06話.[そうなのかもね]
「お馬鹿さん、こんにちは」
「もしかして聞いたの?」
「ええ、私だったら気になっているとしても絶対にあんなことはしないわ」
半日ぐらいが経過した現在も別に後悔をしているわけではなかった。
ただ、あれはもうしないと決めている。
どちらにしても痛いだけだし、鼻血が出て制服を汚してしまっても嫌だから。
「ささ、向こうに行きましょう」
「別にいいけれど」
いまはなんとなく高安君に会いたくなかった。
同じクラスの時点で話にならないけど、教室ではあの子が近づかないようにしてくれているからまだいい。
何故か志津もそれを徹底していて来ないのは謎だけど……。
「最近は積極的じゃない、少しやる気が出てきたの?」
「うーん、そうなのかもね」
「そう、まあ私としてはありがたいわ」
彼女のためとかそういうことではなくて自分のためだけに行動している。
昨日のあれがどう影響するか、高安君はどんな選択をするのか。
「なにか困っていることはある?」
「特にないかな、それに眞屋さんに動いてもらうと高安君はそっちにしか意識がいかなくなるからね」
それではなにも意味がない、でも、ひとりで変えられる気もしない。
昨日みたいなのは一度だけだ、何回もやったところで馬鹿を晒すだけだった。
痛い人間にもなりたくないけど、考えたところで……。
「ふむ、ないわけではないわね、あなた純のことをよく知っているじゃない」
「それぐらいはね」
「僕も少しは知っているよ、意地悪で馬鹿なことをする女の子だ」
「謝りはしないけど昨日は申し訳ないことをしたと思っているよ」
立ち上がって距離を作る、逃げてもこうなるから意味はないけど。
よかった点は顔を合わせても気まずくはならなかったことだ。
普通に対応していればなんにも問題なく終わる、彼だってこちらが変なことをしていなければしつこく来たりはしないから。
「鼻は大丈夫なの?」
「うん、血もすぐに止まったからね」
「僕が部活をやっていなくてよかったね、やっていたらもっと強かったわけだから」
「そうしたら一メートルぐらいぶっ飛んでいたかもね」
傍から見たら苛めの現場みたいになっていたことだろうな。
そもそも人間が血を流して倒れている時点で男の子とか女の子とか関係なくやばいと言える。
あ、でも、おでこから血が流れていたというわけではないからボールがぶつかったのか程度にしかならないか。
しかも目撃者がいるわけだからね、人が多かったらただただ恥を晒すだけになっていたことになる。
「心配になるよ」
「もうあんなことはしないよ」
「それがいい、あんなことをしてもなにも変わらないんだから」
早く雨が降ってほしい。
そうすればすぐに帰るようになるし、母を安心させることができる。
いまの私がしなければならないのは冷静になるということだった。
「雨ね」
「あれ、どんな偶然だろう」
「雨が降ってほしかったの?」
「うん、そうすれば寄り道をすることもなくなるからさ」
今日はささっと帰って課題をしよう。
終わったら漫画を読んで、ご飯ができたら食べさせてもらえばいい。
それから温かいお風呂に入って、ふかふかの気持ちがいい布団で寝るのだ。
「端君的には残念だろうね」
「確かに、あ、だけど端君なら雨でもやりそうだなあ」
逆にテンションを上げていつまでもやってしまいそうな感じだった。
止めるのは違う、だけどやるとしてもある程度のところで帰ってほしい。
怪我をするリスクはいつでもあるけど、怪我をしてしまったら当分の間はできなくなってしまうから。
「その子って久間さんが気にかけている子よね? 毎日頑張っているのね」
「そうだよ、一生懸命で可愛い子なの」
私にもああいうところがあったら別に意識しなくてもアピールができたかもしれないものの、残念ながらなかった。
いまから意識して作れるものでもない、だから彼が徹底していなくても結局同じ結果だった。
「あの子を好きになった方がいいと思う」
「無理だよ、だって志津と争いたくないからね」
そんなことになるぐらいなら恋をすることを諦める。
別に死ぬわけでもないし、いまは学校生活に集中しているだけで勝手に前に進む。
「純は徹底しているわね、杉本さんの方は中途半端だけど」
「最初から分かっていることだよ、私は高安君とは違うから」
いちいち慌てたりしなくて済むのはいいけど、それだけだ。
「杉本さんはそんな言い方しないで、聖奈もそんなこと言わないであげて」
「分かったわ」
「ごめん、今回は謝る」
「いやいいよ」
駄目だ、なんか気持ちが悪い。
彼ならこう言ってくれると期待して口にしてしまっている。
それこそ眞屋さんよりはっきり言ってくる子なのになにを期待しているのかという話だった。
「ちょっとひとりで考えたいことがあるからもう戻るね」
「分かった」
なんて、もう授業が始まるけども。
それでもここに残っているよりかは遥かにマシだった。
賑やかさがいまの私の複雑さをどこかにやってくれた。
「雨ですなあ」
「雨なのに外にいるとかもの好きすぎ」
「ともかさんもそうじゃないですか」
そう、だけど今日はすぐに家に帰りたい気分ではなかったから仕方がない。
いい点はこうして志津が付き合ってくれていることだった。
屋根の下にベンチが設置されていてよかった、普段と違ってあの有能壁君は遠いけどサッカーをやりに来たわけではないからね。
「昨日高安君のシュートを顔面で受け止めたらしいけど、さすがに意識してほしいとしても私はそんなことしないけどな」
「それがいいよ、あんなの痛いだけだから」
「後悔先に立たずというやつですかい? だけどこれでともかさんもひとつ大人になったわけですからねえ」
歳を重ねても中身は幼稚のままで成長していかない。
慌てずに対応できるとか考えている自分だけど、傍から見たら全くそんなことはないのだろう。
じゃあどうしたらいいのかを考えている、が、結局この頭だからこれという答えが出てこないままだった。
「ともか、私は端君のことが好きだよ」
「そっか」
「うん、だから頑張ってアピールをする、ともかも高安君に頑張ってアピールして」
で、すぐに帰っていってしまうと。
それぞれ優先したいことがあるから仕方がないのかもしれないものの、今日はいないのだから相手をしてほしかった。
急いだところでなにも変わらない、そう分かっていても焦ってしまうということなのだろうか。
「友達にああ言われて杉本さんが頑張りだしたら大変になりそうだなあ」
「動かないよ、もう迷惑をかけないからその点は安心して」
今日はもの好きな人間が多すぎる。
でも、こういうことを無駄だと言わないでくれるところは好きだ。
たまに余計なことを言ってくるけど基本的に高スペックというかさあ……。
「時間があるなら僕の家に来てよ、雨の中これ以上外にはいたくないからさ」
「どうして? せっかく私が動かないようにしているのに……」
「別に杉本さんといて損をすることはないからね」
「面白いこととか言えないからね、じゃあもう行こう」
志津がいてくれたらあ、用事ができたとかで帰ることができたけどふたりきりだと忙しいなどと言ったところで説得力がない。
ある程度付き合えば満足してくれるということなら付き合っておけばいいだろう。
上がらせてもらったらこの前みたいに端の方に座った。
人の家のソファは座りにくいから仕方がないのだ。
「君はおかしいよ、徹底しているように見えてそうではないんだからね」
「僕は嫌がらずに付き合ってくれる杉本さんのこと普通に好きだけどね」
「家族を除けば志津からしか言われたことがないから嬉しいよ、それが例え友達としてだとしてもね」
嫌われているのであればこうして誘われはしない。
もちろん友達としているだけだから勘違いはできないけど、気になっている子から嫌われていないというだけで十分だった。
意識してもらえなくて悲しいとかそんな乙女でもないからね、私にはこれぐらいの方が合っている。
「それにしても君も嘘をつくんだね、相手を褒めるために自分のことを悪く言わなくてもよくない?」
「本当のことなんだ、まだあるけどボールには迷惑をかけたよ」
「でも、言ってしまえばサッカーボールは蹴るために作られたわけだし……」
「いや、だからって八つ当たりをしていいわけじゃないよ」
上手くいかなくてむかついたときも物に当たったことはなかった。
壊そうものなら間違いなく後悔をする。
そういうのもあってたくさんご飯を食べたり、たくさん寝たりして発散させていたわけだけど……。
「それに端君からは上手くなりたいという気持ちがいっぱい伝わってきた、あれも僕にはなかったものなんだ」
「部活関連のことではないって……」
「確かにストレスはなかったけど自分の限界も分かったんだ」
自分の限界? 私なんてそんなの毎日知って微妙な気分になっている。
努力不足と言われたらそれまでではあるものの、そもそもの違いに不満が出て同じことを繰り返している。
「プロには絶対になれないし、高校で続けてもお金の無駄でしかないと分かった。だから僕も友達には誘われたけど断ったんだ」
「そうなんだ」
「しかも聖奈と出会ってしまったからね、入部していたとしても集中不足で迷惑をかけていただけだったよ」
「眞屋さんか、でも、本人はあんな感じで……」
「うん、そうだね」
完全に可能性がないと分かってから集中してももう遅かっただろう、一年間というのは短いようで長いからそういうことになる。
「ねえ」
「あ、これはなるべく汚さないようにしているだけで――」
「杉本さんが僕を変えてよ、そうすればもっと自然に聖奈ともいられるようになるからさ」
結局それが目的か、友達としてでも眞屋さんと楽しくいられればそれでいいのか。
「……あんなことをしておいてあれだけど、それなら眞屋さんを振り向かせるために高安君が頑張った方がいいよ。私にできることなんてなにもないんだから」
最初から長くいるつもりはなかったから家をあとにした。
無駄なプライドだとは分かっているけど、誰かと仲良くするために利用されるのはごめんだった。
「はあ? え、高安君がそんなことを言ってくれたのに断ったって?」
「うん、だって眞屋さんと仲良くするためになんだもん」
「ちっ、なにがもんだよ、ぺっ」
色々なキャラを作ってくれているところ悪いけど、別に志津には全く関係ないのだからいいだろう。
彼女は私のことよりも自分と端君のことに集中しておけばいい、うん、そうだ。
「はあ~、結局臆病だったのはともかだったということだよね」
「なんとでも言ってくれていいよ」
これだって自分から相談を持ちかけたというわけではなかった。
彼女が聞いてきたから実はと話しただけ、こちらは教えただけだから特になにかが変わったというわけでもない。
こちらを下げることで気分がよくなるということならいくらでもやってくれればいい、これまでお世話になったわけだからどんな形であれお返しをしなければならないから。
「そんな顔をするぐらいなら言わない、なんで志津の方がそんな顔をするのさ」
「うぅ、ともかのばかー!」
えぇ、あ、いやまあ馬鹿ではあるのか。
絶対なんてことはないから努力を続けたら変わったかもしれないのに断ってしまったからだ。
「志津は私みたいにならないでね」
「ともか……」
悪いお手本として存在していればいい、私を見る度に「こうはならないぞ」と思ってくれればいい。
それでも一ミリぐらいは役に立てるということだ、こちらとしては思わず苦笑したくなるようなことだけど。
「待ちなさい」
「あ、もしかして怒っているのかな?」
「ええ、あなたが余計なことを言うからよ」
でも、私と仲良くしたその先で眞屋さんと仲良くするよりもいいと思ったのだ。
諦めるとかなんとか言っておきながら未練たらたらの彼的にもそれが一番ね。
本当に諦めているのであればあそこでいちいち彼女の名前を出したりはしない。
「なんであれだけあなたのことを優先しているのに自信を持てないのよ」
「あくまで友達として、しかもあなたといられないから仕方がなく来ているだけなんだよ」
「仕方がなくでもいいじゃない、少なくとも全く関われていなかった一年生のときと比べたらね」
私のことをよく知っているみたいだ――ではなく、一年生から関わっているときに私が全く来なかったからだろう。
結局私だけはふたりのことをなにも知らない、この時点で話にならない。
「ごめん、眞屋さんが向き合ってあげて」
「嫌よ」
「はは、言うと思ったよ」
言いたいことだけを言って、相手が言ってきたことは受け入れないなんて最強だ。
このままだと負けてしまうだけだから離れる。
これからは教室にいようか、教室なら志津以外は近づいてこないから。
「杉本さん」
「珍しいこともあるものだね」
「今日の放課後、予定を空けておいて」
時間ある? とかではなく強制か。
まあでも、表情で揺さぶってくるよりは遥かにいい。
だから頷いてから突っ伏したタイミングで予鈴が鳴り、結局諦めた。
授業に集中して、お昼休みになったらお弁当を食べて、そんなことを繰り返して放課後まで過ごした。
「さて、今日も雨だから残ろうか」
「いいよ」
雨が降ってくれたら寄り道をしないとかなんとか言った私だけど、正直、気分が微妙になるだけでいいことがなにもないから早く終わってほしかった、私はどこまでいってもわがままだった。
「きみも手強い子だ」
「あくまで眞屋さんが目的なのに高安君と仲良くするのは微妙だから」
「別にもうそういう意味で狙ってはいないけどな、友達としてでも微妙な状態だから杉本さんと仲良くすることで変えたかったんだ」
「私よりもいい子がいるよ」
「どうしても駄目かな?」
うわ、ここでそれをしてくるのか。
計算してしているわけではないだろうけど……。
「そういうのやめて」
「え?」
「顔、顔に出すのやめて」
あんまり我慢していないけど言いたいことはちゃんと言っておかないとね。
多分そうすることでよくなる――ことはないけど、ずっと相手のペースというわけではなくなるからだ。
「あ、出ていたんだ」
「あと、そういう顔は好きじゃない、高安君には笑っていてほしい」
「笑顔が好きだから?」
「そうだよ、この前そう言ったでしょ」
すぐにこう返してくるということは私にはそうやっておけば受け入れてもらえると考えているのだろうか。
実際、簡単に変えたりしているわけだから間違っているとは言えない。
「というかさ、眞屋さんに言うのやめてよ」
「どうやったら杉本さんが受け入れてくれるのかをふたりで話し合ったんだよ」
「それで出た答えは?」
「真っ直ぐにぶつかるということだった」
確かにそうだ、だって距離を置かれても不安になって近づいたりはしないからだ。
私をどうにかしたいなら言葉で、行動でどうにかする方が早い。
「それなら今日は私の家に来てよ」
「分かった」
寄り道をしないで帰れば母の手伝いもできるようになる。
友達がいようとできることはやらなければならない。
「ただいまー……って、いないんだ」
雨なのに何故だ、こういうときにいてくれないと困るんですけど。
なんのために連れてきたのかという話になってしまう。
別に母に紹介したかったとかそういうことでもないけど、いなかったらいなかったで積極的みたいに見えてしまうからやめてほしい。
こうして連れてきたけど振り向かせるためにしているわけではないのだから。
「どうぞ」
「ありがとう」
部屋に漫画はあるけど連れて行きたくない、が、そうでもしなければゲームがあるわけでもないからやることがない。
買い物に行っているのであれば勝手に作るのも違うからね。
だからいまから考えることになった。
正直、無駄な抵抗をせずに部屋に連れて行くのが一番いい気がした。
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