08話.[ちょっと待って]

「ともか、今日も行くの?」

「うん、喋りかけるつもりはないけどね」


 七月になって晴ればかりになってからすぐに帰らずに公園によく寄っていた。

 あ、ちなみにいま名前を呼んできたのは志津ではなく高安君だ。

 あれから何度も「いいでしょ?」と聞いてきたものだから仕方がなく許可した形になる。


「最近、端君は来ないね」

「いまはそれよりも恋なんでしょ」

「僕らみたいだね」

「あの子達と違ってかなり妥協した恋だけどね」


 前と違って眞屋さんのことを話したりすると逆に彼が止めてくるようになった。

「いまは僕しかいないんだから僕に集中してよ」とか恥ずかしいことばかり言ってきている。

 あれだけ友達としているとか言っていたくせにこれだから困ってしまう。

 本命とは無理になった、あ、偶然近くに自分のことを気にしてくれている子がいるからのこれならまだよかったんだけどね。


「え、妥協してくれていたの?」

「はあ、あなたがそうでしょうが」

「妥協なんかしてないよ」


 屋根もあるから座っているだけで大量の汗をかいてしまうなんてこともない。

 まあ横に座っている彼は汗をかいていたとしてもいい方向に働いてしまうから文句も言いたくなる。

 というかね、こっちが汗臭くないか気にしているときにほいほい近づいてきて意地悪な男の子なのだ。


「ともか、僕の家にサッカーボールがあるから持ってきて遊ぼう」

「いいよ、じっとしているより楽しいからね」


 それに自然と物理的距離を作れる。

 汗をかくことは必至だから必死に守らなければならない。

 だいぶ傾いてしまっているからいま「臭い」とか言われたら引きこもる自信しかなかった。


「やっぱりボールに触れるとわくわくするなあ」

「あ、いまのは悪い笑顔だね」


 その笑顔も好き! とはならない。

 一緒にいて安心できる笑顔ではないし、なんなら「おい」とか言われそうで不安になる要素しかなかった。

 仮に内側が滅茶苦茶でも自惚れでもなんでもなく抑えるのだろうけど。

 彼はそういう人間だ、それで表面だけで判断して私みたいな人間が出来上がると。


「メラメラするからね、おらあ! なんてね」

「うわあ、ストレスを発散するために蹴っていたときのことが簡単に想像できるよ」

「だから言ったでしょ、端君と違って偉くないって」


 やれやれ、こうなったらまたいつものあれになってしまうからこの話はこれで終わりだ。


「とりゃっ」


 ボールはふたつあるから自分だけが楽しみすぎてしまうなんてことはない。

 おまけに前にも言ったようにぶつけてもなんにも問題ない壁が目の前にあるとなればぶつけて遊ぶだけだろう。

 汗の量はどんどん増えていくのにやめたいとはならない。


「ストップ、はい、飲み物を飲んで」

「ありがとう、後でお金を払うよ」

「うん」


 って、簡単に近づかれているではないか! そうでなくても汗の量がすごいのになにをしてくれているのか。


「もしかして臭いのが好きなの?」

「ちょっと待って、なんできみはすぐに悪く言ってくるの?」

「……だって汗をかいているときに意識して近づいてくるし」

「汗ぐらい誰だって夏ならかくでしょ、ともかは気にしすぎだよ」


 なるほど、となると眞屋さんがあそこまで徹底しているのはこういうところがあるからか。

 この前だってそうだ、わざとあの場面で寝るとか漫画を読むとか言ったりした。

 そりゃ乙女としては不安になるよ、意識してしていないのであればもっと質が悪い存在ということになる。


「はいタオル、奇麗だから安心してよ」

「……ありがと」


 嫌だぁ、ずっと彼のペースは嫌だぁ。

 でも、基本的にこんな感じで私のペースに持ち込めるような気配は感じられない。

 私もはっきりと嫌なことは嫌と、いいことはいいと言えるようになりたい。

 眞屋さんみたいな人間になれればもう少しぐらいは自信を持てるというのに……。


「僕も座って授業を受けているきみよりもこうして楽しそうに体を動かしているときの方が好きだな、自然と笑顔になっているからね」

「え、なんかそれ気持ちが悪くない?」

「なんで? 笑顔なんだから気持ちが悪いわけがないでしょ」


 仮にしっかり眞屋さんから切り替えたとしてもこれはやめてほしかった。

 なんでも味方をすればいいというわけではない、違うことには違うと言ってほしいところだった。

 なんでも言うことを聞いてくれるそんな存在を求めているわけではないのだ、はっきり言われたってそれで拗ねたりすることはないのだから。


「ま、純」

「なに?」

「なんでも味方をしてくれなくていいから、カップルだって不満なことがあったら言うものでしょ? 私だってほら、はっきり言わせてもらっているんだからさ」

「好かれたくてなんでも味方をしているというわけではないよ、なにかを言う必要がないからこうなっているんだよ」


 駄目だ、無自覚であれなことをしている。

 ただ、こちらがなにか動いたところで変わることはなさそうだったから諦めることにしたのだった。




「んー、暑いな……」


 さすがに七月中旬ぐらいになってくると歩いているだけでも汗が出る。

 テスト勉強をしなければならないというときにこれは邪魔だ。

 しかもテスト週間だろうが体育はあるから汗をかいた後に普通の授業を受けなければならないわけだし……。

 そうするとね、汗臭くないかが猛烈に気になるようになるんですよ。


「ぶぇぇ、早く夏が終わってほしいよぉ」

「まだ始まったばかりだよ、志津さん」

「端君と会うときに気になるんだよねえ、ともかさんも気になるでしょ?」

「うん、それはね」


 残念ながら教室では捗らないから荷物をまとめて帰ることにした。

 さすがにずっとこっちを優先できないようで、純は友達を優先しているからすれ違いになってしまうということもないし。


「今日は私の家でやろうよ、アイスとか食べさせてあげるからさ」

「分かった」


 自宅よりはまだいい、母はもう少しぐらい時間が経過しないとエアコンを使用させてくれないからだ。

 まあ意外と扇風機でなんとかなってしまうというのもある。

 それでもエアコンをなんの心配もなくどんどん利用できる彼女の家は最高だった。


「いまは暑いけどすぐに……きたあ!」

「涼しいね、この風だけで元気になるよ」


 本当にありがたい、これで勉強に集中をすることができる。

 脱線しすぎるふたりというわけでもないため静かな時間が続いた。

 途中途中で純はどうしているのかななんて考えてみたけど、あの子ならしっかり集中できるだろうから捨てて頑張った。


「テスト本番が終わるまで集中力低下を回避するために会わないようにしているんだけど、逆効果だったよ」

「たまには一緒に運動をしてくればいいよ、私と純もそうしているから」

「なるほど、やっぱりともかはいいお手本だ」


 残念ながらこっちの場合は相手がもの好きだったから、というだけの話だ。

 それがなければずっと話せないままでニ年生が終わり、三年生も終わって卒業ということになっていた、眞屋さんが近づいてきてくれたのも大きい。

 色々な偶然が積み重なって何故かこうなっているだけだから志津にはもっとしっかりとした恋をしてほしかった。


「この前はごめんね」

「いいよ」

「そうだ、アイスを食べようか」


 ひんやりとした空間で甘くて美味しい食べ物を食べられるのは幸せだ。

 冬で言えば温かいご飯を食べられたときや、温かいお風呂に入れたときかな。


「美味しいっ」

「ね、美味しいね」


 ちょっと汚いけどお金を使わずに食べられているというのも大きかった。

 欲はあっても毎回正直になって買っていたらあっという間に金欠になるからね、だからこれほどありがたいことはない。


「一方通行になるだけだと思っていたけど動いてみないと分からないものだね」

「そうだよ、純なんて急に態度を変えてきたからね」

「ともかは『友達のままでいい』とかずっと考えていたよね」

「そうだよ」


 そういう話はたくさんしてきて、だけど全く関われない現実を前にそうやって言い聞かせてきた。

 まあ全く関われてもいないのに自信を持ちまくっているよりはいいだろう。

 自分を守ることはしっかりできたし、そうやって過ごしてきたことを後悔しているわけでもない。

 あ、でも、眞屋さんのことが好きだと分かっていたのであれば協力してあげたかったけどね。


「あぁ~、端君と会いたくなっちゃった……」

「名前で呼ばなくていいの?」

「まだいいの、もっと仲を深めてから――なんでそんな顔をするの?」


 頼んだわけでもないのに自然と呼んでくるようになって、この前私も名前で呼ぶことにした。

 その方が私的には仲良くできている感が出るからだけど、正直、私達は別に仲良しというわけでは……。


「当たり前だよ、こっちなんて特に変わってもいないのに名前で呼び合っているんだからさ」

「それはお互いに決めたことだからいいでしょ」


 言うと思ったよ。

 こういうタイプが多いから逆にやりにくい。

 もうこの前みたいに痛いところを突いてくるというわけでもないし、純がふたりになったみたいだった。

 相手が純みたいな人間なら何度も重ねたところでそうやって言ってもらえることを期待して言っているようにしか見えないので、諦めるしかないということになる。


「ねね、ともかもないの?」

「会いたいという気持ち? うん、明日になればまた話せるからね」

「甘いっ、誰か高安君のことを気にしている人間が現れたらどうするの!」

「うーん、いまからそれは嫌だなあ」

「でしょ? だからさ、いまから家に突撃してみようよ」


 えぇ、家にいるとも限らないのにそんなことをしてなんになるというのか。

 でも、なんか志津のせいで気になり始めたから夜に電話をしようと決めた。

 多分声を聞けばこれもどこかにいく。


「さ、勉強をやるよ」

「うぇ、はい……」


 頑張った後でないと意味がない。

 ご褒美的なものにしてしまえば悪いことにはならない気がした。




「寝てる」


 さっきまで一緒に勉強をしていたはずだったのにいつの間にか床に寝転んですやすやとしていた。

 とりあえず夏用の布団を掛けておいたけど、こうなってくるといまいち集中しづらいところがある。


「可愛い寝顔」


 喋ると変なことしか言わないからいまこの時間が幸せなのかもしれない。

 なんとなく触れたくなって前髪に触れたらぱちりと目が開いて飛び上がった。


「まさか僕の方が寝ているときに襲われるとはね」

「ち、違うよ、純は喋ると残念だからさ……」


 そりゃそうだ、この短時間で寝られるわけがない、私の部屋となれば余計にそういうことになる。

 だって一応意識している相手が同じ空間にいるわけだし? 妥協はしているけどいまは私に集中しているのだから。


「酷いな」

「あ、嘘っ、ただ私が触りたくなっただけ……」

「ははは、それでも起きているときにしてほしいけどね」


 ……自業自得とはいえ、必ずこうなるから困る、いつだって彼が優位な立場だ。


「純、眠たいの?」

「うん、ちょっとね」

「それなら寝たらいいよ、じゃなくて、私も一緒に寝ようかな」

「いいね、こうやって過ごすのも悪くない」


 今日はあまり暑さも気にならないから近づいてみることにした。

 そうしたら余裕な態度で「これなら一枚で足りるね」なんて言ってくれた純君。


「……初めてドキドキしているのにあなたはそれ?」

「変なことをしているわけではないからね、一緒にお昼寝をしているだけだよ」


 最初から分かっていたことか、期待した自分が悪いのだ。

 もういちいち起き上がりたくはないから背中を向けて寝ることにした。

 最近は勉強勉強勉強で疲れていたから彼が言ったようにこういう過ごし方も悪くはない。

 意味もなく速く動いている心臓がうるさいけど、十分寝られるレベルだ。


「ともか、こっちを向いて」

「……寝ようとしているところだったんだけど」

「あまりにも唐突でスルーしてしまったけど、きみは僕が相手でもドキドキしてくれるんだね」

「そりゃ……気になっている男の子なんだから当たり前でしょ」


 なんて、最近はこうなったというだけだった。

 あんまり顔を見られたくないとか乙女みたいな思考をしている。


「でも、近いようで近くないよね、いまだって人ひとり分は距離を作られているし」

「そりゃそうだよ、これ以上近づいたら変なことをするみたいじゃん」

「変なことって?」

「それは……抱きしめたりとかさ」


 まだ付き合ってもいないのにべたべた触れ合うのは違う。

 まあ彼がそんなことを求めてはいないから考えても意味はないけど。


「僕はしたいよ? 僕はもうともかって決めているからね」

「……そんなにすぐ変えられるものなの?」

「聖奈はずっとあれだったからね」

「ふーん、まあ……私と決めているならいいけどさ」


 それなら離れていても仕方がないから近づく。

 いまさっきまで気にならなかったのに一気に暑く感じてきた。

 このままこの距離で過ごし続けたら大量に汗をかいてしまいそう。

 そうしたらさすがに汗臭いと言われてしまう気がして、離れようとしたら引っ張られて駄目になった。


「……なんてね、まだ抱きしめることはできないよ」

「別に期待なんかしていないけど?」

「こういうのは付き合ってからがいいね」


 一生このままが続きそう。

 それでいつの間にか彼は他の女の子を好きになって終わりそう。


「それはないよ、僕はそこまで我慢強くないからね」

「なっ!? じゃ、じゃあいつ動くの?」

「いまだ」


 で、何故かこちらの頭を撫でてから「好きだ」とぶつけてきた。

 先程までの暑さも、ドキドキも一気に消えて真っ直ぐに彼を見ていた。


「どうかな?」

「いまって雰囲気よかった?」

「えぇ、返事よりそれ……」


 普通なのだろうか、なんか少し違う気がするけど。

 こう……もっと盛り上がってから告白をするものではないだろうか。

 いやでも、まあやっぱり気になる子から告白をされたわけだし……。


「分かった、付き合おう」

「う、うーん……」

「大丈夫、形なんてどうでもいいよ」


 細かいことを考えてても仕方がない、もっと大雑把でいい。


「じゃなくて、ありがとね」


 好き……とは言えなかった。

 これが今度に響く可能性はあるけど、言えなかったから仕方がない。

 乙女タイプになってしまっている状態なのだ。


「あ、うん」

「というわけで寝よう! 勉強ばっかりで疲れたんだー!」

「ははは、そうだね」


 ただまあ、やっぱりなんか恥ずかしくなってきたから反対を向いて目を閉じた。

 何時までとか決めずに自然と起きるまで寝ようと思う。

 そうして起きたときに隣に彼がいてくれればいいなと期待したのだった。

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