07話.[ちょっと残念だ]
「はい、漫画ならいっぱいあるから読んでね」
「おお、本当にいっぱいだ」
お小遣いのほとんどを漫画に使っていたから棚いっぱいになった。
学校生活が上手くいかなかったからとかそういうことではなく、単純に私が楽しい話を求めていたというだけだ。
「僕もこういう物にお金を使えばよかった」
「高安君は主になにに使っていたの?」
「友達と遊んだ際の食事とかそういうことにだよ」
「え、それは悪くないでしょ」
私は逆にそういうことには全く使ってこなかった、いつもいつでも漫画を優先していた。
志津からもそれで文句を言われたことがある、でも、変える気はないと言ったら喧嘩になったこともあった。
「色々な相手を優先してそう動いてしまったことを後悔しているんだ」
「でも、私と違って友達が多い方がいいタイプでしょ?」
「クラスメイトの杉本さんからしたらそう見えるかもしれないけど、違うよ」
じゃあダークな自分を自覚しつつも付き合っていたということか、本当は断って家でゆっくりしたりしたいのにできなかったということか。
たくさんの誰かが来てくれるというのは見ている分にはいいけど、本人にとっては違うのかもしれない。
まあ彼がそうだったというだけで全員に当てはまるというわけではないということは分かっている。
「ひとりかふたりぐらいと一緒にいられればいいんだ、僕からしたら杉本さんが正に理想と言えるね」
「低い理想だなあ……」
「でも、リセットする勇気もないんだ、だからどうにかなることではないんだよ」
それはそうだろう、ひとりやふたりを切ればそれで終わりというわけではないのだから。
私が動くのとでは全く違う、というか、そんなことをしたら駄目だ。
我慢をすればいつかは必ず終わる、でも、我慢をしたくないということなら……。
「じゃあ愚痴ぐらい言いなよ、聞くぐらいなら私でもできるんだからさ」
「学校ではにこにこして合わせておいて裏ではそれって性格が悪くない?」
「それなら現時点でもう駄目でしょ、不満を抱いているということを私に吐いてしまっているんだから」
どんなに仲が良くても一切不満がない、なんてことはないだろう。
それこそ志津しか友達がいない私なら言いふらされるかもしれないと考える必要はない。
「僕は性格が悪かったのか……」
「学校で出さないためにも必要なことだよ」
「ひ、否定してくれない……」
特に言いたいことがないのであればここで本を読むのもいい。
自分の好きなことで発散すればいい、犯罪行為でなければ文句も言われない。
あと偽物だろうがなんだろうが私が彼の笑顔を気に入っているというのもあった。
ストレスが溜まっているときににこにこしていられる人間は少ないだろうからなにかで発散させてほしいのだ。
「もう漫画を読ませてもらうよ……」
「うん」
そうして一緒の空間にいるのに会話がない時間が始まった。
一冊を読み終えたら次の一冊へ、彼も自然とそうしていく。
でも、漫画を読んでいるためか気まずいということは全くない、それどころか楽しいぐらいだった。
雨なのに気分がいい、微妙な気分になることが多かった彼との時間もいい方向へと変えていけている。
これが続けば少なくとも友達としてはずっといられるとまで考えて、
「ないか」
「うん?」
なんでもないと終わらせた。
この部屋を出てしまえばまたいつもの彼に戻ってしまう。
そうしたらまたただのクラスメイトに戻って、たまにだけ志津以外からの子から話しかけられる学校生活に戻る。
「杉本さ――」
「ひゃわあ!? な、なんでそんなに近くにいるのっ」
「これの続きがなかったからさ」
眞屋さんが近くにいるときは眞屋さんに、本が近くにあるときは本にってどれだけ私は悲しい存在なのか。
一緒にいられているのに距離は全く縮まっていない、それどころか離れていっているようにしか思えない。
ただ大人だから今日は帰らせたりはしていないという状態だった。
上手く最後まで付き合えるようにならなければならない。
「そういえばいつから興味を持ってくれたの?」
「去年の冬ぐらいかな、体育で頑張っている君を見ていいと思ったんだ」
「去年の冬の体育は……あ、サッカーとかだったかな」
「あれを見ていたからこそなんで端君にあんな嘘をついたのと言ったんだよ」
上手なのに嫌な雰囲気をまとっていなかったし、なにより格好良かった。
こっちも授業中だというのにぼへえと見つめていて先生に怒られたぐらいだ。
だけどあの頃は本当に楽しかった、いつか話せるかもしれないという期待をしつつ学校に通っていた。
まあ残念ながら二年の現在までなかったわけだけど、うん、あのときは間違いなくモチベーションだったのだ。
「恥ずかしいな、サッカーのときは本気を出していたからさ」
「体育の授業でも関係ないよ」
「いやいや、部活も続けていないのに体育の授業だけ頑張る人間じゃあね」
なんでこの子は自分のことを褒めないのだろうか。
先程のこともあって、いい気分だったのに微妙な気分になったのだった。
「――ということなんだよ、なんで高安君ってああなの?」
「純らしいじゃない」
「でもさあ、ああいうことを言うときは微妙な顔をしているからやめてほしいんだ」
彼女がなんでも「純らしいわ」で終わらせてしまうからこんなことになっていると思う、だから少しぐらいは反省してほしかった。
だって好きな人からそんなことを言われたら続けようとするに決まっているもん。
「ふふ、本当に笑顔が好きなのね」
「ぎゃ、逆に微妙そうな顔を好きよりはよくない?」
「あら、駄目とは言っていないじゃない」
嫌だ嫌だ、この子もあんまり変わらない。
冷たい顔をしたり、柔らかい笑みを浮かべたりと忙しい。
こっちがあまりそういうことで影響を受ける人間ではなくてよかった、もしいちいち影響を受ける人間だったのなら……。
「あ、いた、すぐに教室から出ていくから杉本さんは困るよ」
彼は横まで移動してきてから「じっとしていられない親戚の小さい子みたいだ」と言ってきた、まあ教室が嫌いというわけでもないのにこうして出てきているわけだから文句は言えない。
「なにか用でもあったの?」
「話したかっただけだよ、最近は久間さんと話していないからそれも気になっていたんだ」
「別に喧嘩をしたわけではないよ」
元々こういうことはこれまで何回もあった。
あんまり自分から行くタイプではないから来てくれない限りはこういうことも増えていく。
いい点はそれで関係が終わったりしないこと、それと漫画を読むための時間が自然と確保できることだった。
頻繁に誘われると私も彼みたいに断れなくてその全てに付き合ってしまうから。
「久間さんは恋する乙女をやっているのよ、そっちの方が落ち着けば自然と杉本さんとの時間も増えるわ」
「じゃあその前にいっぱい杉本さんと過ごしておかなければならないね、気になっているとか言っておいてあれだけど杉本さんが他の子を優先し始めたら嫌だから」
「そうね、両方にちゃんと対応するのはできなさそうだからそれがいいわ」
「え、別にそんなことはないけどね」
こうして三人でいる場合などは確かに両方偏らずに対応するのは無理だ。
片方が黙ってしまえば余計にそういうことになる、三人の場合は大抵彼が黙るから自然と彼女と話す時間が多くなる。
「あ、今日も家に行っていいかな? 昨日の漫画の続きが読みたくてさ」
「好きにすればいいよ」
「ふふ、杉本さんも素直じゃないわよね」
もういいのだ、本にすら負けている人間なのだから気にしても仕方がない。
本が目的であっても一緒にいられるのならそれでいい。
別にどうこうできるというわけではないけど、全く過ごせもしないままクラスが別々になって終わるよりはいいから。
ということで今日も放課後まで頑張ってから彼を連れて帰路に就いた。
家に着いたら飲み物を持って二階へ移動し、それからは彼に任せた。
こちらはもう何度も読んでしまった漫画達ばかりだからベッドに寝転んで休憩。
「ちょっとお嬢さん、男がいるのに寝るのはやめなよ」
「眞屋さんと本にしか興味がない君なら大丈夫だよ、好きなだけ読んでいってくれればいいからね」
いまこのときよりは一冊の本より価値がなくなる。
それなら気にしていたところで意味がない、彼が満足するまで寝ておけばいい。
あと漫画を読んでいるときに私がうるさくしてくるよりはいいだろう。
「やっぱりきみに集中しようかな」
「いいよ、漫画を読んでおきなよ」
「いや、きみと仲良くなりたいからいま大事なのは本を読むことではないんだ」
学校のときといい何故急にこんなに変わったのか。
嬉しくないのはひとりの女の子と本に負けているからだろう。
どう考えても本命と上手くいかなかったからにしか見えないというのもある。
「あれは冗談なんかじゃない、また久間さんにだけ集中されたら困るから頑張らないといけないんだ」
「眞屋さんから私ってレベル落としすぎでしょ」
「だからそんなこと言わないでよ」
「それを期待しているわけではないけどね」
言質を取りたいのだ。
こっちが本気になったときにやっぱりなしとされるのは怖いから。
自分が安心できるようになんでもする、だからそういうところを含めて判断してほしかった。
「私は面倒くさいよ? それでもいいなら好きにすればいいけどさ」
「面倒くさいのは僕だってそうだよ、あとわがままな人間だからね」
「別にそんなことないでしょ」
「それを期待して言っているわけではないけどね」
笑っているのならいいか。
なんか寝る気分ではなくなったから私にとっての読書を始める。
読み始めた瞬間に一気に意識を持っていかれるけど、これは彼や眞屋さんといるときもそうだからあまり変わらない。
漫画だけが全てではなくなっている気がした。
ただ、こうなってもこれが本当にいいことなのかは分からなかった。
「それもともかの作戦だったんじゃない?」
「いやいや、私は友達のままで終わるだろうなと思っていたから」
「ふむ、じゃあ逆にがっついてこないのがよかったのかもね」
「あー、それはゼロではなさそうだけど」
まるで高安君と仲良くするのを待っていたみたいにこのタイミングで志津がやって来た。
嫌というわけではないけどなんだか微妙な気分になる。
「お互いに頑張ろ――え? なんで私は手を掴まれているの?」
なんでって彼女も面白い冗談を言えるものだ。
私ばかりが情報を吐いていたって仕方がない。
なにかができるというわけではないものの、ここは友達として少しぐらいは知っておきたかった。
「志津は端君とどうなっているのさ、なんにも教えてもらえていないんだけど」
「今度お休みの日にお出かけすることになったよ、端君の方から誘ってくれたんだ」
「おお、端君も積極的だね」
「あまりにも真面目な顔で、しかも間を作ってから言ってきたからドキドキしたよ」
いいなあ、私だと仮にそうなってもいつものままになりそうだ。
私もドキドキしたい、でも、不意打ちをされない限りはそんなことにはならない。
この前のあれだって恋的なものではないし……。
「あ、王子様が来たよ」
「王子? ただの高安君じゃん」
「まあまあ、私は空気を読んで離れるよー」
もう私のことが嫌いだろこれ、最近はこういうことが多すぎだ。
大体ね、いまは学校なのだから余計な遠慮はいらない。
ふたりきりになったとしてもなんにもないというのに、いちいち余計なことをしてくれている。
「君のせいで志津が変な遠慮をするようになって最悪なんだけど」
「えっ、いきなり僕のせい……」
「嘘だよ、廊下に行こ」
適当なところで足を止めて壁に背を預ける。
少し目が疲れていたから閉じて休めていると「連れ出しておいて寝ないでよ」と言ってきた。
「久間さんは意識しているわけではないだろうけど僕のために動いてくれているね」
「良くも悪くも考えすぎるんだよねあの子」
「仮に僕のためではなくても本当にありがたいことだよ、ニ対一とかだときみはもうひとりの方を優先するから」
事実だから言い訳はしない、が、喋らなくなる彼も悪いのだ。
そりゃ喋りかけてくる相手の方に誰だって反応するでしょうよ。
こちらに上手く対応できるよう期待するのも間違っていた。
「杉本さんがいてくれているおかげで教室から出やすくなった、ありがとう」
「え、教室から出られないの?」
聞いておいてあれだけど確かにそうかと納得する、どこに行こうにも基本的に誰かがいるからだ。
ひとりになりたいとき、眞屋さんと話したいときなんかにもそれをされると困ることになる。
「ほら、ひとりだとすぐに『どこに行くの?』と聞かれてしまうから」
「あー、はは、落ち着かないね」
「はは、気にしてくれるのはありがたいけどね」
私を利用した場合でも変わらない、本当にひとりになりたいときはすぐに別れてしまえばいいのだから。
別にそれでも悪い気分にはならないな、少しだけでも役に立てているし。
「ま、私なら――」
全てを言い終える前に隣の空き教室に連れ込まれてしまった。
ただなんでこんなことをしたのかは分かっている。
いつも一緒にいる友達達の声が聞こえてきていたし、私でも同じ立場ならこうしているから責めるつもりはない。
「ばれなくてよかった――っと、近くてごめん」
「いいよ、嫌ならこっちが離れるけど」
「そうか、じゃあこのままでいいかな」
って、いつまでこっちの手を握っているのか。
腕ではなく手を掴むあたりが慣れている感が半端ない。
「最近、雨が多いね」
「梅雨だから仕方がないよ」
「でも、ちょっと残念だな、杉本さんと出かけられなくなるからさ」
「家に来てるじゃん、雨だろうと関係ないように見えるけど?」
「だけど家だと漫画に集中されてしまうからね」
まあでもそれは仕方がないことだ。
ずっと喋ってくれていたら反応をしていくことで時間経過を期待できるけど、残念ながらそうではないから。
「というかさ、本当に私でいいの?」
「またそれ? 適当に言ったわけじゃないよ」
うん、少しずつだけどそういうところが想像できるようになってきた。
なにもかもが劣っているというわけでもない、ないよね? だから悪いように言わなくてもいい気がする。
そもそも自分を下げたところでいいことなんてなにもない。
「ほーん、なら家だからこそできることがあるんじゃない?」
「家だからこそできること? 寝る……とか?」
「そこでその冗談は面白くないよ……」
残念ながら素で言っているようにしか見えなかった。
これはこれからアピールをしたところで気づかれずに終わりそうだ。
やっと前に進めると思ったらすぐにこれ、本当に手強いのは彼の方ということになるわけで。
「えっ、だって他にできることは……あっ、漫画か! 漫画を読むことだっ」
「君の家に遊びに行ったらどうするの」
「僕の家にも漫画はあるから大丈夫だよ」
駄目だこれ、いや、中身が奇麗だからこそ……かな?
元々こっちから積極的に動く気はないから失敗したときのことを考えていても仕方がない。
でもさ、あれだけ露骨に眞屋さんにアピールをしておきながら本人はこれって大丈夫なのだろうか。
はっ、まさか……。
「眞屋さん!」
「うるさいわよ」
「ちょ、ちょっと来て」
なにが本当だったのかをしっかり聞いておく。
彼女がはっきりと断っていただけなのか、それとも……。
「ないわ、タイプではないと言ったじゃない」
「……嘘じゃない?」
「そんな嘘をついても意味がないじゃない」
「そっか、あ、教えてくれてありがとね」
いまさら大本命に持っていかれても困るからこれでいい。
彼女は呆れた顔をしていたものの、こちらの頭に触れてから「またね」と言って戻っていった。
まだだ、まだ期待はしない。
もっと分かりやすく変わったときに期待をしようと決めた。
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