第8話 人造シキモリ計画
蒼井と岐路井は気づくと既に喫茶店を後にしていた。というよりは、脊髄反射的に喫茶店を飛び出したと言ったほうがいいかもしれない。自分の身に起きた出来事を回想している最中に、鼓膜を貫くかと言わんばかりのけたたましい色素警報が発令されたからだ。今回不幸にも色力を大幅に増大させて、この国のいたるところに仕込まれた色力感知センサーに引っかかってしまったのは、赤系物理色であった。
赤系物理色はすでに本来それを含有する物質を飛び立ち、一旦赤い色球の形に集結したうえで、色素生物ルージュ・フィンに再形成された。もし色素生物にも性別があると仮定するならば、その姿は女性の形によく似ていた。だが、ただ人間の女性と違う点としては、下半身に本来あるはずの二本の脚は見受けられず、代わりに鮮やかな赤色の鱗を輝かせる魚の
「うふふふ・・・・人間さん、いい加減おとなしく色杯を渡してくれるかなぁ、もうあなたたちの防衛手段は”ないない”されたはずだよぉ?抵抗すればするだけ、”ないない”されるものが多くなっちゃうよぉ?それは嫌だよねぇ?・・・だったらぁ、早く色杯を渡してくれないかな~?」
耳がむずむずするような猫なで声に思わず蒼井は顔をしかめた。そして、やはり奴がその情報を知っているという事は、COLLARSの本部を襲撃したのは色素生物でほぼ間違いないだろうと確信した。
「蒼井君、この場は君に頼めるか?」岐路井が訪ねた。
「ええ、大丈夫です。」すでに右手には色力抽出装置が握られている。
「俺はこれから、防衛軍のお偉い方と今後の方針について話し合ってくる。」
「防衛軍と・・・?」
「COLLARSがほとんど壊滅してしまった以上、俺と蒼井君のだけでやりくりするとなるとどうしても限界があるからな。人員は少なければ少ないほどあちらさんは喜ぶが、流石に二人だけというのは減らし過ぎだ。まあその点も合わせて、防衛軍会議でおねだりしてくるよ。」
岐路井はあらかじめ呼び出しておいた、真っ黄色の全自動色力乗用車に乗り込んだ。
「あ、そうそう。なるべく高速道路は破壊しないでくれよ、会議場への近道なんだ。注意して戦うように!」
「うーん・・・善処します・・・」
「大丈夫、蒼井君なら出来るさ。健闘を祈る!」
そういうと岐路井は車を飛ばして行ってしまった。安全圏まで十分に離れたことを確認すると、蒼井は近くに投げ捨てられている青いポリバケツに色力抽出装置を接触させ、色力を抽出した。ややあって、空を優雅に泳ぐ紅人魚の背後にどすんと――これでもかなり気を使っている――シアンは降り立った。気配を察知して、紅人魚はねじるように振り向き、その視界に裏切り者の青系色素生物を認めると、これまた耳がむずむずするような猫なで声で彼をあおった。
「ああっ!!誰かと思ったらよわよわシアンくんじゃ~ん!!」
「・・・」
「ざこざこ色素を二人ほど倒したくらいで調子に乗ってる、いい気になってるシアンくんにぃ、今日こそは実力のほどを見せつけちゃうんだから!!」
そういうと紅人魚はあいさつ代わりに空気に大きな振動を与え、大きな空気の波をシアンにぶっつけた。思わずシアンは右腕で頭を遮る防御態勢を取って目標から目線を離すが、その一瞬のうちに波に乗って移動した紅人魚に詰め寄られてしまった。
「ばあっ!!」
「・・・!!」
ガギギギギギ!!
双方の剣と剣がお互いにぶつかり合い、激しく火花を散らした。紅人魚はどこからか取り出した
「あ!!今のを受け止められたんだ!!すっごーい!!」
「く・・・」
一旦二人は間合いを取って体勢を立て直す。先に紅人魚が魚太刀でシアンに執拗な攻撃を加える。真っ向切り。一文字切り。袈裟切り。突き。シアンはそれを時にかわしながら、時に海碧剣で受け流しながら紅人魚の攻撃をいなす。そして、紅人魚の連続攻撃に一瞬の隙を見つけたシアンは、思い切り相手の攻撃範囲に踏み込んで斬撃を与えた。紅人魚はとっさに後ろに飛びのいてかわした。
「そんな攻撃が当たると思って・・・あれ?」
左頬に痛覚。触ってみると、赤い血――色素生物に血液があるかどうかは知らないが、便宜上そう呼ぶ――が指についている。シアンの踏み込み斬撃が、紅人魚の回避行動よりわずかに早かった何よりの証だ。それをみとめた紅人魚は激情した。下級色素のくせに、私の顔に傷をつけただと。許さない。絶対に許さない。
「・・・このガキぃ!!こっちが少し手加減してやったら調子に乗りやがって!!ぶっっっっ殺す!その生意気な首を引っこ抜いて!!腹のもつまでずたずたに引き裂いてやる!!」
紅人魚はその長髪と鱗を逆立てた。そして次の瞬間、尾ひれに張り付いた真っ赤な鱗が飛び散ったかと思うと、シアンめがけて手裏剣のように向かってきた。シアンはとっさに右へ側転で避けたので事なきを経たが、シアンの背後にあった高層ビルがその身代わりとなり、剃刀のように鋭い鱗がビルの白壁に深く深く突き刺さっている。まともに受けたらただでは済まない。だが避けるだけでは情けない。
紅人魚は再び魚鱗手裏剣をシアンに向けて放った。さっきよりも数が多い。だがシアンはその弾道を疑似網膜で全て見切り、目には目を、と言わんばかりに海碧楔型光波を連続で放ってその攻撃を全て打ち消した。昔は銃弾と銃弾がぶつかり合う事をかちあい弾、と呼んだことがあったが、今目の前で繰り広げらている、空中で楔と手裏剣が互いにかちあって消滅していく様はまさにその体現であろう。
だがシアンにはその様をまじまじと見つめる暇はなかった。紅人魚の赤系物理色のエネルギー反応の高まりを疑似網膜が捕らえたからだ。
「それで勝ったつもりかよ、シアン!!」
紅人魚はそう言い放ったかと思うと、その大きな尾ひれで空を蹴った勢いでシアンめがけてタックルを仕掛けてきた。またも避けようとするが、紅人魚はそうはさせまいと燃えるように赤い目から光線を放った。光線はシアンをぐるっと回りこんで鎖状に変化したと思うと、たちまち彼を巻き上げて動きを封じてしまった。
「・・・!!」
果たして紅人魚は勢いに任せてシアンを押し倒した。光の鎖で拘束されたシアンは脱出しようと必死でもがくが、そのたびに鎖が食い込んでくるように感じた。それを知ってか知らずか、紅人魚は執拗にシアンの顔を狙って魚太刀を突き付けてくる。シアンは顔を左右に振って避けることしか出来なかった。
「ほらほらどうしたのシアン、さっきまでの威勢は~!!」
紅人魚はシアンの首根っこをつかんで無理やり立たせると、鱗の入り混じった腕を首に回してじわじわと、しかし確実にシアンの息を止めにかかった。鎖はすでに外されていたが、この状況においこむことが出来ればもはや必要ない。
「ぐぐぐ・・・」
「よわよわシアンくんも少しは強くなったね~・・・という事は、色杯による再祝福を受けたのかなぁ~?場所を教えてくれたら、命だけは助けてやってもいいけどなぁ~」
「だ・・・誰が・・・いうものか・・・ぐっ!!」
締め付ける力はますます強くなってくる。
「早く色杯の居場所を吐いて楽になるか、あたしの腕の中で楽になるか、どっちがいいかなぁ~」
段々と意識が遠のいていく。だめだ、このままでは。ここで倒れたらだれがこの星を守るのだ。シアンは力を振り絞って、疑似網膜に表示されている打開策の通りに、両腕を顔の前で交差させた。両腕には色力がたまっている。両方の手首がそれぞれ交差した辺りで、シアンは己の色力を電気に変換して解放した。瞬間、青い閃光が周囲に走ったかと思うと、紅人魚は急激な電気ショックに耐えられず、シアンを手放してのけぞってしまった。
「ぐあぁっ!!」
かなり効果があったようだ。水属性は電気属性に弱いというのはゲームだけの話かと思っていたが、どうやら現実の戦闘でもかなり効果的な戦法らしい。紅人魚は体中に走った電気の衝撃からうまく立ち直れず、ふらふらと空を泳いだかと思うと、思わず近くの石油タンクにつまずいてしまった。タンクはのしかかる紅人魚の重さに耐えきれずに破裂して、優雅で美しい――少なくとも紅人魚自身はそう思っている――彼女の体にねとねとと纏わりついた。
絶交の機会だ。体色が薄くなりかけている今のシアンに金春鎖状光線や青色眼光等の決定打を放つほどの色力残量はないと疑似網膜は告げている。だが、今紅人魚は石油を浴びて、ふとしたきっかけでも着火しやすくなっている。光線よりも単純な電流の方が色力変換効率がいいと岐路井から教わっている。ならばやることはたったの一つだ。シアンは再び両腕を交差して胸の中央部に残された全ての色力を集中させた。
かき集められた色力は一筋の電気エネルギーとなって天に上った。その刹那、より強力な電気エネルギー、即ち稲妻となって天上から降り注ぎ、遅れてやってくる轟音と共に地上の紅人魚に直撃した。理論上は可能であると岐路井が言っていたものの、規模の割に対して威力もないとのことであまり使われなかった技、
「ぎゃあぁぁぁ!!熱い、熱い、ぎゃあぁぁぁ!!」
紅人魚は劫火に包まれた。美しい髪が、鱗が、尾ひれが、腕が、燃える。燃える。ぼうぼうと燃える。熱い、熱い、あつい・・・紅の人魚は、その名に負けずとも劣らない真っ赤な炎に包まれて最期を迎えた。
敵とはいえ、苦しみぬいて死ぬ光景を見るのにシアンは耐えられず、紅人魚が”焼き魚”になる前に色球となってその場を後にした。・・・しばらくは、焼き魚を食べるのは控えようかなと心の中でつぶやきながら。
「いかがです?ご覧の通りシキモリは色素生物に十分対抗しうる存在であることは疑いの余地もありません。防衛軍の皆様にも彼が地球防衛にとってどれだけ重要な位置を占めているか、ご理解いただけたかと思います。」
岐路井はシアンと紅人魚が戦っていた場所から遠く離れた、防衛軍本部にてその戦闘を途中からスクリーンに映してシキモリの活躍を防衛軍幹部に見せつけていた。映像を見終わったうえで、幹部の一人が岐路井に質問する。
「・・・確かに、シキモリが我々の地球防衛にとって必要不可欠な存在であることは分かった。だが、それと君の提案するCOLLARSへの研究予算増額とはどのように関連性を持つのかね?」
「COLLARSが私とシキモリの変身者を残して壊滅してしまった以上、どうしても彼に地球防衛の重責が集中してしまいます。勿論心身ともに厳しいトレーニングは積んではおりそう簡単には音を上げないと思いますが、万が一のことも考えなければなりません。もし、彼が敵の策略等何らかの理由で活動不能になった場合、我々は無力になります。そこで、私はここに提案したいのです。・・・シキモリ2号を。」
シキモリの増員、そう聞いて会議場はしばしどよめいた。色素生物をこちら側の生物兵器として運用すると提案した時でさえかなりひと悶着あったのに、今度はそれをもう一人増やそう、というのだ。だが、最初とは違って、先の戦闘でシキモリがいかに地球防衛の役に立つかというまぎれもない証拠を突き付けられたことや、今までの防衛軍の兵器でまともに色素生物に対抗できた事が無かったのも、防衛軍の立場を弱くしていた。
「我々に今必要なのは力。力です。力がなければこの戦争には勝てない・・・もはやこの計画はだいぶ”下ごしらえ”が進んでいます。今この場であなたたちの同意と、ハンコと、予算を貰えるのならば、すぐにでもそれらをご用意できますが・・・いかがでしょう。」
幹部たちはしぶしぶながらおおむね賛成していたが、それらを代表するかのように、防衛軍司令官と思われる人物が岐路井に質問した。
「君の言いたいことは分かった、だがその元となる色素生物や、触媒となる人物はどこで見つける?それらはシキモリを生み出すには最低限必要なのだろう?」
「いいえ、司令官。今回はそのような”スカウト”は行いません。一から作り上げるのです。」
「・・・というと?」
「人間の遺伝子と、色素生物の遺伝子を掛け合わせた、生まれながらの生物兵器、人造シキモリを生み出すのです」
会議場のどよめきは収まることはなかった。だが、既に根回しはしてある。雁首揃えて会議することくらいしか仕事らしい仕事をしない、幹部どもには少し札束をちらつかせるだけで意のままにできることを岐路井は経験から学んでいた。人造シキモリ計画はもうすぐそこまで来ている。この会議での承認はあくまでも形式に過ぎない。計画が順調に向かえばあとは・・・岐路井の目は、黄色く、そして怪しくその先の未来を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます