第4話 色素生物からシキモリへ
・・・
色素生物は色杯から生まれた。大昔に色の中からエネルギーを取り出す技術を確立したある文明――地球とよく似ており、身体も地球人そっくりだった――が、ふと色杯になみなみと注がれた色力を飲み干して――これを色力からの”祝福”を受ける、と言う――体をそれまでの自分の種類とは全く異なる生物に進化してしまったのがその生誕の経緯だ。有り余る力を得てしまった文明は当然のごとく増長し、その力で銀河をも支配せんと企んだ。
だが、宇宙の正義の代行者がその企みを未然に阻止し、色素生物から色杯を取り上げて種としての自然消滅を図った。だが色杯が己の身を離れたことをあらかじめ想定して作り上げた、「偽色杯」の存在を頼りに色素生物は気の遠くなるような時間を細々と生き延びていた。だが、しょせんは色杯を模倣しただけのまがい物、それによって生まれる色素生物は日を追うごとに劣化していった。そして、一番の出来損ないとして生まれたのが、シアンであった。
「ブラックウィング将軍も変わってるよな、あの意気地なしのシアンがいくら無能をかましても全くお咎めなしだなんて。」
「一回ガツンと言ってやればいいんだ、お前は役立たずだ、いない方が仕事が回るって。・・・とはいえ、俺たちはそこまで数に余裕がないしな・・・そう簡単にはいかないだろうよ。」
「うぅ・・・」
色素生物としてのシアンは誰よりも弱かった。いや、優しすぎたと言ったほうが正しい。大々王ジレンが時間と労力をかけて色素生物を総動員し、色杯がある太陽系の3番目の惑星にあることをどうにか突き止めて、色杯を取り戻しついでに地球をわれわれの橋頭保にしてしまおうと指針を決めたまではよかったが、色力由来の技術でまた一つ文明のレベルを上げた人類の抵抗は意外としぶとかった。なので人類は斬滅する勢いで工作活動を行え、ときつく命令していたはずなのに、シアンはいつもその人類に情けをかけているのだ。
「シアンよ、おぬしは色素生物だ。なぜわしらの敵である地球人に情けをかける?」
その質問にシアンはいつも答えられなかった。自分でもなぜ全く異質の生き物に情が湧くのだろうか、それが分かれば苦労しなかった。だが、破壊工作活動の時に足元で悲壮な表情を浮かべながら巣を壊された蟻のごとく逃げ惑う人間たちを踏み潰すことなど彼にはどうしてもできなかった。人っ子一人踏みつぶせないシアンを他の色素生物たちはまぬけだ、弱虫だ、いくじなしだ、とひどくなじった。自分の直接の上司であるブラックウィング将軍を除いて・・・だが、シアンはもう限界であった。
気づけば彼は色球に体を変化させて色魔殿を離れ、一路地球を目指していた。彼は色魔殿から逃げ出したのだ。くそっ、このまま無能無能とさげすみ続けられるくらいなら、いっそ俺はここから消えてやる、くそっ、地球で大暴れしてやる。武勲を上げて色素生物らしく死んでやるぞ、くそっ。何度も何度も悪態をつきながらシアンは地球へと向かった。だが、碌に色力を蓄えずに半ば勢いで飛び出したのが仇となり、シアンは大気圏に突入した瞬間に力尽きてしまった。
シアンは雲海を突き抜けて地球の重力に身を任せて垂直に落ちてゆく。目下の海面に激突するまでさほど時間はかからない。ああ、俺は一つも手柄を立てることなく死ぬのか・・・でもいいや、この際死んだほうがいっそ楽だと、シアンは抵抗を諦めてまっすぐに地球へと落下していく。
だが彼はまだ知らなかった。何者かによって色素生物が事前にこの星へ落ちてくると事前に知らされた地球の防衛組織COLLARSが、予め張っておいた
・・・
「!!」
シアンは目を覚ました。あの時と同じく天空を海面へと向かって真っ逆さまに落ちている。そしてその後を、音速鳥がわずか10秒の差で追いかけてきている。あの時は力なく身を任せているだけであったが、今は違う。自分の腕に目をやる。色はまだ抜けていない。エネルギーはまだ十分あり余っている証拠だ。
「わはは、これまでだなシアン、青系色素生物の恥さらしめが。裏切り者のお前にふさわしい最期、私がこの目でしかと見届けてやろう、わはは。」
音速鳥はまだこちらがまだ気絶していると思っているようだ。流石に奴は音速鳥と言われるだけあって攻撃しようにも素早すぎて的が絞れず、ただ体当たりくらいしか有効打が無かったわけであるが、今はどうだ。こちらと同じく自由落下している奴は無駄な動きを極力抑えて空気の抵抗を殺し、自分を追いかけることに集中している。絶好のチャンスであった。だが同時に大きな賭けでもあった。奴を最後まで欺き続けるには、激突阻止限界点を越える必要があったのだ。
いよいよ阻止限界点を越えた。海面激突までは残り10秒。
シアンの擬似網膜にノーモーションで出せる光学兵器の提案が表示される。9秒。
音速鳥が己の阻止限界点を越えないように翼を開いて空気抵抗を高め、加速を殺していく。8秒。
翼が完全に開ききったところでシアンは海面に自分の背が向くように態勢を立て直す。7秒。
すかさずシアンの両手から二発の
音速鳥が制御を失ったところを認めたシアンが、激突のショックを緩和するために
色球へと変形する。5秒。
そして、海面は音速鳥のほぼ減速無しの激突により、轟音をたてながら天まで届くような青白い水柱を生み出した。全て一瞬の出来事であった。水柱はやがて海面に吸収され、あとには水柱と共に生み出された大きな波紋がちょっとした津波となってその大きさを広げていった・・・
蒼井は近くの浜辺に打ち上げられていた。色球の状態に変化してショックを緩和したとはいえ、彼の体はその痛みを強く覚えていた。彼は痛みに耐えながらはいつくばって移動して、波が届かない場所までくると砂浜に大の字に寝転がった。彼の眼には、ついさっきまで自分が音速鳥と激しい空中戦を繰り広げていたのがまるで嘘のように思えるくらい、どこまでも澄み渡る青が広がる空と、その青さを引き立たせる雲の一群が一面に広がっていた。
ふと、彼はこのような強い衝撃でも傷一つつかなかった色力抽出器を取り出して、青空に向けて掲げてみる。当然反応はない。概念色からは色力は抽出できないのだ。
「そんなこと・・・分かってるんだけどさ・・・」
彼はまた別のポケットから、食用色素「青」と書かれた小瓶を取り出して、その中身を全て口の中に振りかけた。味はなかったが、口の中で溶かすにつれてみるみると体の痛みが引いて回復していく。既に彼は全快していた。だが彼はもう少し、砂浜に寝転がることにした。
「せっかく海に来たんだもの、たまにはいいよね・・・」
青い空と白い雲。心地よい海風によってぬれた服が乾いていく感触と、何事もなかったかのように響くさざ波の音は、蒼井にとっては心地よかった。
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