黄色編
第5話 COLOR‘S全滅
地球人に味方する例の蒼い色素生物は、明らかにあの出来損ないのシアンである。しかもどうやら奴は色杯を使って人間との融合がてら”再祝福”をしてかなり強化されたらしいというのは、グリンガとソニックバードを容易に破ったところからも明らかであった。出来損ないとはいえかつての部下が反旗を翻したことについて、将軍ブラックウィングは何度も頭を垂れて自分の管理不足をただただ謝罪するしかなかった。
「大々王様、このブラックウィング一生の不覚・・・どんな罰でも甘んじて受けるつもりでございます。」
大々王はかぶりを振った。むしろ同情の念さえ覚えていた。今彼を責めてもシアンは戻ってこないし、ブラックウィングはむしろ被害者である。シアンはこの色魔殿で唯一の理解者をこともあろうに自分から裏切ったのだ。だがこれでみな踏ん切りがつき、シアンを明確に裏切り者と断言することが出来るのは好都合でもあった。
「おぬしのせいではない、将軍。これは奴自身が選択したことなのだ。ならば我々は、奴にその選択の代償を払わせるまでよ。」
「大々王、ではせめてこの一件、私目に一任させてはもらえないでしょうか。すべては自分の管理不足から始まった不始末、自分の汚名は自分で挽回いたしたいのです。どうか何卒。」
拒否する理由はなかった。ブラックウィングは大々王ジレンが最も信頼を寄せている二人の将軍のうちの一人である。元来色素生物は個人主義が強く、あまりまとまって動くのが好きではない生き物だったのを絶対的な力――彼はこの色魔殿の中で色杯で祝福を受けた最後の色素生物である――でまとめ上げたのがジレンならば、彼は力だけに頼らず、人望だけで色素生物を導いてきた。だからこそ、出来損ないのシアンに対しても粘り強く接して、決して見捨てようとしなかったのである。
「そこまで言うならよろしい。この一件、その方に一任しようぞ。上手くやってくれるな、将軍。」
「は、仰せのままに。大々王様・・・」
ブラックウィングはジレンに一礼して、色魔殿の中央部にある謁見室を出て、自分の仕事に戻っていった。
さて、ジレンはブラックウィングの他にもう一人、将軍を従えている。その将軍は彼とすれ違いざまに謁見室に入り、ジレンの前でひざまずいた。その長髪や鎧にかけて何から何まで
「おお、ミカ将軍。戻ったか。」
「大々王様、物事は万事うまくいっとります。先ほどうちが仕込んだ工作員が、地球人の防衛組織とやらにどえらい痛手を負わせよったんですわ。」
「ほう?してその痛手とは。」
「その工作員、採用面接に合格したてのほやほやさかいに、本当にその意思があるんかテストしてみたんですわ。そしたら、何をしよったと思います?」
「COLLARSをほぼ全滅に追い込みよったんですわ。」
COLLARSの本部が突然襲撃された。
その報を聞きつけた蒼井は、シキモリに姿を変えてまで現場へとできる限り急行したが、着いたときには既に皆息絶えていた。そして今、蒼井は並べられている死体が全員COLLARSのメンバーに相違ないか、防衛軍の検分に立ち会っている最中であった。
「左から順に・・・指宿タテマ隊長、海山サチ副隊長、山川セミ隊員、新平いさぶろう隊員、風隼人隊員。・・・これらの遺体は、この五人で間違いありませんか。」
「・・・はい。」
蒼井は嘘であってほしいと心の底から切望したが、現実は残酷だった。渡された5人の写真と、地べたに横一列で並べられた、とても死んだようには見えないくらい綺麗な遺体の顔は非情にも一致した。昨日まで共に戦った戦友の、あまりにもあっけない最期を目の当たりにして、蒼井はただただ立ち尽くすしかなかった。
検分から解放された後、蒼井は一人ある場所へと向かっていた。彼はつらいことがあったときにはいつもその場所へと向かうのだ。そこは公園であった。だが、他の公園と唯一違う所は、園内にに名前を刻んだ灰色、もしくは黒色の石碑がずらりと並ぶ区画が存在するという事・・・この国ではまだ珍しい目で見られる墓地の様式、墓地公園に、蒼井は花と線香をもって訪れた。
「姉さん・・・ごめん・・・僕・・・COLLARSのみんなを救えなかった・・・」
姉の死で心身が不調になり、やむを得ず非常勤隊員にしてほしいという自分のわがままを快く聞いてくれたCOLLARSのみなを。極秘事項のため自分がシキモリであるという事を知らないまま、ともに色素生物と戦ったよき友を。自分なら守れたはずだった・・・だが、守れなかった。間に合わなかった。犠牲者は姉で最後にすると墓前で固く誓ったのに・・・むざむざと地球防衛を共に担う大事な仲間を、一度に5人も失ってしまった蒼井は己の無力さを呪った。
こんな時姉は自分になんて言ってくれるだろうか。貴方は悪くないと慰めてくれるだろうか。それともあなたが弱いから、と叱り飛ばすのだろうか。何にせよ蒼井は今姉の言葉を聞きたかった。だが彼女はとうに土の下に眠っていてその願いはかなわない。ぽつぽつと墓石に水滴が垂れてくる。
「姉さん・・・僕はどうしたら・・・」
「やはりここにいたか。蒼井君。」
声のしたほうに振り向くと、そこには傘を差した一人の男が立っていた。黄色いネクタイを閉めているその男は、蒼井がこちらを向いてすぐに傘を差しだした。
「ほら、風邪をひくぞ。」
「き、岐路井さん!生きてたんですね!!」
岐路井と呼ばれた男は蒼井と共に公園を出て雨の降りしきる道を歩いた。
蒼井桃花と並んで色力学の2大権威と呼ばれていたその男は、現在蒼井が唯一心を許せる人物であった。彼は桃花と色力学において切磋琢磨しあったライバルかつ、困難の前にしてともに立ち向かったよき理解者でもあり・・・恋人でもあった。もし桃花が今も生きてさえいれば、彼は蒼井の義理の兄になるやもしれなかった。もっとも、蒼井にとっては姉や自分によくしてくれる岐路井はすでに家族のようなものだったが。
二人は行きつけの喫茶店に入り、遅い昼食をとることにした。今日は朝からいろいろと忙しくて二人とも何も食べていなかったので、とりあえずメニューを開き、目に入ったものを適当に注文した。先に話し始めたのは岐路井であった。
「偶然私用で本部を離れてたのが不幸中の幸いだった・・・しかし、まさかピンポイントに基地に攻撃を仕掛けてくるとはな・・・蒼井君はなんともなかったか?」
「はい、僕は何ともありません・・・でも・・・。」
「でも?」
「僕が、もう少し早く基地に急行出来たら・・・せめて、僕が非常勤にならなければ、全滅は防げたと思うんです・・・」
「・・・」
「・・・岐路井さん、ごめんなさい。僕が無力なばっかりに・・・シキモリの力を持っていながら、救える命すら救えなかった・・・」
カチャン、と岐路井はコーヒーカップをテーブルに置いた。
「・・・あまり自分を責めるな、蒼井君。要は捉え方だ。君が非常勤で本部にいなかったおかげで、今回の色素生物急襲でCOLLARSのメンバーとシキモリ融合者を失うという、最悪の結果を避けることが出来た。」
「でも、」
「蒼井君。確かにCOLLARSのメンバーを失って、つらいと思う気持ちはよくわかる。だがもう過ぎたことだ。どんなに悔いても過去は変えられない。」
「・・・」
頼んでおいたメニューが運ばれてきたので、会話はいったん中断し、岐路井は自分が頼んだサンドイッチ――練りからしが”耳”まではみ出している――を頬張りながら会話を再開した。
「君はシキモリだ。もし彼らの犠牲を無駄にしたくないのなら、センチになるのはそれくらいにしておけ。COLLARSがいなくなった以上、色素生物の魔の手からこの星を守れるのは、君だけなのだからな。」
「・・・はい、岐路井さん・・・」
「まあ、とはいってもそう簡単には割り切れないよな。大事な人を失った気持ちは、俺も痛いほどよくわかる。・・・辛かったら遠慮なくいえよ。メンタル管理もシキモリ開発者の責務だからな。」
「有難うございます、岐路井さん。」
「さあ、せっかくの飯が冷めちまうぞ、どんどん食え、俺のおごりだ。」
「いただきます!」
蒼井はようやく自分の頼んだスパゲッティに手を付けた。その食いっぷりを見ているだけで彼がいかに空腹だったかを暗に示している。その様子を見て僅かに微笑を浮かべた岐路井は再びサンドイッチを頬張ろうとした。ただでさえからしが多めのサンドに、わざわざ店員から持ってこさせた”追いからし”をたっぷりとつけて・・・
「岐路井さん、そんなにからし入れて大丈夫なんですか?味変わっちゃいますよ?」
「大丈夫、ここのからしは言うほど辛くないし、俺はこれが好きなんだ。」
「・・・岐路井さんそんなからし好きだったかな・・・?」
「からしが好きなんじゃない、”黄色いもの”が好きなのさ・・・」
スパゲッティにがっつく蒼井にはそのかすかなつぶやきは聞こえなかった。
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