもこれを避けた。丁度真上に会った積乱雲に逃げ込んで体勢を整えようとするシアン。しかし、それこそがブラックウィングの罠であったことに気づいたのは、どこからか飛んできた何本もの短い、されど鋭い鋼鉄針が、自分の体を貫いてからだった。


「ぐああっ!!」

、というもんはちゃんとツボを押さえれば万病に効く、と聞いたが・・・これはちょっと太すぎたかな?」

「ぐぐぐ・・・」


シキモリはそれくらいでは死なないように出来てはいるが、痛覚がないわけでは無い。血の代わりに青い体液が針を伝って流れていく。人間だったらとても耐えられないような痛覚を胸に覚えながら、それでもシアンは力を振り絞って将軍に突っ込む。


「うおおお!!」

「おっと、とと、その針抜かなくていいのか?早く抜かないととんでもないことになるぞ~?」

「黙れぇっ!!」


シアンは雲の中ををすばしこく逃げ回るブラックウィングに攻撃を当てようとするのに夢中で、積乱雲の中でゴロゴロという音がするのに気が付かなかった。その音に気付いた将軍はいち早く動きを止め、シアンの目を盗みうまく”雲隠れ”した。見失ったシアンをあざ笑うかのように、将軍の声が雲の中に響き渡る。


「シアン。もう少しお前は強いもんかと思ってたが・・・正直お前を買いかぶり過ぎていた・・・」

「何だと!?」

「こんな積乱雲の中で針ぶっ刺したまま飛びまわったらいったいどうなるか、ちょっと考えりゃわかるだろうに。聞こえねえか?がお怒りでいらっしゃるぜ・・・?」

「・・・!!」


ようやっと、シアンは将軍の言葉の意味を理解した。しかし、その時すでに遅かった。自分が今置かれている状況を理解したと同時に、稲光が針を通して自分の体を貫いていたのだ。


「うああああ!!!」


ゴロゴロゴロ・・・


シアンの絶叫に遅れて重なる轟雷の音。それを皮きりに、雷は無慈悲にもシアンに刺さる針めがけて閃光を放つ。そのたびに、電撃は痛覚に変換されて、シアンの体を痛めつけた。


「ぐうああああっ!!」

「やれやれまったく見てらんないねぇ。よくそれで地球防衛が務まるよな。シキモリの名が聞いてあきれるぜ・・・」


雷撃はようやく収まった。しかし、度重なる雷撃で弱ったシアンはとうとう空中にとどまる力を失って、そのまま真っ逆さまに地面へと落ちていく。そして、地上にシアンが激突したことを知らせるずごおおという轟音が鳴り響いたのを確認して、将軍はゆっくりと地表へと降りて行った。


「はあ・・・はあ・・ぐっ・・・」


もう立つ力もない。なんてことだ。嫌な予感は的中してしまった。・・・一番最悪の形で。シキモリ2号は間に合いそうにない・・・岐路井さん・・・ごめん・・・なさい・・・あいつは・・・強すぎる・・・シアンは絶望のあまり目を閉じた。だが突然、グイっと胸元の針を持ち上げられて立たされた。ずきずきとした痛覚がまだ自分がかろうじて生きていることを教えてくれる。しかし・・・目の前には、ブラックウィングがいる。いつの間にか針はすべて消えていた。


「く・・・」

「なあ、シアン。無駄な争いはやめようぜ。ここでお前を殺すのはたやすいが、お前ほどの逸材をむざむざ殺すほど俺も愚かじゃない・・・なあ?色魔殿に戻らないか?大々王様の前で一緒に土下座してあげるから・・・」


しかし、シアンは拒否の意思を突き付けた。今体に残っている最後の力を振り絞って。右こぶしを固く握りしめて。ブラックウィングの顔面に。思いっきり。


「ぐぶっ!!」


思わぬ攻撃を受けてよろよろとのけぞってしまった将軍に、シアンは吐き捨てるように言った・


「誰が・・・戻るもんか・・・俺は・・・シキモリだ・・・あんなところへ・・・戻るくらいなら・・・死んだほうがマシだっ!!!」

「・・・けっ、そうか、分かったよ。」


ブラックウィングはそういうと、両掌を胸の前で向かい合わせて、その中に赤外線を発生させた。そしてそれをまるであやとりの糸のように操って、掌中でを作り上げていく。


「最後の情けだ。俺はお前の意見を尊重し・・・お前をシキモリとして・・・殺す。」


編み上げられた赤色の毛玉レッドスパークからは高エネルギー反応が確認されていると、疑似網膜はノイズ交じりにシアンに警告を与える。しかし、それを避け切るほどの力はもうシアンにはない・・・シアンは目をつぶった。そして自分の無力さを岐路井や桃花に謝罪した・・・が。突然、疑似網膜から高エネルギー反応感知の表示が消えた。どうしたのだろうか。


「・・・やーめた!!」


なんと、将軍は編み上げていた赤外線の毛玉を消滅させたのだ。そしてつまらなさそうにシアンに背を向け、そのまま去ろうとしている。シアンは困惑した。


「・・・え・・・?なんで・・・?」

「結果が分かってる戦い程詰まらねえものはないんでな。今更お前を殺したところで俺の勝利は決まったようなもんだ。」

「・・・?」

「もっとわかりやすく言ってやろうか?」将軍は振り向いてシアンに吐き捨てた。


「お前にはとどめを刺す価値もない。ってことだよ。そのままゆっくり野垂れ死ぬのがお似合いさ。ははは。」


プツン・・・


ブラックウィングの嘲笑。それが引き金となって、シアンの頭の中で何かが音を立てて切れた。そして、もう動けないはずの体の奥底から燃え上がるようにして湧き上がる衝動を覚えずにはいられなかった。・・・怒りだ!気づくと、考えるよりも先に体が動いていた。


「ふざけるなああああ!!!」

「むっ!?」


シアンは今、シキモリではなく色素生物としての本能をむき出しにしてブラックウィングに攻撃していた。やはり彼も戦って死ぬことを美徳とする考えを捨てきれなかったのだ。将軍はそれを小ばかにした。まだわずかに残っていたプライドをズタズタにされて、今やシアンには目の前の敵を殺すことにしか頭にない。


「ブラックウィング!!俺と戦え!!」

「はぁ・・・やれやれ・・・」


怒り狂うシアンの攻撃の嵐の中に見つけたわずかな隙を縫って、ブラックウィングはシアンの胸に手をかざした。


「・・・!!しまっ・・・」


一瞬で消えた赤外線の毛玉が、一瞬にして自分の胸の前に出現したことを認めた時には、シアンの体は既に後方へと大きく吹き飛ばされていた。ビル街を轟音を立てて何棟も貫き、瓦礫の山に変えながら、ようやく動きを止めたシアンの体からすでに色は消えており、かろうじて生きてはいるもののすでに虫の息であった・・・巨神はここに、完全敗北してしまった。


「・・・」

「言っただろ?結果が分かってる戦い程つまらないものはないって・・・」

「・・・」

「もう声も出ないか。まあよく頑張ったよ。・・・でももう、年貢の納め時だ・・・」


ジャキン!!


握りこぶしの指の間から鋼鉄針を生やして、ブラックウィングはシアンに近づいた。針先はシアンの胸に向いている。


「シアン、もうすぐ楽になるからな・・・」


それを手向けの言葉代わりに、大きな針をシアンに突き刺そうとした。その時だ。


「!?」


将軍はとっさに、何者かの気配を感じてその方角へ腕だけを動かし、造換鋼鉄針を発射した。発射された針はきいんと何かにはじかれて地面に転がった。その音の方に振り向いた将軍は、自分の目が信じられなかった。・・・色素生物が、もう一体いる!


「・・・誰だ・・・?」


色魔殿のメンバーの顔はシアンにやられた者も含めて大体覚えていたはずだった。しかし、目の前の色素生物だけはどうしても顔が思い出せない。第一・・・「マゼンタ」色の色素生物など、自分の部下にいただろうか・・・?いや、違う。俺の記憶が正しければ、そんな色の奴はいなかったはずだ・・・という事は・・・まさか・・・こいつは・・・シキモリ・・・!?




「私は・・・マジェンタ!!対色素生物防衛生物兵器2号、マジェンタ!!」












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